吸涙鬼
彼の涙はなぜだか白い。一度舐めさせてもらったことがあって、こんぺいとうのように純粋に甘い。嘘泣きの時は苦くなるんだと、泣きながら言う彼はとても愛らしかった。
告白したのは私からだったけれど、ファーストキスは彼からだった。キスの味は大して記憶に残っていない。私は彼の涙の味を知っていたし、彼も私の血を舐めたことがある。私の血は赤いけれど、やはり甘いと彼は言った。
自分の血を舐めたことはない。恋人になる前、一緒に行った映画のパンフレットで指先を切った時に、彼がもの欲しそうな目で見てくるまで、血なんてただの汚れの元だと思っていた。舐めてもいい、と聞かれたから、いいよ、と考えもせずに答えたら、そのまま指を口に運ばれた。空いている映画館で、周りが暗くて、ちらほらといるほかの人の視線がスクリーンに注がれている瞬間でなかったら、恥ずかしくてすぐに手を引っ込めていたかもしれない。彼が私の指を丹念に舐めている光景は、それくらいエロチックだった。
ようやく彼の口から私の指が戻ってきた頃には、派手なアクションをしている俳優の、どっちが悪役なのか、よく分からなくなっていた。傷口からは血が滲まなくなっていた。指を曲げ伸ばししていると、彼が耳元で、甘かった、とささやいた。
「吸血鬼、ていうやつなの」
映画が終わってから、私は聞いてみた。彼は小首をかしげながら、たぶん、ちがう、と言っていた。普段から血を舐めたいとは思わない。私の血だったから、舐めたかったらしい。
その時に、彼の涙が甘いことを知った。今度、なにかで感動したり、悲しかったりしたら舐めさせてあげると言って、彼は笑った。私は自分の指先を見ながら、ちょっと嬉しいと答えた。その日のうちに、さっそくその機会が来るとは思わなかったけれど。
夜になって、イルミネーションを見に行った。期待はしていなかったのに、思ったよりも美しいと言って、彼ははしゃいでいた。きれい、じゃなくて、美しい、なんて、すこしキザっぽいと思いながらも、彼の目を見て、本当に美しいと思って言ったんだと知った。
涙が白いのは知らなかったから、少し驚いた。イルミネーションの光に照らされて、目がにごっているみたいに見えた。心配して声をかけると、彼はわざとまぶたを閉じて涙を頬に伝わせた。
「舐めてよ」
彼の声は優しくて、私も頬から直接涙を舐めとるのが正しいように思えた。そうして舐めた涙が甘かった。涙を味わった瞬間に、彼のことを恋人にしたくなった。
「ぼくが吸血鬼なら、きみは吸涙鬼だ」
私が告白した時の、彼のセリフはそれだった。ひどいと思う。でも、私の血を舐めた時に、彼も私のことを好きになったんだと分かって、それは純粋に嬉しかった。
私が吸涙鬼でないことを示すために、もう涙は絶対に舐めないと決めている。彼はときどき私の血を舐めたいと言う。やっぱり彼は吸血鬼だと私は思っているけれど、そのことも二度と口にしないようにしようと決めている。私は、彼が私の指を舐めている姿が、たまらなく好きだからだ。