005 伝説の剣
その戦場に、希望はない。
その惨劇に、光はない。
その男に、救いはない。
心優しき少年は、心を忘れた少年は、その地獄で、泣いていた。
傍らで見守る〝ソイツ〟の胸には、憎悪だけが渦巻いていた。
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真っ白な空間。つい先日見た空間。右も左も上も下も何もかもない空間。
──ここは?さっきまでシルと爺さんと一緒に森にいたはずなんだが────ん?
そこで、初めて蒼流は前に来たときとは異なる部分に気がつく。
前回ではあったはずの椅子が、さらにはあの身勝手な赤い少女すらいないのだ。
代わりに、目の前には金色に輝く、驚くほど繊細な彫刻が施された一本の剣が宙に浮いていた。
「汝、我を呼んだか?」
「······剣が、喋った!?」
そう、文字通り剣が喋ったのだ。それも、かなりいい声で······。
「我はエクスカリバー。汝に我を従えるに値する器があるか?」
──エクスカリバー······これが!?
蒼流は目を限界まで見開き、息を詰まらせるが、そんな蒼流を他所に、エクスカリバーは続ける。
「我を従えた者は、過去二人。──どちらも素晴らしい騎士にして、素晴らしい英雄だった······」
勝手に話を進めるエクスカリバーの声は、まるで遠い過去を思い出すような、そんな気がした。
そも、剣に感情があるのかはわからぬが、蒼流はその声に確かに感じた。何か大切なものを大事そうに抱えている姿を。
「だがな、我は人間が嫌いだ。人間は皆すぐ裏切る。一人目の騎士は、忠誠を誓われていた部下に殺された。······我は、人間が、汝らが憎い。我が主を殺した人間が──っ!!」
その瞬間、エクスカリバーの周りを黒い霧のようなものが取り巻き始める。
────これは、怒気だ。視認できてしまうほどの、莫大な怒り。
蒼流が、この場から逃げることさえ考えさせるほどの気迫──いや、鬼迫というべきか。
ともかく、聖剣という名前とは対称的な禍々(まがまが)しさをエクスカリバーは帯びていた。
「汝にも見せてやろう。あの惨劇という言葉すら生ぬるい、真の地獄を────ッ!!」
言い終わるが速いか、蒼流の視界は暗い暗い闇に呑まれた。
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──迷わずの森・聖光の泉──
そこには、片膝をついた男と、それを見つめる二人の男女の姿がある。
「応えよ!我が名は、清水蒼流である!!」
男が叫んだ。その声は森中に響き渡り、森もまた応えるように、葉、土、幹、そこにいる生物まで、至る所から光の胞子を撒き散らした。
「こ、これは──っ!?」
ソウレスが息を呑む。その隣では、シルが大きく目を見開いていいる。
奇跡を目の当たりにしたシルが感嘆の声を漏らす。
「蒼流、成功。ばんざーい────蒼流?」
そこで初めてシルは異変に気がついた──蒼流が、ピクリとも動かないのだ。
シルが疑問を抱き蒼流の顔を覗き込むと、既にその目に光はなく、体は魂の抜け落ちたただの抜け殻となっていた。
そこに追い打ちとばかりに悪い知らせがシルの横で零れる。
「聖剣が、顕現して······いない?」
ソウレスの口から出てきた絶望そのものを凝縮したような言葉にシルは黒い黒い海に沈む。
「────え············嘘、失敗······蒼流、嘘、だよね?······嫌だ、嫌、嫌ぁ」
なぜ出会って数日の蒼流がシルにこれほどまで影響を与えているのかはシル本人にしかわからないが、このままでは精神に異常をきたしかねないということは誰の目から見ても明らかだ。
──早くして下さいよ······蒼流殿。こちらもできる限りの手を打ちますので。
ソウレスは祈るように目を細め、拳を固く固く握りしめた。
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