052 おっきくて固くて熱いのを出すアイツ(爬虫類)
「大型魔獣?」
ギルドの受け付け窓口で、カウンターを挟んでミアと対面する蒼流。
「はい、何やら最近あちこちで発生してるらしいんですよ」
闇ギルド〝月の死神〟について探るため、情報が一挙に集まるギルドで、顔見知りである受付嬢ミアに聞いてみたところ、今の回答だ。
「大型魔獣ってのは魔物とは違うのか?」
「魔物というのは体内器官が魔力でできていることは知ってますね?しかし魔獣というのは魔の獣です。肉体の構成物質は肉や骨がしっかりありますし、魔法が使えたり肉体が強化されていることもあるんですよ。ようは魔物の特性を持った獣ですね」
ちなみに魔族は魔物の特性を持った人間のことらしい。
「代表的な魔獣はドラゴンですねー。鱗がすっごく硬くて、口から火も吐くんです!がお〜って」
ミアは両手で猫の手を作って愛らしくドラゴンの鳴き真似を鳴らす。
なんだこの可愛い生き物は。······でも魔獣か、なんか闇ギルドと関係あんのか?
だけど今は闇ギルドよりも、カウンターの脇に鎮座するみずみずしいトマトに闇を感じた。
■■■
一歩、足を出すごとに、甲高い足音が反響する。
並行するシルが創り出した聖属性の光源を頼りに、薄ら寒い洞窟の奥へと潜っていく。
ここには、出現した複数の大型魔獣の一体が住み着いているという。
今回はあくまで調査だ。討伐が目的ではないため、ソウリューズのメンバーをいくつかに分け、それぞれ違う大型魔獣に当たっている。
俺とシルのグループ、ヤミリーとサミとリリエルのグループ、クーラとディランのグループ、居残りのキース。
グループ分けの凄まじい戦いでは余波でキースが負傷していた。
「──ふふ······久しぶりに、蒼流と······二人っきり······」
······確かに最近は二人だけってのはなかったな。
俺が一人感慨にふけっていると、隣で歩いていたシルが、一瞬で視界から消えた。
「────え?」
数回の瞬きの後、再び目を向けてみるが、やはりそこにシルの姿はない。
──だが、代わりに、
「落とし穴?」
地面に大穴がぶち抜かれている。
覗いてみても底は黒く塗りつぶされていて、一体何処まで続いているのやら。
しかしそれの入口は、ズズズと重々しい音をたてながら徐々に収縮していく。
······早かったな、二人きりの時間。
まあ、あの完全無敵ヤンデレのシルヴィアさんだ。そうそう死にはしないだろう。
気にせず進むぜ☆
■■■
歩くこと十数分。最早どれだけ進んだか分からなくなり始めた頃、超巨大なドーム状の大空洞が現れた。
上を見上げれば遥か先に視界を埋め尽くす無数の鍾乳石が垂れ下がっている。
荘厳で異様な雰囲気に、警戒レベルを引き上げる。
腰を低くして下げられたエクスカリバーの柄を指先で確認した。
「──おや、もう来たのですか。予想よりも少し早いですね」
女の声。
その発端には、黒い外套で顔を隠した人間が一人。
高まる緊張感の中、心を沈めて相手の一挙一動を捉える。
······あれは、ブラッドが着ていたものと同じ?
飾り気の皆無なただ漆黒の外套。その胸元で鈍色に輝く銀の三日月。
間違いない。奴も闇ギルド〝月の死神〟だ。
「──まだ、〝あの方〟から頂いた大型魔獣の狂化が途中なのですが······流石に魔物のようにはいきませんね」
あの方?
それは誰を示唆する言葉か。
僅かに眉をひそめる。
「────まあ、半狂化とは言え
······貴方を屠るには十分だ」
恐ろしく冷たい声音に、冷や汗が吹き出る。
──その時、地面が揺れた。
女の更に奥。蒼龍と対角に位置する空洞から、それは這い出てくる。
大木の如き四足の足が、一つ前に出されるごとに天井までもが振動する。
爬虫類を彷彿とさせる頭部から、引きずられ地面に線を残す尻尾まで、真っ赤な鱗が所狭しと敷き詰められている。
赤く濁った瞳の瞳孔が、鋭く絞られる。
「せいぜい、頑張って下さいね?」
踵を返した漆黒が、入れ違いに去っていく。
残された一人と一体。
英雄の卵と、英雄の宿敵と謳われるモノ。
静寂を破るかのように、魔獣の代表者は咆哮した。




