011 豪華過ぎる料理は逆に楽しめない
──食堂──
「な、なんだこの料理は······」
目の前には、長い長方形のテーブルにずらりと並ぶ高級料理の数々。その光景はもはや芸術とまで言えよう。
こちらに気を使い人払いは終えてくれたようで、食堂には蒼流、シル、ヤミリーの三人だけだ。
シルが蒼流の隣、ヤミリーは蒼流の前の椅子に腰を下ろしている。
豪華な料理たちが毅然と並ぶ中、先ずは食べやすそうなスープから手を伸ばす。
温かい香りが辺りを包み込み、それだけで幸せになれる。
皿に口を付け、そのまま流し込もうとした瞬間、
「それはスライムの粘液で作った濃厚スープですね」
「ブフーーーーッ!!おっほ、ごほっごほっ」
蒼流が衝撃の事実にむせ返り、口に含んだスープを全て吹き出してしまう。
前にいたヤミリーはその被害を直に受け、水浸しになる。
「悪い!!ヤミリー」
「──あっ、幸せ······はうぁ」
「思いのほか大丈夫そうだ」
恍惚とした表情で脱力するヤミリー。
蒼流は身を乗り出しヤミリーの顔にタオルを近づける。
「いえ、顔は大丈夫ですから」
「え?いやでも、凄い濡れてるし」
「スライムの粘液は美容にいいんです」
「そういう問題じゃなくね!?」
「──そんなことより♡」
やけにツヤツヤしたヤミリーが、濡れて肌に張り付いた服の襟を引っ張り、その巨峰を少し見せる。
悪戯っぽい何処か小悪魔のような表情が、一層艶めかしい雰囲気を醸し出している。
「胸が濡れて気持ち悪いんです。どうか拭いてくださいまし」
「喜んで」
ヒャッハアアアアア!!俺今人生で一番幸せだあああああ!!!!
豊富な胸の誘惑に、童貞の蒼流は断れるはずもなく、断る理由もなく、タオルを胸の前に持っていく。
二つの呼吸が聞こえる。どちらも乱れている。心臓の鼓動が頭の中に響く。
ふわふわとして、まともなことを考えられないが、それでいい、ただ目の前に集中出来れば・・・・・・。
タオルが徐々に谷間へと進む。──そして、遂に念願の胸を触れようとした刹那、バシャリ、と後ろで水が落ちる音がした。
我に返った蒼流が音のした方を振り向くと、そこにはスープを頭から被ったシルの姿があった。
シルは自らの襟をグイと引っ張り、小さな胸の一部を露わにする。
「──んっ」
「あのー、シルさん?」
「──んっ!」
「あー、はいはい、わかったわかった」
蒼流が身体を自分の席に戻そうとすると、不意に左腕が何かに掴まれる。
「蒼流様?何処に行くおつもりで?」
「え、えっと、自席に戻ろうかと」
「私の胸を拭いてくれるんですよね?」
怖い怖い!笑顔だけど目が笑ってない!いや、胸を拭くのは吝かじゃないんだよ?寧ろ大歓迎!でもね、シルがね、怖いんだよね。一回絞め殺されそうになったからね。肋軋んだからね。
──突然腰に温かい感触が増える。言うまでもなくシルだ。
······微かに感じるぷにぷにとした柔らかい肌。その下のゴツゴツとした何かが当たっているということは言わぬが花だろう。
「だめ······蒼流は、私の、胸······拭くの!」
「──はて?私には貴方の胸が見えないのですが、いったいその断崖絶壁の何処を拭くと言うのでしょうか」
「所詮······胸しか、取り柄のない······胸要員には、わからない」
突如ヤミリーから表情が抜け落ちる。
「──貧乳が」
「──牛女」
「お前らホント仲悪いな!!」
■■■
──書庫──
巨大な円形の部屋に、これまた巨大な本棚。その中には目が回るような数の本が綺麗に並べられている。
その部屋の中央にはいくつかの机が置かれている。
そこに人影が二つ。一つは教師が持つような棒を携え佇む少女のもので、もう一つは机の椅子に座る少年だ。
「さて、これから魔法についてを説明しますね蒼流様」
「はい!ヤミリー先生」
「うふふ、先生、可愛い子は好きですよ」
「先生!目が怖いです!」
「──こほん、それでは魔法の説明を始めます」
ヤミリーが取り出した縁の黒い眼鏡をかける。
いつも眼鏡をしていないことから、恐らく雰囲気を出すための伊達であろう眼鏡は、ヤミリーの大人っぽさを爆発的に上昇させた。
「先ず、魔法というものは、この世界ができた時からあると言われている、魔力を糧とすることで超自然現象を引き起こす異能の力を指します」
野球場を一瞬で作ったり時間を巻き戻して致命傷を治したりなどの光景が脳裏を過ぎる。
そういやあいつ野球も知ってたよな。なんでだろ?
しかし、その疑問は追求する前にヤミリーが続きを喋り出すことで無理矢理断ち切られた。
それがこの世界の真相の一端を担うものだとも知らずに。
「魔力は人によって貯蔵量が違います。一般的な子供が持っている魔力量をレベル1として上がっていき、魔導師などはレベル4〜5、名が通っている魔導師はレベル6が多いですね。国お抱えの宮廷魔導師ともなるとその殆どがレベル7で、それ以上の魔力量を持つ、所謂〝英雄〟と呼ばれる類の方々が最高のレベル8となります」
〝英雄〟という言葉に蒼流の瞳が揺れる。
それは、羨望に駆られる子供のようであり、同時に何処か悲しさを孕んだ双眸であった。
その頭の中には、おとぎ話に登場するような格好良い英雄の姿と、屍が積み重なった山の頂きに一人佇む王様の姿があったが、一瞬蒼流の顔に浮かんだ表情に、ヤミリーは気付いた様子もなく続ける。
「魔力量が多いと魔法が沢山撃てるだけではなく、大規模魔法や超越魔法といった魔力をごっそり消費するような魔法も発動できますからね。魔力が多いに越したことはありません。────あっ、そういえば、先程レベル8が魔力量の最大と言いましたが、これ正確には違うんです」
「──違う?」
「大昔に、世界最強と謳われた大英雄がいるんですけど、その方がとんでもない魔力の持ち主で、他の英雄をあまりに凌駕していたためレベル9と断定されたという伝説があるんですよ」
「へえ、世界最強か、なんかかっこいいな!」
蒼流が目をキラキラと輝かせる。あら純粋。
男という生き物は、種族に関わらず強さを欲するものだ。
故に、世界最強の称号は、誰もの憧れだ。
「でもその方、最終的に人間を裏切り、邪神と融合して不老不死の力を手に入れ姿を消したと言われていますね」
「不老不死?」
「はい、確か名前は······〝シン〟。裏切りの英雄〝ナーヤ・シン〟」
不気味な静けさが書庫を満たしていた。
誤字脱字、アドバイス等ありましたら気軽にコメントお願いします。
ps.受験勉強のため、投稿が遅くなるかもしれません。大変迷惑をおかけします、申し訳ございません。