053 ふぇぇ、コイツ強いよぉ
『グルァアアアアア!!』
──大気を割る轟音で、大型魔獣は咆哮した。
天井までもを揺らす大轟音と、圧倒的な威圧感に身体が震える。
屈しそうになる膝を叱咤、意を決してエクスカリバーを抜き去った。
こちらの戦意を感じたのか、見下ろす瞳がギラりと光る。
裂ける程開かれた口が、並んだ鋭利な刃達を見せつけてくる。
そして、喉奥から炎の片鱗が漏れた。
──次の瞬間、灼炎が大地を飲んだ。
咄嗟に跳んだことで間一髪回避が間に合った。
もし後一瞬遅れていたらと想像すると身の毛がよだつ。
──だが、上はとった。
「もらった!!」
落下の勢いそのままに、渾身の斬撃を敵の脳天に叩きつける。
「──がっ!?」
重い衝撃に腕が痺れる。
完璧な角度で放ったにも関わらず、エクスカリバーは容易く鱗に弾き返された。
見れば、鱗についているのはかすり傷一つ。
嘘だろ!?伝説の聖剣だぞ!?
不安定な体勢では満足な追撃は不可能と判断。
油断を見せずに着地、極限状態に、頬には冷や汗が伝る。
細く息を吐いて乱れた呼吸を正す。同時に思考も平静を取り戻した。
······観察しろ。頭は冷静にだ。
それは師であるソウレスの教えに従え。
細部までドラゴンの身体を睨めまわす。
奴の腹には鱗がない、ならば懐にさえ潜り込めば!!
走り出す。
捻った胴体に振られ滑空する尾は正しく鞭。
ドラゴン元来の筋力と遠心力の相乗効果により残像を置き去りにするそれは、暴力の具現化というに相応しい。
距離二メートル。加速した思考が最適なルートを弾き出す。
接触数瞬前、尾と地面の間に身体を滑り込ませる。
「──ヒィッ!」
僅か数センチ先の眼前を必殺の凶器が空振った。
速度を利用して素早く立ち上がる。同時に走り出す。
こっわ!!死ぬってマジで!!
恐怖に力が抜けるのを意地で堪える。
死にたくないという意思が、俺を神速まで押し上げた。
ふぇぇ、しゅごい、足が勝手に動くよぉぉ。
きっと思考回路すら振り切ってしまったのだろう。ふぇぇ。
だが懐には潜り込めた。色々なものを犠牲に······。
「ふぇぇ、幼児退行アタックぅぅ〜」
間延びした言葉とは裏腹に、十全に速度の乗った上段切りは空気を切り裂き滑る。
まるで──閃光の如く。
間違いなく俺史上最高の斬撃に名を連ねるだろう。······なんかやだな。
閃光がドラゴンの腹に食い込む。
歯を食いしばって振り上げた。
ボヨンッ。
「──あれ?」
エクスカリバーが跳ね返ってきた。
再度切っ先を突き立てる。
ボヨンッ。
······ボヨンッ、ボヨンッ、ボヨボヨボヨンッ。プルルルルン。
············ふぇぇ、このお腹弾力凄いよぉ。
幾度となく刺突を繰り返すが、ことごとくが徒労に終わる。
お返しとばかりに、こっちの左半身に洒落にならない衝撃が打ち付けられた。
「おぐっ!!??」
前足に払われたようだ。
ドラゴンからしたらあしらう程度の一撃だったのだろうが、奴の身体はこっちの数十倍だ。容易く吹き飛び背中から石壁にめり込む。
おえっ、臓物出ちゃう。
足の腹で殴られたため爪に当たらなかったのは幸いだが、モロにくらった衝撃に身体の至る所に裂傷や痣の数々が出来上がっていた。
石の破片と共に墜落する。
迫る地面が何処か遠く見えた。
受け身もとれずにそのまま衝突。
身体が動かない。
肋の何本か逝っただろう。
──ああクソ、目の前が霞んできやがった。