055 賭ける
駆ける、駆ける、駆ける。
落とされた尾が、真横の地面を粉砕した。
めくれ上がる岩盤に足を取られ、身体が風圧に耐えきれず吹き飛ぶ。
また駆ける、駆ける、駆ける。
今度は横薙ぎに振るわれた尾を剣の腹で受け止める。
胸に走る鈍痛に、力が上手く込められずまた宙を舞う。
地面に転がされ血を吐いた。
胸だけじゃない。身体全てが悲鳴を上げている。
また、立ち上がった。
駆ける、駆ける、駆ける。
吹き飛ばされる。
駆ける、駆ける、駆ける。
吹き飛ばされる。
駆ける、駆ける、駆ける、駆ける。
一撃目をすんでで交わした。
折り返しの尻尾にまた吹き飛ばされた。
駆ける、駆ける、駆ける。
駆ける、駆ける、駆ける。
駆ける、駆ける、駆ける。
──幾度······幾度繰り返しただろう、愚直な突撃を。
何度も意識が飛んだ。
何度も血反吐を吐いた。
何度も、死を意識した。
······次の突撃で、死ぬかもしれない。
────駆ける。
──駆ける······駆ける、駆ける、駆ける。それでも駆ける。
死など厭わないという風に。
駆ける、駆ける、駆けろ、駆けろ!
地面を削って振るわれた初撃を跳んで越えた。
折り返しで顔目掛けて迫る二撃目を屈んで躱した。
降って落とされた三撃目を地面を蹴って横に跳んだ。
土煙の中振り上げられた四撃目に吹き飛ばされる。
切り揉みながら転がるのを、足をついて無理やり止めた。
着地時に受身を取り損ねたせいか、左腕が折れた。
······駆ける。
駆ける、駆ける、駆ける。
駆ける、駆ける、駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける駆ける!!!!!!!!
──賭ける!!
「命を······賭けろぉ!!!!」
英雄になりたいのなら、命を賭して、勝利をもぎ取れ!!
輪郭がブレる。
食いしばった口端から血が伝う。
少しだけ、髪の白が侵食した。
瞳に意志を滾らせて、駆ける。
その疾走は、神速に達した。
未だ舞う砂埃を押しのけて出てきたのは、散々この身で受けてきた尻尾だった。
その距離僅か三メートル。
音速を超えて肉迫するそれを、エクスカリバーで受ける。
しかし今回は腹でではない。切っ先を地面と平行に置くように傾けて迎え撃った。
衝撃。
だがここで押し負けてはいけない。
踏ん張った足が、地面に沈む。
全身を電流の如く駆け巡る激痛が、時折飛びそうになる意識を、逆に確かなものにしてくれた。
硬い鱗の上を、エクスカリバーの刃が火花を散らして滑る。
鱗の合間を縫って、切っ先はドラゴンの皮膚にくい込んだ。
『グルァ!?』
蒼流の全力をもってしても傷つけられなかった弾力性の凄まじい皮膚は、皮肉にも自らがつけた勢いによって傷を負うこととなった。
一度皮膚の壁を破ってしまえば、後は易々と刃は沈んだ。
『ガァアアア!!』
痛みに荒れ狂う。
ドラゴンの尻尾は、エクスカリバーが突き刺さったまま縦横無尽に暴れ回った。
離さない。
全力でエクスカリバーにしがみつき、遠心力を耐え忍ぶ。
尾が、大きく上に投げられた。
──今ッ!!
剣を引き抜く。
宙を舞う身体。
場所はドラゴンの眼前。
──そう、眼前。眼の前だ。
どんなに全身が硬くしようとも、目は無理だろ!!
飛び込むように突き刺した。
鮮血が迸り、身体が赤く塗られる。
ドラゴンが苦悶の雄叫びをあげる。
巨体が頭を激しく揺らして後ずさる中、素早くエクスカリバーを引いて、もう片方の目にも刺突を放つ。
絶叫が耳を狂わすが、気にせず跳躍。
そして負けぬように声を張り上げた。
「こっちだバケモノォ!!」
ドラゴンは天を仰ぐ。
怒りを混じえた咆哮と共に、喉奥から炎が噴射した。
天井にぶら下がる鍾乳石を蹴飛ばして、身体を炎の射線から外す。
横を灼炎が通過。超巨大の鍾乳石共を呑み込んだ。
巻き起こる大爆発に、轟音が鼓膜を震わせ熱波が頬を撫でる。
地面に降りる。
足に加わる衝撃に、思わず膝をついた。
咳き込んで出てきたのは血だ。
蹲るその前で、両目を潰されたドラゴンが大地を踏みつけ進行してくる。
食い縛られた刺々しい歯からは唾液が溢れ、怒りと苛立ちを露わにしていた。
大木のような前足が上段に引き絞られる。
妖しく輝く爪が五本。
後一度でも食らってしまえば終わりだろう。
手のひらに溜まる赤黒を眺めながら、少年はニヒルに笑う。
「──上から来るぞ、気をつけろよ」
ドラゴンが、地に沈んだ。
落ちて来たのだ、鍾乳石が、ドラゴンの背に。
石の追撃は止まない。
先の火炎放射で破壊された鍾乳石は、巨大のだけを見ても三十を超える。
次々に落下する巨大な鍾乳石が、大重量を以てドラゴンを押し潰す。
ドラゴンの巨体よりも更に大きな半透明の石達が、ドラゴンを埋め動きを封じる。
頭を残して鍾乳石に隠されるドラゴンの、喉仏が上下した。
──知っているさ。
痛みに耐えて。
その兆候は、
痛みに耐えて。
痛みに耐えて、意地だけで立ち上がる。
「炎、だろ?」
痛みに耐えて、勇気だけで聖剣を構える。
喉奥に充填されていく炎。
間違いなく最高最後の全てを出し尽くす一撃だろう。
思い出せ、あの感覚を。
痛みに耐えて。
それは、三万の軍勢を前に剣を取ったときの感覚。
聖剣が白銀の輝きを放つ。
痛みに耐えて。
余りの光量に、薄暗い洞窟が昼間のようだ。
痛みに耐えて。
ドラゴンが大口を開ける。喉奥の豪炎が渦巻く。
英雄に必要なのは、意地と勇気と少しの運。
痛みに耐えて。
ドラゴンが終わりだと言うように吠えた。
痛みに、耐えて。
今、必殺の一撃が放たれ────
痛みに耐えて、笑ってやった。
「お前の攻撃は、見飽きたよ」
閃光が、ドラゴンを穿いた。
そういえば昨日さり気なく私の小説モドキが日間コメディーランキング5位にランクインしてました。