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014 そして少年は剣を取る









 ──キャメロット・東地区──




 王城を中心に綺麗に四等分された城下町の東地区。

 普段であれば、夜でも明かりが灯り、それなりの賑わいを見せていただろうそこは、蒼流が駆けつけた頃にはもう、一つの戦場と化していた。

 家、木、草、道路、至る所で炎が踊り、空を覆う黒煙が月の光を(はば)む。怒り狂う様な炎の音と、ぶつかり合う金属んの悲鳴が、より一層悲惨さを引き立てる。

 


 その時、一つの崩れた家の上に、緑色の小柄の化け物が這い出でて来た。


──あれは、


()()()()!?」


 初めて見る〝魔物〟。それは、ゲームなどでは感じえない殺気というものに満ち満ちていた。

 ぎょろり、と大きな目玉が蒼流を捉える。次いで、下品に口元を吊り上げ、(いびつ)な形の短剣片手に蒼流に飛びかかった。

 息が詰まるときの独特な掠れた音が自らの喉で感知する。咄嗟(とっさ)に避けようとするが、意志に反するが如く足には力が入らず、その場に尻餅をついてしまう。──死への恐怖、エクスカリバーの世界で見た肉塊となった死体が脳裏によぎる。


 身体が金縛りを受けた様に動かない。


 絶体絶命、恐怖に染まった瞳で振り下ろされる刃を眺める。

 ────が、その斬撃が蒼流に届くことはなかった。

 突如横から飛んできた神速の()()が、ゴブリンの頭を貫く。


 そこには、光があった。戦場と化したこの場所で、凛と咲く花。触れれば折れてしまいそうな極細の剣に血を(したた)らせ、身に纏う背中の裂けた白いスク水に似た服が、女性から見ても華奢だろう身体のラインをはっきりと写す。一見して防御力など皆無と思えるその姿は、紛れもない彼女の戦闘服である。


「──蒼流・・・・・・だい、じょーぶ?」


 シルヴィアのその言葉が、一層蒼流の心を(えぐ)った。


「私・・・・・・もう、行くね?・・・・・・あっちで、魔物、倒して、くる」


 シルが屋根から屋根へと跳んで行く。──その背中が、酷く遠いものに見えた。

蒼流は悟ってしまう。


「──ああ、何夢見てたんだろうな、俺・・・・・・。こんなに弱い癖に・・・・・・・・・・・・英雄になんて、成れっこない」


 何もかもが抜け落ちた目で、力無く笑う。己の惨めさに涙が落ちる。悔しさが沸騰した様に湧き出てくる。悲しさが無理矢理作った笑顔を歪める。


「──はは、はははは・・・・・・ちくしょう、ちくしょう・・・・・・」


 蒼流は体育座りで蹲る。外界を遮断して、何も感じないようにと──────このまま、消えてしまいたかった。





────ん、ぇーーん。




 彼方からの声が耳に触れた。


──何か聞こえる、これは・・・・・・女の子の泣き声?


 蒼流がゆっくりと顔を上げると、視界の先で小さな女の子が、ゴブリンに建物の壁まで追い詰められていた。


「──!?だ、誰か、誰かいないのか!?誰か、あの子を!!」


 周りには誰もいない。あちらこちらで鉄と鉄がぶつかり合う交戦の音は聞こえるが、皆自分の戦いに夢中なのだろう。蒼流の声は虚しく空気に溶けるだけ。

 ゴブリンが女の子ににじり寄る。


 ──誰か・・・・・・


「パパー、ママー!!たすけてえええええ」


 少女が叫ぶ。──瞬間、頭の中で何かが弾けた。


 ──じゃないだろッ!!!!・・・・・・情けない、本当に情けない!!誰かが助けを求めてる、此処で立ち上がらずに、いつ立ち上がるだよ!!此処で立ち向かわずに、いつ立ち向かうんだよ!!その剣は飾りか、清水蒼流!!前を見ろ!!剣を取れ!!──英雄に、成るんだろう!!??


 それは、蒼流に残された最後の意地で、最後の勇気だ。

 英雄に憧れる幼稚な願望が、彼の心に鞭を打つ。


 こんなとき、あの(王様)はどうするだろう。どうしただろう。


 立ち上がった蒼流の胸には、一人の英雄の姿があった。


 腰からエクスカリバーを抜き、走り出す。何度も(つまず)きながら、不格好に走る、走る、走る。自分は強いと(いつわ)って、怖くないと言い聞かせて、偽りの清水蒼流は──走る。有り得ないほどの速度が出た。景色を置き去りに風と成る。

 脳が止まることを拒んでいる。

 身体が熱く燃えている。

 心が強く叫んでいる。

 ──俺は、英雄に成れる!!!!

 それが(ただ)の夢物語だとしても、今はそれに(すが)っていたかった。


「うおああああああああああああああ!!!!!」


 エクスカリバーを大きく振り上げる。その斬撃は、恐るべき威力でゴブリンを両断し、衝撃波が地面に前方へと伸びる巨大な亀裂を刻む。

 返り血に身を染めながら、瞳に決意の色を滲ませ、蒼流は空を仰ぐ。


 もう、後戻りはできない。





 藍色の夜空には、鎮圧完了を伝える笛が鳴り響いていた。

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