054 お前が英雄の宿敵と言うのなら──
上も下も分からないような真っ白な空間。
人影がムクリと立ち上がる。
「······実家のような安心感!」
真っ白空間常連の清水蒼流だった。
「──うん、来すぎだよ」
いつの間にか目の前にいたのは淡い青髪が印象的な英雄アーサー・ペンドラゴンその人。
苦笑いで頬を掻いている。
この人はピンチの時だいたい来てくれるんだ。
······ハッ!!逆説的にこの人さえいなくなればピンチにならないということかぁッ!!
そっと、決して警戒されないように、ゆっくりゆったりと鞘に指を掛ける。
『いやバカだろ主』
「············」
手元からやたらダンディーなボイスが響く。
目を向けるとあるのはエクスカリバーのみ。
──つまり、
「ヒィイイイイ剣が喋ったァアアアアア!!??」
怖い怖い怖い!こんなものを俺はぶら下げて歩いていたのか!?
『いや、前も喋ってたときあったから』
「······あれ?そうだっけ?」
そう言われるとそんな気がしてきた。
『──ところで主よ、あのドラゴンは強敵だぞ。何か策はあるのか?』
「うーん、全く無い☆」
あんなの絶対無理じゃん。
「そうだなあ、半端とは言え狂化状態のドラゴンだし······。よし、軽いアドバイスをしようかな」
かの大英雄アーサー・ペンドラゴンからの助言。
おそらくその内容によって戦いはかなり楽なものになるだろう。
これ以上ない提案だ。だから俺は──
「え?いらないけど」
「『──え?』」
何とも言えない空気のまま、時間切れなのかアーサーの輪郭がぼやけていく。
いや、真っ白で分からないだけで視界に写る全てがぼやけているようだ。
証拠として自分の両手やエクスカリバーまでもがはっきりしない。
『何故だ主!?』
「ちょ、ちょっと待って!えーと、ド、ドラゴンはお腹に魔力生成器を持っている!それさえ破壊すれば──」
最後にアーサーが何か言っていたような気がするが、意識が朦朧として全く頭に入ってこなかった。
■■■
意識が覚醒する。
目の前に広がるのは冷たい石の地面。
どうやら俺は倒れているらしい。
腕を立てて起き上がろうとした途端、胸の奥で鋭い痛みが駆け巡る。
「──ッ!!」
そうか、肋が折れていたのだった。
胸筋をできる限り使わないように、ゆっくり膝を使って立ち上がる。
顔を上げると、一歩、一歩と砂埃を上げる緋色の竜が、濁った双眸で威圧してくる。
圧倒的な存在感は、正しく〝英雄の宿敵〟と言って然るべきだ。
──そう、だから、だからこそ俺は、一人で立ち向かわなくてわならないのだ。
他の誰でもない、〝俺〟が倒さなければならないのだ。
「お前が〝英雄の宿敵〟と言うのなら、全身全霊を以て越えてゆこう!来いよバケモノ、勇者の名は伊達じゃねえぞ!!」
英雄の卵は、試練に向かって剣を構えた。