033 アホ毛の魔王ちゃん
すいません、インフルかかってました。投稿再開します。
「で、ここに来たのは協力を要請するためと」
「はい、なんと言っても世界の危機ですから」
溜息をつきながら辺りをぐるりと見回す。
背後に控える既に閉ざされた扉。感覚を狂わせる高い天井に、そこへ太く伸びる柱。
だだっ広い部屋は中央に椅子が一つ、それ以外は何も無い。
蒼流たち以外の姿も見当たらず、何処か寂しさを覚えてしまう。
「──おかしいわね、魔王がいるはずなのだけど」
リリエルが眉を顰める。
ただ一つ置かれた趣味の悪い禍々しい椅子は、主を持たず一人佇んでいた。
しかし、蒼流が異変に気づく。
精神的な重さを感じさせる暗い部屋で、それはとてつもなく場違いな雰囲気だ。
椅子の背もたれから飛び出る、薄緑色の何か。
──それは、ぴょんぴょんと跳ねる元気なアホ毛だった。
なんとも力の抜ける光景だろう。気まずい静寂の中、その立派なアホ毛だけが、ひたすら跳ね続ける。
「──あ、あの!」
「──アホ毛が······喋った······!?」
突如椅子の後ろから投げかけられた声に、シルが大きく目を見開く。
彼女に関しては唯のアホのようだ。
「──あの······その、えと······あぅぅ」
しかし、口篭りを一向に脱せずまるで話が進まない。
「や、やっぱり人と話すなんて無理ですぅぅ」
「えいっ」
なにやら声をモジモジとさせていたので、見かねた蒼流が助け舟を出してやる。
揺れるアホ毛をがしりと右手で掴み、上に引っ張ってあげたのだ。
うわあ、蒼流ってばやっさしー!
「きゃああああああ、いたいいたい、離して下さい、私のアホ毛離して下さいぃぃ!」
「あれ?なかなか抜けないな」
更なる力を込める蒼流、うんとこしょ、どっこいしょ、それでもアホ毛は抜けません。
ならばと、今まで宙を所在なさげに垂れ下がっていた左手を動かし、右手に重ねる。
「いやあああああああ、やめて、やめてぇぇぇ」
「大丈夫大丈夫、痛いのは一瞬だから」
「もう結構な時間引っ張られてるんですけどぉ!」
両手で溜めを作ってから、思いっきり引っ張る。
──アホ毛が、抜けた。
スポンッ、と気持ちのいい効果音を奏で、勢いよく抜けた。
ただ、うん、なんか、アホ毛だけ抜けちゃった。
「ああああああああ、私のアホ毛がああああああああ」
ガタガタと椅子が揺れ喚く。一種の怪奇現象と化したそこから、薄緑色の頭が顔を出す。
「な、なんなんですか······あなたたちはぁ」
半分まで出した顔には、潤んだ瞳が置かれていて、端には涙の玉が滲んでいる。
「魔王様、お初にお目にかかります。キャメロットから参りました、第一王女のヤミリーと申します。以後、お見知り置きを」
ヤミリーが恭しく膝をつく。
おお、流石王族、礼儀が違うね。てかこの子が魔王なんだ。なんか魔族の政治が不安だわ。
打ち上げられた魚の如くピチピチと荒ぶるアホ毛片手に、蒼流は感嘆の息を漏らす。
「こ、こんな状況で礼儀を尽くされても、困ります······」
「ごもっともでっ!──てかこのアホ毛生きてね?」
「と、とにかく、頭を上げて下さい。さっきのは許しますから」
魔王ちゃんがわたわたし始める。そんな姿を前に蒼流は益々魔族領のことが心配になった。
「──はて、さっきのとは?」
「──え?そこの人が私のアホ毛をちぎっちゃったことです、けど······?」
「フッ、なにかとてつもなく嫌な予感がするな。──てかこのアホ毛生きてるよね?」
ヤミリーが静かに頭を上げる。その顔には、いっそ寒気がするほどの無表情が刻まれている。
「もしや、蒼流様が悪いとでも言うおつもりで?」
「そ、そりゃあ、はい」
「俺もそう思うぞ。──てかこのアホ毛凄い暴れるんだけど」
十中八九蒼流が悪い事件だった。通常ならば即死刑に処される案件だろう。
「はぁ、あの完全無欠の蒼流様に非があったと?──そもそも、原因はいつまでも出てこなかったあなたにありますよね?それで蒼流様のお手を煩わせたにも関わらず、自分は悪くないと?」
「──なに、それ······巫山戯、てる、の······?」
「──チッ、ボクのそーりゅうに罪を擦り付けて、少しおいたが過ぎるんじゃないかい?」
「えっ、いや、あの······」
突き刺さる氷点下の視線を携えた双眸で、椅子から生える頭を射殺す。
状況が分からず次第に潤んでくる声音に、流石に蒼流とリリエルが割って入る。
「ちょ、あんたらそこら辺にしときなさいよ。さっきのはどう見ても蒼流が悪かったでしょ」
「三人共一回落ち着け、ほら、アホ毛あげるから」
魔王を庇うようにして立つ蒼流とリリエル。
蒼流は己が手をなんとか逃れようとしているアホ毛を差し出す。
「······よかったですね魔王、至高なる蒼流様の寛大な処置に恵まれて」
「なんで君は上からなんだ?」
「──ん、蒼流が、言うなら」
「うわあチョッロい!」
「そーりゅう、そんな汚い物いつまでも持っていたらそーりゅうの綺麗な手が汚れちゃうよ「いや、凄いんだぞこのアホ毛。なんたって生きてるからな」ああ、それならボクのアホ毛を上げるよ「遠慮します」もしかしてボクのことを心配してくれているのかい?ふふ、やっぱりそーりゅうは優しいね。でも大丈夫。ボクはそーりゅうに与えられる物ならどんな物でも嬉しいから。たとえそれが痛みでもボクは吝かではないよ「僕は吝かです」だからほら、ぐいっと抜いちゃってよ「ねえ、僕の話聞いて」ああ、そーりゅうにボクの大事な物が奪われちゃうなんて、ゾクゾクしちゃうよ」
······仲間のチェンジを要求します。
3話と26話改稿しました。