032 ──へぇ?
仰々しい音を響かせながら、黒い大門がゆっくりと開いていく。
できた隙間から光の欠片が我先にと溢れ出し線を刻んだ。
「──ああ」
目を限界まで見開く蒼流の顔は、絶望と焦りが入り交じり、壮絶の色を写していた。
「ああぁあぁあ」
──開いていく門、それは死へのカウントダウン。
「ああああぁぁああぁあ」
──眩い逆光、それは天国への階段。
「あああ────」
──太い重低音、それは冥府への誘い。
鍵を閉めるような音が無言の中に響く。開き切った門が固定された証拠だ。
「うわあああああああああぁぁぁぁ──あれ?」
腕を顔の前で交差させ、瞼を固く結ぶ。恐怖から逃げるように叫び散らすが、いつまで経っても訪れない衝撃に、蒼流は顔を上げる。
──逆光が止んだ門の先には、人っ子一人いなかった。
「アンタ、なにやってんの?」
怪訝そうな顔で見つめてくるリリエルを、魂が抜け落ちた顔で呆然と目を向ける蒼流。
半開きの口から、ひどく間抜けな声音が零れ落ちる。
「──へぇ?」
もう一度門の先に視線を移し、
「──へぇ?」
やはり誰もいない大部屋に、再度声を漏らす。
「え?モンスターハウスは?魔法の雨は?」
「なによそれ」
んん?おかしいな、会話が噛み合わないぞ。
「てことは、これ罠じゃなかったの?」
「なんで罠を張る必要があるんだい?」
答えたのはサミだ。
目を丸くして見上げてきた。
「いや、普通敵が本陣に突っ込んできたら素通りさせないだろ」
「敵、とは、私たちのことですか?」
「──え?」
「え?」
まるで自分たちが魔族と敵対していないかのような物言いをするヤミリーに、蒼流の思考が止まる。すると、ヤミリーも頭にはてなマークを浮かべていた。
すれ違う認識と交錯する二つの疑問符。
──あれ、もしかして俺、とんでもない勘違いしてる?
「──待て、一つ確認したい」
蒼流が話が進むのを片手を上げて制すると、ヤミリーが眼で了承を伝えてきたので、再び口を開く。
「──もしかして、魔王って仲間すか?」
「そうですけど······」
「············うそーん」
薄々感ずいていたことなので衝撃こそ薄いが、それとは別に途方もない脱力感が蒼流を襲った。自分は今まで何と戦っていたんだと。
次いで現れたのが羞恥心だ。
果たして俺は何をこんなに騒いでいたんだ······。敵が少な過ぎるって当たり前だよ、そもそも敵じゃないんだもの。
「──ん?じゃあなんで忍者兄弟と脳内デンジャラス男は襲ってきたんだよ!」
蒼流は門から先の入室を許可されていないためか、門の横で待機の姿勢をとっているピョン吉を見る。
そういえばこの人のことを心の中で散々に言ってしまった、本当にごめんなさい。
言いづらそうにしているピョン吉に、蒼流は心の中で頭を下げる。
「申し訳ございません。彼らは、問題児でして······」
「問題児過ぎだろ!!普通に殺しに来てたよね!?かなりデンジャラスな攻撃してきたよね!?」
ダメだ、頭がパンクしそう。魔王がボスじゃないなら誰がボスなんだ。
ぐるぐる回る思考が疑問を募らせる。しかし、あいにく蒼流の脳みそはそれに対する答えは一つとして持ち合わせてはいない。
──そもそも、そもそもだ。こんな勘違いをするハメになったのは誰のせいだ?
「シル、俺に最初に敵の話をしたの、確かお前だったよな?」
「──うん」
「じゃあ、お前のせ「でも」──え?」
「──でも······私、魔王が、敵、なんて······言って、ない······よ?」
······そうだっけ?これでホントだったら俺唯の恥ずかしい奴なんだけど。
顎に手を当て、蒼流は濃すぎる生活に埋もれてしまった記憶の奥底を呼び覚ます。
──えーっと、確かあれは、転生初日に──
ホワンホワンホワーン
『今······魔物が、凶暴化してるの。──だから、お願い、助けて、蒼流······』
『さあやろう。今すぐやろう。とっとと魔王倒してハッピーエンドだこの野郎!』
ホワンホワンホワーン
俺のせいじゃんっ!思いっきり勘違いしちゃってんじゃんっ!魔王敵とか一ミリも言ってないし、唯の仲間割れじゃんそれっ!!
父さん、母さん、僕は、勘違いクソ野郎だったようです。




