041 超かんたん!叫ぶだけで召喚魔法ができちゃう!?〜目指せ、召喚術士 入門編〜 (300円+税)
人の気配を感じない街道を疾走する少年。
走っている理由は単純、そうしなければ死ぬからだ。
背後に聞こえる爆発音と石や木がひしゃげる音。それが当たったときのことを想像するだけで膝が笑ってしまう。
しかし少年の瞳は、微塵の恐怖も宿っていなかった。
──だってもう慣れちゃったもんね。最初に聞いてから三話も経ってるからね。仕方ないね。
大きな十字路を右に曲がり、少年──清水蒼流は独り言のように呟く。
「──さて、そろそろ反撃しますかね」
どうせこのままいけば体力が尽きてジリ貧。ならばやるしかないだろう。
蒼流のエクスカリバーを握る手の力がより強固なものとなり、その覚悟を感じさせた。
蒼流は静かに足をとめ、片目だけ振り返る。
その視線の先には右手に黒い炎を纏わせ、風を切って近づいてくるローブをなびかせる黒髪の男。
男が右手を前に突き出し一言。
「〈収束解除〉!!」
瞬間その右手から三本の黒い火柱が蒼流に向かって飛来する。
黒炎が蒼流の肌に触れるかと思われたその刹那、蒼流の身体が揺れた。
──着弾。
巻き上がった黒煙が一帯を呑み込む。
勇者を捉えた光景に、ローブの男は一層口の端を吊り上げ、下劣な笑みを深めた。
瞬間、黒煙の中で何かが煌めいた──否、黄金色の剣が飛び出して来たのだ。
遅れて気づいた男は、笑顔から一転、歯を食いしばって首を傾ける。
一瞬前に男の眉間があった場所を、黄金の剣が通過する。
刺突は男の頬を掠めた。
バックステップで距離をとった男の前に、黒煙を払いのけて蒼流が出てきた。
「そんなに驚いた顔をするなよ。これでも勇者なんだゴホッ、あんな攻撃、避けるなんてオッホゴフッ······ぞ、造作もオォッホオッホゴホッゴホッ······煙たい!ここすっごい煙たい!」
肩で呼吸をする蒼流が、エクスカリバーをやけくそ気味に振り回して、身体に纏わり付く黒煙を斬りつける。
しかし、実態を持たない煙を斬れるはずもなく、ただエクスカリバーが空振るだけだ。
──殺気が増幅した。
そして鳴り響く鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音。
突如凄まじい速度で上段から斬りかかったローブの男が、黒い剣を受け止めるエクスカリバー、その奥の蒼流を睨みつけて野蛮な笑みを見せる。
「よそ見してんじゃねえぞ勇者ァ!」
ギラついた真っ黒な瞳と蒼流の視線が交錯する。
巫山戯てらんねえ──なっ!!
腕に力を込めて黒い剣を払い、即座に切り返す。
「──ッ!?」
男の顔が、驚愕に染まる。
余りの速度にエクスカリバーが金色の軌跡を残し、男の首筋に迫る。
男はそれを仰け反って躱して、そのままの勢いで足を浮かせて地面に手を着き跳躍。
空中で着地姿勢を整え、地面につま先が触れる。
──男の目の前に、蒼流がいた。
引き絞った蒼流の右手から伸びるエクスカリバーが、弾丸さながらに繰り出される。
狙う先は喉元。
ただ無感情に、無情に、無慈悲に剣を突く。
残り十数センチ、エクスカリバーと首筋の間に黒い影が滑り込む。
漆黒の剣が、エクスカリバーの切っ先を阻み火花を散らしてせめぎ合う。
かな切り音だけが小さくこだまし、両者まるで一時停止したかのように動かない。
だが、それは決して休憩などではない、正しく、命の正念場だった。
「調子に、乗んなァ!!」
振り上げられた男の足が、蒼流の腹にめり込む。
至近距離で、さらに体制も整わぬ状態で放たれたためか、その蹴りに大した威力は乗っていない。しかし、蒼流を怯ませるには十分だ。
力が緩んだ一瞬の隙をつき、男は後方に飛び退る。
「てめぇ、それが本性かァ?」
男が眉間にシワを刻んで悪態をつく。
「いいや、ただこういうふうに教わっただけだ」
蒼流の脳裏に、訓練中のソウレスの言葉がよぎる。
『敵と剣を交えるとき、必ず相手を殺す覚悟で挑みなさい。一欠片の情けも無用です。──非情に成りきれない者に、剣をとる資格も、何かを守る資格も、ましてや誰かの命を奪う資格など、有りはしないのですから──────というか私かなり久方ぶりの登場ですな!回想だけど嬉しい!!』
──くっ、シリアスなシーンなのに脳内脚色が邪魔をしてきやがる!!出番が欲しいなら助太刀してくれればいいのに──ん?助太刀?
「────それだっ!!」
蒼流の頭で、一つの妙案が弾ける。
「──くっ、くくくく、フハハハ、アーッハッハッハッハッハ、おいお前、特別に俺のとっておきをみせてやろう!」
ローブ男が蒼流に変なものを見るような眼差しを浴びせる。
なんたって、目の前の奴が急に目を見開いたかと思うと今度は笑いだしたのだ。これを変なものと呼ばず、何を変なものと呼べばいいのだろう。
「とっておきだァ?」
「ああ、その名も──〈召喚魔法〉」
「──なに?」
男が目を細める。
〈召喚魔法〉。無数の魔法が存在するこの世界でも、かなりに希少な魔法。恐らく、各ギルドに三人いるかだろう。だが、問題はそこではない。何を呼び出すかが問題なのだ。とっておきというからには、上級の魔物だろうか。
「代償は、そうだな······俺の精神か」
空気が緊張にピリつく。精神を代償に召喚など前代未聞。男が固唾を飲んで見守る中、蒼流は息を大きく吸い込んだ。
──そして、詠唱を紡ぐ。
「私はあなたに、フォーリンラァァァアアアアアブ!!!!」
「──は?」
間抜けな顔を晒す男を前に、蒼流は酷く遠い目をしている。
地面が小刻みに揺れた。男の耳が、轟音とも呼べる足音を捉える。
その数は三つ。男の後ろから近づいてくる。
それは目にも止まらぬ速さで街道を疾走し、ローブの男を素通りして、蒼流の腹に突っ込んだ。
「蒼流さまぁあああああああああ!!」
「──蒼、流······!」
「そーりゅぅううううううううう!!」
三人のヤンデレが蒼流を巻き込んで屋台に衝突する。
屋台は見るも無残に大破し、瓦礫の中で三つの影が蠢く。
「蒼流様、わたくしのこと呼びましたよね?ふふ、嬉しいです。まさか蒼流様から愛を伝えていただけるなんて」
「スーハー、スーハー······ん、蒼流の、匂い」
「どうだいそーりゅう。ちゃんと身体をヌルヌルにしてきたよ!待ってて、今服も脱ぐから!」
胸に抱きついたヤミリー、シルヴィア、サミを、蒼流は諦めの混じった笑顔で見つめる。
今のは、いい打撃だったぜ──てかサミさん服脱ごうとしないで、僕捕まっちゃう。