表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢にうつつに

吸涙鬼

作者: 朝森雉乃

 彼の涙はなぜだか白い。一度舐めさせてもらったことがあって、こんぺいとうのように純粋に甘い。嘘泣きの時は苦くなるんだと、泣きながら言う彼はとても愛らしかった。

 告白したのは私からだったけれど、ファーストキスは彼からだった。キスの味は大して記憶に残っていない。私は彼の涙の味を知っていたし、彼も私の血を舐めたことがある。私の血は赤いけれど、やはり甘いと彼は言った。

 自分の血を舐めたことはない。恋人になる前、一緒に行った映画のパンフレットで指先を切った時に、彼がもの欲しそうな目で見てくるまで、血なんてただの汚れの元だと思っていた。舐めてもいい、と聞かれたから、いいよ、と考えもせずに答えたら、そのまま指を口に運ばれた。空いている映画館で、周りが暗くて、ちらほらといるほかの人の視線がスクリーンに注がれている瞬間でなかったら、恥ずかしくてすぐに手を引っ込めていたかもしれない。彼が私の指を丹念に舐めている光景は、それくらいエロチックだった。

 ようやく彼の口から私の指が戻ってきた頃には、派手なアクションをしている俳優の、どっちが悪役なのか、よく分からなくなっていた。傷口からは血が滲まなくなっていた。指を曲げ伸ばししていると、彼が耳元で、甘かった、とささやいた。

「吸血鬼、ていうやつなの」

 映画が終わってから、私は聞いてみた。彼は小首をかしげながら、たぶん、ちがう、と言っていた。普段から血を舐めたいとは思わない。私の血だったから、舐めたかったらしい。

 その時に、彼の涙が甘いことを知った。今度、なにかで感動したり、悲しかったりしたら舐めさせてあげると言って、彼は笑った。私は自分の指先を見ながら、ちょっと嬉しいと答えた。その日のうちに、さっそくその機会が来るとは思わなかったけれど。

 夜になって、イルミネーションを見に行った。期待はしていなかったのに、思ったよりも美しいと言って、彼ははしゃいでいた。きれい、じゃなくて、美しい、なんて、すこしキザっぽいと思いながらも、彼の目を見て、本当に美しいと思って言ったんだと知った。

 涙が白いのは知らなかったから、少し驚いた。イルミネーションの光に照らされて、目がにごっているみたいに見えた。心配して声をかけると、彼はわざとまぶたを閉じて涙を頬に伝わせた。

「舐めてよ」

 彼の声は優しくて、私も頬から直接涙を舐めとるのが正しいように思えた。そうして舐めた涙が甘かった。涙を味わった瞬間に、彼のことを恋人にしたくなった。

「ぼくが吸血鬼なら、きみは吸涙鬼(きゅうるいき)だ」

 私が告白した時の、彼のセリフはそれだった。ひどいと思う。でも、私の血を舐めた時に、彼も私のことを好きになったんだと分かって、それは純粋に嬉しかった。

 私が吸涙鬼でないことを示すために、もう涙は絶対に舐めないと決めている。彼はときどき私の血を舐めたいと言う。やっぱり彼は吸血鬼だと私は思っているけれど、そのことも二度と口にしないようにしようと決めている。私は、彼が私の指を舐めている姿が、たまらなく好きだからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ