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006 聖剣の記憶














  暗い暗い闇の中で、〝孤独〟は虚ろな瞳で上を見上げた。


  そこには、空も天も一筋の光さえもない。ただの黒が果てなく続くだけだったが、悲しくはなかった。

  〝孤独〟は心を持たない。──いや、昔は持っていたのだ。しかし、悠久(ゆうきゅう)の眠りの中でいつしか忘れ去っていた。


  ······忘れてしまったのは、心だけではないのかもしれない。外の世界の風景、自らの名前、そして大切な人の顔までも、今となっては思い出すことができなくなっていた。

  大切な人······果たして誰だっただろうか、自分を作りだし、自分に名前をくれた人。

  ただ、その人のその言葉だけは覚えていた。




「エクスカリバー、おめーさんは、何色が好きですか?」




  〝孤独〟は、そのとき何と答えたのか覚えていないが、何か答えたことは覚えている。

  その言葉を思い出すと、不思議な気持ちになった。

  感情というものを理解したいとは思わないが、少しだけ物足りなさを感じた。

  しかし、〝孤独〟が心を持つ日は案外早くやって来ることとなる。




  真っ暗な世界に、光が指したのだ。永遠とも思える時間、たった一筋の光さえ届かなかった場所に、まるで救いの手のかのように、空が強い光を放った。


  〝孤独〟は、ないはずの心に突き動かされ、光に、天に、力強く手を伸ばした。精一杯、何かに届くと信じて。


  とても久しぶりに日光を浴びた。それは、眩しく、温かく、優しい光だった。

  目を細め〝孤独〟は見た。淡い青色の髪をした若い騎士を。


  そして、かつて〝孤独〟()()()黄金の聖剣は口を開く。


「我が名はエクスカリバー。汝、好きな色を答えよ」


  その質問は予想外だったのか、淡い青色の騎士は目を丸くして考える。


  「僕の名前はアーサー・ペンドラゴン。好きな色は······青、かな」


  アーサーと名乗る騎士は笑って答えた。

  その笑顔に溶かされるようにエクスカリバーは今まで凍りついていた感情を呼び覚ます。


「我、汝の剣とならん。汝、我の主とならん」



  蒼流は見ていた。剣の記憶を、黄金の聖剣を片手に歩く少年を、エクスカリバーと同化した眼を通して。

  寄り添って歩く一人と一本の姿。


  ──これが、あの有名なアーサー王?だが、もし本当にこの人がアーサー王なのだとしたら、その結末は······。


  必死に叫ぶ。(エクスカリバー)を握る偉大なる英雄に向かって、その終わりを回避するために。

  しかし、いくら叫ぼうとしても喉につっかえて出てこない。

  まさしく、声の出し方を忘れてしまったかのようだ。

  蒼流が諦め悪く一際腹に力を込めたその瞬間、場面が切り替わる。




  赤い世界。そこに小山が一つ。アーサーはその頂上に立っていた。

  己が踏む地面には赤黒い水たまりとソレに浸かる『ナニか』があった。




  ──────なんだ、これは······!




  『ナニか』の正体、それは己の血で血溜まりを作り出す死体の山だ。

  蒼流は目を剥き荒い呼吸を繰り返す。


  ──こんなん、こんなん聞いてねえぞ!


  少し気を抜けば理性を保てずに発狂してしまう自覚がある。

  当たり前だ。蒼流は今まで死体どころか大量の血すらもまともに見たことがないのだから。



  そこでまたもや視界が暗転し、目を開いたときにはもう真っ白な空間でエクスカリバーと二人っきりの状況に戻っていた。


「わかっただろう。あれが我が主の最期。身内に、人に裏切られた者の結末だ。人間は醜い、自らの利益の為に簡単に手のひらを返す。汝も裏切られるぞ。人どころか神にまでもな。汝の脳内を見させてもらったが、汝、生前の記憶がないのであろう?」


 エクスカリバーの発言に、蒼流は驚くわけでもなく、ただ静かに下を向いた。


  ────ずっと、目をそらし続けていた。元の世界について、ぼんやりとしか覚えていないことに。自分のプロフィールや基本的なことはわかるが、肝心な死因と親しかった友の名前、顔、特徴などの情報には、白いモヤがかかったように思い出せないでいた。


「一日目は、ただ混乱しているだけでそのうち思い出せると思っていた。まあ、願っていただけなのかもしれないけど。ただ、今分かったよ。これは誰かが意図的に消した記憶だ。そしてその〝誰か〟っていうのは、おそらく、女神アイネ······なんだろう」


 脳裏に赤い少女の姿が浮かぶ。()だるそうな顔が、心底頭にくる態度が、あの宝石のような真っ赤な瞳が、


「それでも、あいつは嫌な奴だけど、悪い奴ではないのだと思う。気に食わなかったけれど、目は澄んでいた。俺は、素直に綺麗だと思ったよ」


  蒼流は、自分で自分に苦笑する。


  ──まさか、俺があいつを褒めるとわな。まあ、絶対許さないんだけど。······てか待って、前世の記憶ないってことはもしかして彼女いたかもってこと?──あ、脳が全力で否定してくる。ハハッ、泣きそう!


「分からんな。神も昔は人だったと聞く。人は信用できん。汝は騙されているだけかもしれんぞ?」

「誰も信用しないとは。お前はまるで、〝孤独〟だな」


  目の前の聖剣を鼻で笑う。何故だか、真っ黒の怒気を放ってなお神々しい聖剣が、今は酷く寂しく見えた。


「······我は何人(なんぴと)も信じぬ。誰にも手を貸さぬ。どうせ裏切られるのなら、〝孤独〟のほうがマシだ」

「人を信じるとは、確かに愚者のやることだ。弱者が、偽善者がやることだ。だけどな、それは美しいものだ。輝かしいものだ。そして、誰も信じねえってのはな、更なる愚者がやることだ。お前は弱いよ。例えどんなに力を持っていたとしても、人一人信じることもできねえなら、てめえは只のクソビビリの臆病者だっ!!」

「貴様ァッ、我を愚弄するか!!」


  エクスカリバーが言葉を乱し切っ先をこちらに向け迫ってくる。

  迅速の刃は瞬く間に一人と一本の距離を食らいつくし、蒼流の目前までたどり着く。その距離、僅か十数センチ。

  そこで、真っ直ぐな直線を(えが)いていたエクスカリバーの軌道が、()()()()()()()()()()

  エクスカリバーは蒼流の右頬を掠め通り過ぎていく。

  蒼流は痺れる様な痛みと恐怖に耐えながら、静かに顔だけ振り返る。


「そういうところだよ。怖いんだろう?人を殺すのが、人を殺す(たび)に訪れる己の心がかけていく感覚が」

「き、さま!!どこまで!!」


  エクスカリバーがより一層怒気を深め真っ黒になった切っ先を再びこちらに向ける。

 明確な殺気、背筋が凍る感覚に、蒼流は悟ってしまった。言いすぎた、と。

  冷や汗が全身から吹き出る。自分を見据える黒い瘴気は〝死〟そのものだ。


 絶対絶命を前に蒼流の行動は······、


「ちょ、ちょ、タンマ!今無敵だから無しね!」


 恥も外見もかなぐり捨てた命乞いだった。


 ──なに?さっきまでの威勢?馬鹿野郎、〝命大事に〟だ。俺はガンガンいこうぜみたいな脳筋タイプとは違うんだよ。


 しかし、そんな決死の作戦も虚しく、エクスカリバーの殺気は収まらない。


「あ、もしかしてこういうノリ通じない!?タンマのときはタッチしちゃいけないんだよ!!──あっ、止めてっ!首に照準合わせないで!ストーップ!!ユーアーストーップ!!」


 蒼流が訳の分からないことを喚き散らしていたそのとき──


「そこまで」


 男にしては高く、どこか胡散臭さを拭えない声が響く。そこまで大きくはないが、何故かその声はよく通った。

 あまりにも唐突なそれに、今の状況すら忘れて声の出処に目を向けると、

  ボサボサとした黒い長髪を後ろで纏めた、細目長身の男が立っていた。右手には洋風の灯篭を思わせる杖を持っている。

  その男にエクスカリバーが反応する。






  「汝は············マーリンか?」














次回からはギャグ要素強くなっていきます。

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