015 命
魔物の発生から四日後、俺のありふれた日常というものは帰ってきていた。──まあ、この世界に来てから一週間しか経っていないため、大してありふれても日の常にもなっていないのだが、朝起きたらシルが一緒の布団で寝ていたり、シルとヤミリーがしょっちゅう喧嘩したりと賑やかな日々だ。
変わったことといえば、ソウレスさんに剣術を習い始めたことぐらいだろう。──正直地獄である。何あの人馬鹿みてーにスパルタだよ。
そのおかげか、少し身体が引き締まった感じがするが、その感覚を全身の筋肉という筋肉から発せられる痛みが軽々と凌駕していく。
蒼流は絶えることのない筋肉痛を少しでも和らげる為に辺りを見回す。
蒼流は今、悲鳴をあげる身体を引きずって城下町に来ていた。
果物や野菜等を売っている屋台が多く立ち並び、人の波の中には、老若男女、ガタイのいい人から細身の人、よく見れば獣耳や尻尾を生やした者までいる。獣人という種族だ。──モフモフしたい。
蒼流が意味も無く呆然と歩いていると、服の袖が弱い力で引っ張られる。振り返ると、そこには小さな女の子が立っていた。
質素だが可愛らしい服に身を包み、丸く大きな目の輝きがその純粋さを語っている。
──この子は、あの時の?
そう、蒼流が三日前の東地区で助けた女の子である。
「あのね!えっとね、その・・・・・・おにいちゃん、たすけてくれてありがと!」
少し躊躇う様子を見せてから、意を決したように声量を上げる。微妙に呂律が回っていない少女の感謝。
少女の後ろから夫婦と思われる二人組が現れる。
その二人は、どちらも瞳に涙を貯めて頭を下げた。
「この子の親です。此の度は、娘を救っていただき、本当にありがとうございました」
「感謝してもし切れません」
不意に、胸の奥から熱い何かが込み上げてきた。
蒼流は堪えきれずに顔を歪めて、熱い熱い涙を流す。
身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。掌で目元を覆い、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。
少女が、何かを感じたのか、その小さな腕で蒼流をそっと抱きしめた。
──温もりを感じる。生きている証だ。この命を、俺が救ったんだ。この世界に来て一週間、あまりに色んな事があり過ぎて、とても長く感じられたが、俺は初めて命を救った。
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「──どうやら彼、覚悟が決まったみたいだよ」
木製の広い部屋で、ボサボサとした黒い長髪に、茶色いローブを着た男、大魔導士マーリンは口を開く。
「ああ、あいつには強くなって貰わなきゃ困る。2年後の、戦争に向けてな」
答えたのは、片目を黒髪で隠した青年だ。見た目こそ18歳程度に見えるが、彼は紛れも無く1万5千年以上も存在する最古の神ゼウスその人だ。
「そういやマーリン、あいつ、見つかったのか?」
「ああ、彼ね。全然だよ。まさかここまで見つからないとはねえ。まあ、彼のことだし世界のピンチとかには駆けつけるんだろうけど」
「あいつ超良い奴だからな。もしあいつを敵に回したら冗談抜きで一瞬で世界滅ぶ気しかしねえわ」
「流石の僕でも勝てないよ。あの裏切りの英雄ナーヤ・シンにはね」
一章終わりです。
二章から新キャラ増えてきます。