010 無表情っ子は結構な確率で添い寝してくる
──キャメロット王城・寝室──
窓から暖かな朝の陽光がさす部屋。真っ白なベッドで目が覚める。重い瞼を無理矢理持ち上げ大きな欠伸を一つ。二度寝という誘惑に葛藤するが、やがて眠気を振り払い上体を起こす為腹筋に力を込める。
──ふと、自らの胴体に圧力を感じた。どうやら何かが乗っているようだ。
······嫌な予感がする。本能が布団を捲れと叫ぶ。理性が止めろ告げる。二つの意思がせめぎ合い、遂に布団に手が伸びる。意を決して勢いよく捲ると······あらビックリ!蒼流の上でシルさんが寝息を立てているではありませんか!
ですよねー。うん、だってそんな気がしたもん。いやー、でもなんというか、役得だね!アハハハハハ!
「んっ······蒼流······おはよ」
シルが片目を擦りながら蒼流の顔を覗き込む。
オーケー、ここは余裕を持って勇者の風格というものを見せてやろう。
「──なにやってんのお前ぇぇぇええええ!!??」
······思考と行動が一致しない。悲しき童貞の性である。
シルは数秒間蒼流の顔を凝視した後、蒼流の胸に顔を埋め、スリスリと頬擦りしてくる。
「蒼流······おやすみ······」
「なにちゃっかり二度寝しようとしてんのお前」
「だい、じょーぶ」
「何が!?──というか添い寝するならせめて隣で寝ろよ。何で上に乗ってんの君!!」
「むー。蒼流······上に乗られてするの、好きじゃないの?」
「どこの変態だよ」
「あっ············そっか、蒼流、童貞、分からない?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「それとも······」
シルが赤面しながら少し俯いて、眼だけをこちらに向ける。
「乗るほうが··················好き?」
ダメだこいつ、早く何とかしないと。
シルが蒼流の服を掴んでよじ登る。可愛らしい動きの果てに、やっとの思いで蒼流の顔付近まで辿り着いき、先程とは反対に眼だけ逸らす。
近い近い近い、急にどうしたこいつ!?
シルの未だ幼さが残る顔を前にして、蒼流の心臓は今までに無いほどの速度で鼓動していた。──悲しき童貞の性である。
──不意に蒼流の服を握っていたシルの手に力が込められる。
「蒼流になら······乱暴にされても······いいよ?」
「なに新しい性癖芽生えちゃってんの」
「昨夜も、あんなに、激しかったし······寝相が······」
「わざわざ誤解を招く言い方にしないでいただけませんか?」
「それに、うなされてた。······きっと、溜まってる」
「十中八九お前が乗ってたせいだわ」
蒼流がシルの肩を掴み退けようとする。シルは蒼流の背に手を回し必死にしがみつく。傍から見れば子供が駄々(だだ)をこねている様な光景なのだろう。お互いに十六歳なのに違和感が全くと言っていいほどに無いのが不思議だが······。
お互い全力で突き放し、引きつけ、腕の筋肉が悲鳴をあげる。
「んぎぃぃ〜、いいからは〜な〜れ〜ろ〜〜〜〜!!」
「やっ!」
「やじゃない!」
「や〜〜〜っ!!」
シルが渾身の力を込める。果たしてその細い腕の何処からこれ程までの力が出るのか。蒼流の肘が限界とばかりに折れる。
「──ッ!?ちょ、まっ、お前、力、強い!」
蒼流の抵抗虚しく、シルは徐々に密着、その双腕が身体を圧迫していく。息が詰まり、肋が軋む。
「いででででで、ギブギブ」
「や〜〜〜っ!!」
「······何やってるんですか」
若い女性の透き通るような声。声の主を探して視線を巡らせると、扉の前にいつの間にやらヤミリーが立っていた。
「おはようございます、蒼流様」
「······おはようございます、王女様」
「そんな他人行儀な呼び方ではなく気軽に〝ヤミリー〟とお呼びください」
「はい、ヤミリー様」
「〝様〟禁止!」
「すみません、ヤミリーさん」
「敬語もダメです!」
「······じゃあヤミリー、なにか用か?」
呆れとも諦めとも取れるセリフに、ヤミリーは特に気にした様子もなくドレスを摘み、如何にもお嬢様なお辞儀をする。······虚ろな目で、
「はい、朝食の準備ができましたので貴方のヤミリーがおお迎えにあがりました。············ところで、シルさんは何時まで蒼流様に抱きついていらっしゃるので?」
──おお!ナイスヤミリー。そろそろ視界がボヤけてきたとこだったんだ。──眼が笑ってないけど······。
形だけの笑顔を作るヤミリーに対し、顔すらも向けずにシルが答える。
「······貴方には······関係ない」
感じ悪!!なにこの子無表情過ぎて逆に怖い!!
シルはその瞳に氷を覗かせ、再び胸に顔を潜らせる。
「······離れなさい」
シルが目を閉じ、見せつけるように蒼流の胸を頬擦る。
「············離れなさい」
頬擦る。
「··················離れろ」
笑顔を消し殺気を一欠片も包み隠さないままに垂れ流すヤミリーと、冷徹な表情で頬擦りを続けるシルが生み出す、閻魔さえ縮こまる絶対零度の空間に、蒼流は一人投げ捨てられる。
もうやだ、誰か助けて······っと、いかんいかん、現実逃避している場合ではない。何とかこの状況を打破しなければ。
「······シルヴィアさん、どうしたら離してくれる?」
粘りつくような殺意の中、蒼流は決死の覚悟で口を開く。
シルが頭を擡げ、銀色の双眸で、数秒間蒼流の目をじっと見つめる。
やがて、頭を突き出し、消えてしまいそうなか細い声音で零す。
「······頭······撫でてくれたら······」
「結局それなんかい······大好きだな」
蒼流が息を吐き出しながら頭を撫でる。頭蓋に沿って撫でながら、少し強めにくしゃくしゃと撫でてやったり、時には親指で髪を掬ってみたりする。こうしていると、猫を撫でているようで割と楽しい。
「······っん、はぁ、······蒼流のだから······いいの。ふにゃっ!······そこ、いい······!」
「······変な声出すなよ」
──さて、さっきから羨望と敵意が入り交じった眼差しを向けられているのだが、どうしよう。
先程から息を荒くしてとんでもない眼光で蒼流を射殺すヤミリー。シルの〝ふにゃぁぁぁぁぁ〟という間抜けな奇声が緊張感を台無しにしていなければ、蒼流は正気を保っていられる自信が無い。
──しかし!!ヤミリーの性格を考えれば解決することなぞ造作もない!!
「ヤミリー、ちょっとこっちに来い」
蒼流が胸の中でくたびれるシルを横に寝かしてベッドに座る。
手招きをされたヤミリーは疑問符を浮かべながら蒼流の前まで歩く。────すると突然蒼流がヤミリーを抱き寄せた。さらにそれだけには留まらず、シルにやったように頭を撫でる。
ヤミリーはボンッという効果音付きで顔を真っ赤にする。
「そそそ蒼流様!?こ、こういうことは嬉しいのですが、ととと突然過ぎます!!」
「じゃあ止めるか?」
「──その質問は······ずるいです······」
シルが猫ならヤミリーは犬だな。
胸に手を置き、顔を押し付けるヤミリーに、見えない尻尾を感じながら蒼流は一人微笑むのだった。
──なにやってんだ、俺······。
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