039 僕の名前は清水蒼流!味方のせいで大ピンチ!
黒髪黒目の少年。邪悪さを孕んだ瞳が、ギルドを一通り見回す。
蒼流の背筋を強力な悪寒が駆け巡った。
思わず息を潜めて、顔を伏せる。
見つかってはいけないと、本能が警告していた。
「呼ばれていますよ、蒼流さん!」
ミアが大きな声を上げた。それはギルド内が恐ろしい程に静まり返っていたのも相まって、そらもう響く響く。
「い、イヤデスネーミアさん。マイネームイズ、ソリーウ。間違えないでクダサーイ」
「何を言ってるんですか、貴方の名前はそ・う・りゅ・う。勇者の清水蒼流さんでしょ?」
「やだこの子察し悪ーい」
この場全ての人間が蒼流を注視する。
これもう弁解不可能なやつじゃないデスカ、オウマイゴット。
「おーいそこの方ー、この方が清水蒼流ですよー」
「鬼かあんたは」
ローブ男は真顔で蒼流をじっと見つめたかと思うと、口の端を裂くように吊り上げる。
右手を前に突き出す。
瞬間、蒼流が動く。
腰に下げたエクスカリバーを引き抜きミアを抱える。
確実にここで動かなければ殺られると感じたのだ。
ローブ男の右手から湧き出た漆黒の炎が掌で収束する。
「〈収束解除〉」
短い詠唱と共に闇の炎が迸る。
横に跳躍した蒼流のスレスレを通過し、石の壁にぶち当たった。
そこにあったはずの机や椅子は、炎に呑まれ跡形もなく消え去り、壁は黒く焼け跡を残している。
一瞬遅けりゃ、死んでたな······やべ、ちょっとちびっちゃった。
「な、何が起こったんですか、床しか見えませんよ!?」
抱えられることで顔が地面と接近しているミア。
大丈夫、あんたのせいで死にかけただけだ。
すんでのところで飲み込んだ言葉は、きっと優しい彼女を傷つけてしまうだろう。
「あんたがポンコツなのは分かったよ」
代わりに小言をひとつ言ってやった。
──さて、蒼流君大ピンチなんだけどどうしよう。命乞いか?土下座してやろうか?あ?
「おいローブ男、何が欲しい、金でも何でもやるぞ?──国が」
「蒼流さんって意外と最低ですよね」
「自分の武器を振りかざして何が悪い」
ローブ男は顔を醜悪に歪ませたまま、演技がかった動きで手を広げる。
「俺が欲しいのは一つだけ、てめえのくびだぁ勇者ぁ!!〈収束解除〉!!」
再度放たれる黒炎。
避けられないと悟った蒼流は、それを真正面から力任せの上段斬りで叩き割った。
中心を二つに裂かれ、安定を失った黒炎が、行き場もなく霧散する。
残った熱気が肌を撫で髪を揺らす。
くそっ、なんでこんなときに限ってギルドにいるのがほとんどCランク冒険者なんだよっ!
その時、フード男の背後から一振の斬撃が落ちてくる。
遅まきながら気づいたフード男は、それでも完璧に対処してみせた。
左足を軸に、ぐるんと回り剣が届く前に背後の男に痛恨の蹴りをお見舞する。
吹き飛ばされた男は、蹴られた衝撃を流すよう何度も回転し、空中で体制を整え見事に着地。
洗練された動作に、ローブ男が目を細める。
──男の正体は、ザッシュだった。
ザッシュはローブ男を睨みつけたまま、顔を歪める。
「くそっ、こんな時にスキルが残っていないなんてな──ついてないぜ!」
「お前本当約立たずだなっ!」
スカートめくりのせいで生死を分ける大ピンチに陥る勇者。ダサいことこの上ない。
悪態をつくと、蒼流は相手を最大限警戒したまま状況を確認した。
今ギルド内にはローブ男に対抗できる奴はいない。
出入り口はローブ男が塞いでいる。
オマケに自分自身はミアを担いでいるというハンデ付き。
考えれば考えるほどに八方塞がりな場面に、蒼流は大きく溜め息をつく。
──仕方がない、あの手を使うしかなさそうだ。──全く、できれば使いたくなかったんだがな。
蒼流は意を決したようにローブ男を見据え、ゆっくりと口を開く。
「────あっ!UFOだ!!」
どうだこの完璧な作戦!これに引っかからない奴はいないだろう!
勝利を確信し、笑みを刻む蒼流を正気に戻させたのは、剣が鞘を滑る音だった。
邪気が見えるのではと錯覚する程に禍々しい黒塗りの片手剣をスラリと抜き去り、その切っ先で蒼流を捉えるローブの男。
黒く冷たい双眸が蒼流を射抜く。
──────あれ?