034 最悪だぁあああああああああああ!!
椅子の後ろから一向に姿を現さない魔王の、すすり泣く声がか細く響く。
「──ひっ、やっぱり私には、ひっ魔王なんて、ひっ、無理だよ、ひっく」
両手に薄緑と青の二本のアホ毛をそれぞれ踊らせて、蒼流は物思いに浸る。
気まずい雰囲気に慣れつつあるな俺。大して辛くないぞ。──フッ、俺も日々進化しているということか。てかアホ毛って生き物だっけ、すげえうねうね動んだけど。
「そーりゅうどうだい、ボクのアホ毛は?」
アホ毛の抜けたサミが屈託のない笑顔わ咲かせる。
こいつよくこの状況でそんな話題持ち込めるよな。
気まずい空気を気にしないタイプか、そもそも空気読めないタイプか、どっちにしてもタチが悪い。悪意があるから前者か、注意しても治らないから後者か、果たしてこの二つどちらの方が厄介なのだろう。
「いいかサミ、自分のチャームポイントは大事にしなきゃダメだぞ」
「チャームポイント!?そーりゅうはボクのアホ毛を可愛いと思っていたのかい!?」
「ん?まあ、愛らしいとは思うぞ」
「愛!?そこまで思っていてくれたとは······ちょっと待ってねそーりゅう────ふっ!」
サミが拳を握り締めたかと思うと、急に顔を顰めた。
小刻みに震えているところを見るに、なにやら必死に踏んばっているようだ。
「ど、どうしたサミ、大丈夫か!?」
「──んぅぅぅぅぅ、やあっ!!」
サミの脳天に、突如青色の髪の毛が天を突かん勢いで生えてきた。──そう、アホ毛だ。
「アホ毛生えた!!??」
ト〇ロか!?お前はトト〇なのか!?夢だけど夢じゃないのか!?
「──あ、あの······」
「おう、どうした?」
「はぃぃぃ、ごめんなさいごめんなさい」
完全に怯えきった魔王ちゃんが尻すぼみな声で注目を集めるが、蒼流が返事をした瞬間、先程のトラウマからか、狼に睨みつけられた兎を彷彿とさせる速度で椅子の後ろに逆戻りしてしまう。まるで話が進まない。
それどころか、蒼流の精神的ライフポイントも削られる。
「今回もグダグダね······」
リリエルの呟きは、静寂に虚しく溶けていった。
十分経過
蒼流は背中に冷や汗を貯めていた。
気まずい、ここまでくると流石に気まずい!誰か会話に乗り出さないのか!?
リリエルは焦りに見舞われ瞳をグルグル回す。
き、気まずいわ!なんなのこの空気は、どういう状況なのコレは!!
魔王ちゃんは徐々に目尻を濡らしていった。
ひゃぁぁぁぁ、皆さん無言になっちゃいましたぁ。でも、私から話しかけるなんて絶対無理ぃ。
ヤミリーは恍惚と口元を歪め、蒼流の全身を舐めまわすように視姦する。
蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様♡
サミは闇の落ちた双眼で、蒼流の顔を瞬きすら惜しむように見つめる。
そーりゅうはボクのアホ毛を愛らしいと言った。ボクのことも同じように思ってるんだ、ふふふふふふふ。
シルヴィアはただぼーっとしていた。
──お腹空いた。
拷問のような沈黙の時が、ただただ重々しく流れていった。
三十分経過
蒼流は平静を装いながら、内心で喚き散らしていた。
いやあああああああ、気まずううううううい!!何か話す話題はないのか!!??
リリエルは手探りで打開策を探る。
何か、何か話のネタになるようなことはッ!?
魔王ちゃんはもう泣き始めちゃった。
ひっ、えぐっ、もうやだぁ。
ヤミリーは顔をだらしなく蕩けさせ、涎を垂らしている。
蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様ぁ♡
サミは満面の笑みで明るい未来を妄想している。
式はいつあげようかな、新婚旅行は、ああでも、そーりゅうが静かに暮らしたいって言うなら山奥に小屋でも建てて二人っきりで暮らそうか。
シルヴィアはただぼーっとしていた。
──眠い。
響く一つの微小な泣き声が、出かけた言葉を喉元で詰まらせる。気まずい空気は、終わりを見せない。
一時間経過
蒼流は貼り付けた真顔が限界を迎え、口の端がピクピクと微動していた。
リリエルは······苦しそうな表情、魔王ちゃんは······泣いてる、ヤミリーは······なんか蕩けてる、サミは······満面の笑みで耳とアホ毛動かしてる、なにやってんだあれ?シルは······寝てる!?くそう、俺が話題を振るしかないのか!?
リリエルはごちゃごちゃになる思考を深呼吸で押さえつけ、今一度冷静な頭に戻す。
無難に、無難に行きましょう。そうね、テンプレートな話題でいいのよ。
魔王ちゃんはどうせ黙っていたら地獄、と自分に言い聞かせ、意を決して話しかけをうとするが、直ぐに項垂れる。
うう、ぐすっ、なんて話しかければいいか分かんないよぉ。
ヤミリーはすっかり蕩けきった表情で、時折身体を痙攣させていた。
蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様蒼流様ぁ♡♡♡
サミは蒼流が顔を自分に向けた瞬間、相変わらずの妄想癖を展開。限界突破の上機嫌さで、アホ毛と猫耳がちぎれんばかりに荒ぶっていた。
あっ、今目が合った!ふふ、やっぱりそーりゅうもボクのこと考えてたんだ。ふふ、嬉しいなあ、ふふ、ふふふふふ♡
シルヴィアはぼーっとを通り越して一人安眠していた。
──zzz。
次第に収まっていく泣き声と、少女の寝息。──彼らは腹を括った。
「「「あの!」」」
寸分違わず重なり合った三つの声音。そのどれもが悲愴な覚悟に満ちていて、同時に酷く弱々しいものだった。
──────さ、最悪だぁあああああああああああ!!
全然話が進まない。
次回からもうちょい巻きでいきます。




