008 真剣勝負
かくして俺達は野球をしている。
このマーリンの杖で飛んでくるエクスカリバーを打てばこちらの勝ち。空振れば負けという実にシンプルな一発勝負なのだが、蒼流には決して無視のできないとんでもない疑問があった。
もし、俺が空振れば真後ろでキャッチャーをしているマーリンにエクスカリバーがぶっ刺さるという悲惨な状況になるのでは・・・・・・。
そこまで思考を巡らせ、蒼流は無理矢理自らの考えを停止させた。
──これ以上は、考えたら負けだ。
そうして覚悟を決め杖を強く握り直す。
エクスカリバーをよく見ろ。空振ったら終わりなんだ。
太陽が照りつけ、野球場に陽炎が立ち上る。
蒼流の頬を汗が伝う。呼吸が荒くなり、視界が湾曲する。
さらに、一発勝負というプレッシャーと観客達の叫び声にも似た歓声が、立っていることすら辛くさせる。
今までエクスカリバーを凝視していた蒼流の瞳が写す景色が、耐えかねたように霞んだ。
それと同時に足の力が抜け、支えを失った体が前方に傾こうとしたその瞬間、蒼流の脳裏に一つの映像が浮かんだ。
それは、住宅街の一角に置かれた空き地。
そこに、二人の少年と一人の少女。
少女がグローブを構えてしゃがんでいる。
二人の少年は、それぞれバットかグローブを持ち向き合う。
グローブを携えた少年の顔まではボヤけて見えないが、口だけはかろうじて見える。
その笑顔を刻んでいた口が、心底楽しそうに開かれる。
「──いくぞ、蒼流!」
「──ッ!!」
蒼流の意識が正常に戻る。
そこはもう魔法で創り出された野球場だった。
蒼流は、今しがた見た幻覚に出てきた三人を思い描く。
──あのバットを持っていた奴、あれは俺だ。間違いない。・・・・・・なら、あと二人は誰だ?確か昔、何処かで・・・・・・。
頭の中で、何かが繋がりそうになるが、白いモヤがかかって後一歩のところで掴めない。
蒼流がそんな歯がゆい思いをしていると、エクスカリバーが微かに動いた。
──次の瞬間、目で捉えることすら叶わぬ高速の刃が空を駆ける。
砂埃が舞い、風が割れ、エクスカリバーは己と蒼流との距離を瞬く間に喰らい尽くした。
「──くぅ!!」
油断していたのか、蒼流が一瞬遅れて反応する。
その時にはもう、蒼流とエクスカリバーの距離は半分にまで縮まっていた。
その光景を見れば、誰もが手遅れだと思うだろう。かのマーリンでさえ、死んだと思った。そして、「自分も刺されねえコレ!?」と、遅まきながら気づいた。それ程致命的な隙だったのだ。
────だが、
蒼流は反応した。反応してみせた。
恐らく、蒼流自身にも自分が何故反応できたのか分からなかったのだろう。
しかし、蒼流の頭には、ある一つの映像が浮かんでいた。
それは、聖剣などではない普通の野球ボール。こちらに迫ってくる野球ボール。いつの記憶かは分からない。ただ、何十回とこの手で打ってきたのは分かる。
その球と、今飛翔しているエクスカリバーが、殆ど同じ軌道と速度で動いているのだ。
蒼流は、神速で駆けるエクスカリバーをしっかりと目で捉え、前に出ている左足に力を込め、腰を回し、杖を振る。
マーリンは驚愕と共に思った。否、確信した。その綺麗すぎるスイングを見て。
──なんて完璧なスイングなんだ・・・・・・!!これは、間違いなく世界を狙える。
蒼流の振るった杖は、エクスカリバーを正確に捉えた。
──が、エクスカリバーが、聖剣の意地と言わんばかりに、進む力を増幅させ、杖を押し返す。
「──グッ、・・・・・・ゥオオッ!!」
蒼流も意地をみせ、エクスカリバーを押し戻す。
しかし、エクスカリバーも負けじと押し返す。
すると蒼流もいっそう力を込め押し返す。
押し返し、押し返し、押し返し、押し返す。
辺りには風が舞い上がり、野球場が揺れる。
最早ただの意地の張り合いだが、勝負は拮抗していた。
杖がミシミシと警告音を鳴らすが、今更力は緩められない。
──そして、その時が訪れた。
「だぁらああああああああッ!!」
「はぁあああああああああッ!!」
お互いの全身全霊をぶつけ、遂に勝負が決まる。
誰もがそう思った。
──────バキッ。
──杖が・・・・・・折れた。
誰が予想できただろう。こんな幕引きを。
その場にいた全員目を剥いた。
そして、突如自分を抑えるものを失ったエクスカリバーは、威力を殺せぬまま、案の定マーリンの腹に突き刺さった。
エクスカリバーはマーリンを突き刺したまま数メートル飛翔し着地。
マーリンは土の上に仰向けに寝っ転がる。
「燃え尽きちまったぜ、真っ白にな・・・・・・」
「マーリーーーーーーン!!」
真っ白になったマーリンをに蒼流が駆けつける。
エクスカリバーを抜き、傷の具合を確かめようと腹を見て、更なる驚愕に襲われた。
マーリンの体を緑色の光が包んだかと思うと、瞬く間に傷がその痕跡すら残さず消え失せた。──それだけではない破けたはずの服すらも元通りに戻っているのだ。
「──なッ!!なんだこりゃあ!?」
目を見開く蒼流に、マーリンが起き上がる。
「ハッハッハ、そんなに驚かないでくれよ。明らかにギャグの刺され方だったろう?」
「まあそうだったけども!!てかさっきの緑色にパァってなるやつ何だよ!あれも魔法か?」
あれほどの致命傷を一瞬で治すという超常現象。魔法の力としか説明できない代物に、蒼流は思考を巡らせる。
あれ、魔法だよな・・・・・・。いわゆる治癒魔法ってやつか?──でも、それって服も直るもんなのか?
蒼流が悩んでいると、その魔法を使った張本人マーリンが答えを出した。
「ああ、あれはね、空間魔法の一種で設定した範囲内の時間を巻き戻す能力だ」
「何そのチート魔法ほしい。てか魔法っていろんな種類あるんだな」
「ここで説明するかい?」
マーリンの提案を一瞬考えたが、
「いや、いい。あっちで二人が待ってるからな、早く帰って安心させてやりたい」
「本音は?」
「女の子に会いたい」
一人と一本に「うわぁ」という視線を向けられるが、華麗にスルーして続ける。
「いい加減飽きたんだよ!最後にシルが出てきたの何時だとおもってんだ!三話だぞッ!!メインヒロイン何だと思ってんだ!!こんな空間に男だけって、マジで誰得だよ!?」
「──待て!一部の人には需要高いぞ!!」
「黙れ」
「ごめん」
渾身のボケを問答無用であしらわれたマーリンがしくしくと泣きながら蹲る。
それを完全に無視し、蒼流が問う。
「──エクスカリバー、お前はどうする?」
「────はぁ、我も行こう。我は汝に負けた、二言は無い。──それに、汝と居れば色々面白そうだ。我は、人間が嫌いだ。それは今も変わらぬ。──だが、もう一度信じてみようと思う。汝と共に生きる。人間を憎むかどうかはそれからにするよ」
エクスカリバーの声が、心做しか穏やかになった気がする。
そこで蹲っていたマーリンが立ち上がった。
「じゃあ、契約の儀をしようか」
「契約の儀?」
「ああ、正式に上位武器を自分の物にする為の簡単な儀式さ。大丈夫、君は何もしなくていいから。この儀式を終えると君は現実世界に戻っているだろう。ここはエクスカリバーの精神世界だからね。現実世界ではエクスカリバーは喋れなくなる。お互いに何か言っておきたいこととかはあるかい?」
「では我から、汝、好きな色を答えよ」
──好きな色か・・・・・・なんかコミュ障みたいな質問だな。
その時、蒼流の頭に、白銀の細く綺麗な髪の一人の少女が浮かんだ。
そして蒼流は自信を持って答える。
「──・・・・・・白。うん、白が一番好きだな」
「そうか、では汝何の為に剣を握る?」
「英雄になりたいからだ。理由は分からん。でも、ずっと前から憧れてた気がする。笑顔でみんなを守れるようなそんな英雄になる為に、俺は剣を握る」
「ハッハッハ、即答かい。よくもまあそんな恥ずかしいセリフをスラスラと言えるもんだ。だけど──フッ、そうか、どうりで似てるわけだ」
「──マーリン、ありがとうな」
「おや、挑発のつもりだったんだけどね。ハッハッハ、さて、二人とも言い残したことは無いね。じゃあ、エクスカリバー、始めてくれ」
「──承知」
正面に移動したエクスカリバーが迫力のある声で告げる。
「我が名は聖剣エクスカリバー、原初の神の名の元に誓う。汝、我の主とならん。我、汝の剣となろう」
蒼流とエクスカリバーを中心に周囲に黄金の粒子が吹き荒れる。
蒼流の髪が揺れ、金色の風と舞い踊る。すると、右目上部の毛に異変が起きた。
白く・・・・・・白く染まっていく。毛先から毛根目指してどんどんと茶色い髪を侵食していった。
──あれは、〝神性〟?・・・・・・なるほど、英雄達と共に歩む内にエクスカリバーに宿った神の力が、契約を通して清水蒼流とリンクしているのか。──しかしまあ、人の身で〝神性〟を宿すとは、とんでもない素質だねぇ。
やがて粒子は徐々に量を増していき、終ぞマーリンの不穏な笑みに気づかぬまま、世界が光に呑み込まれた。
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