赤ずきんちゃんお家に帰る【あ、ちゃんと家まで誘導しますので】
連載予定の作品を、とりあえず序章だけ先出ししました。
暗い森の中、俺の腕の中でメイジーは眠っている。
疲れたんかな。そりゃそうだよな。
殆ど一日中歩いてたもんな。ようやく落ち着けるとこに来て、軽く休んでたらいつの間にか寝ちゃったようだ。
本当はそのまま寝かせてやりたいけど、起こさなきゃ。
「……ん。ヤマキ」
おっ、目を覚ましたか。
「メイジー。ご飯まだだろ?とりあえず昼に捕まえたウサギ食べよう」
不甲斐ないがメイジーがウサギを捌いてくれなければ、今晩のご飯にありつけない。
「ごめんね。つい眠っちゃったの。ヤマキの方が疲れてるのに」
そう言ってメイジーは赤い頭巾を外した。
目に美しい金髪の髪はサラサラと揺れて、思わず俺は撫でてしまう。
「良いって。ほら、寝床整える前に色々終わらしてしまおう」
「うん。すぐにお家を出すね」
木にもたれていた俺の横に、小さなバスケットが置いてある。
バスケットたって、あれだよ?球技じゃない方だよ?
ピクニックとかでサンドイッチとか入れる奴。
メイジーは俺から離れるとバスケットを手に持ち、目を閉じた。
『お家が欲しいの♫ 私とヤマキの小さなお家♫ 小さな小さなログハウス♫ ベッドと暖炉と井戸のある♫私とヤマキと子供のお家♫』
……毎回思うけどさ。小っ恥ずかしいんだよな。この詠唱。
メイジーがイメージする物は、メイジーの魔力が足りてればバスケットから出てくる。
その源泉は願望。メイジーが心から願うことだけ、バスケットは叶えてくれる。
激しい光がバスケットから放たれ、大きな光球となった。
それが川沿いの広い空間に勢いよく落ちる。
音もなく落ちた光は、やがて消えると小ぶりなログハウスに変わっていた。
良かった。このサイズの家が収まる空間を探し歩いていたんだ。
何せこの森は危険が多いから、招いてない客を近寄らせない『メイジーのお家』が無いと安心して眠れない。
希少特技『お星様願い事きいて?』。
メイジーの持つ特技。
この能力にリソース取られすぎて、メイジーの身体能力は壊滅的に悪い。
だから、一人で故郷に帰れない。
メイジーを狙うあの鬼畜変態狼が、どこで待ち構えてるかわからないのだ。
だから俺がそばにいる。
成り行きとは言え、約束したし。
メイジー可愛いし、胸小さいけどスタイルいいし。
いい娘だし。嫁だし。
もうこの旅も二ヶ月か。俺の家族は心配してくれてんのかな。いや、多分誰も気にして無いだろ。
つうか、俺があのアパートに帰って無い事も知らないんじゃね?
姉貴は同じ大学なのに顔合わせたら罵倒してくるし、妹は完全に俺の事を見下してるし、弟は完璧ナルシー天才だからそもそも俺の事なんてどうでもいいだろうし。
お袋と親父に至っては、存在すら忘れてる可能性がある。
「ヤマキ、早くお家に入ろ?今日ね、ウサギの鍋にしようと思うの。だんだん寒くなって来たし、ヤマキには風邪引いて欲しくないから。あ、お風呂先に入っててね?お料理すぐに作っちゃうから」
本当になんて可愛い娘なんだろうか。
俺は立ち上がると、暇つぶしに見てたタブレットPCにもう一度目をやる。
大魔導士のじっちゃんが付与してくれたタブレットの能力は、『詳細』と『記録』
俺とメイジーのレベルや体力、筋力などがわかりやすく纏められてて、その上今まで会ったモンスターや動物の生息地、村の情報なんかも記載されている。
メイジーのスリーサイズとかも載ってるけど、今更隠す事なんて俺とメイジーには無いから問題ない。
なんせ、嫁ですから。
知ってます?
あの小柄な金髪ロングの美少女、俺の奥さんなんです。
羨ましいってか。存分に嫉妬したまえ。
あの少しだけ小ささを気にしてる胸も、すべすべでほっそい腰も、小ぶりなのに張りがあるお尻も全部俺んだ!
俺んだ!
おっと興奮してしまった。許してくれ給え。
何、家庭を持つと男の本能でつい妻を守ろうとしてしまうのさ。
タブレットの画面は、夕方にレベルアップしたメイジーの画面だ。
【名前】
メイジー・ルージュ・田野坂 レベル22
【職業】
迷子
新妻
【特技】
『お星様願い事きいて?:8』
『料理:10』
『洗濯:11』
『掃除:11』
『夜技:2』
『魔法(初級):3』
『小剣:2』
『杖:6』
かなりのお嫁さん力の持ち主だ。
洗濯と掃除に至っては限界を突破されております。
さすがは俺の嫁にして星の神子様。
かー。たまんねえ!夜の技が低いところも可愛いだろ?最初は無かったんだぞあの特技!
「ヤマキ?早くお家入ろう?」
「ああ、悪い悪い」
俺はタブレットを鞄に入れると、他の装備を持って立ち上がる。
速さが売りだもんで、軽装だ。
防具なんてインナーに仕込ませた鉄板ぐらいしか無い。
あ、あとヘルメット。
「はい」
眩しい笑顔でメイジーは手を差し出す。
二人の約束。
家に入るときは手をつないで。
わかってるさ。俺がメイジーとの約束を忘れるわけが無い。
その手を掴むと、メイジーは手を絡ませてくる。
恋人繋ぎってヤツだよ。いや、もうその段階は済んでるから、夫婦繋ぎと呼ぼう。
二人でニヤニヤしながらログハウスに入る。
狭い家だ。
四人掛けのテーブルに椅子。それとダブルサイズのベッドとチェスト。
台所もこじんまりしてるし、風呂に至っては家の外の離れだ。
それでも、俺たち二人の愛の巣だ。
この二ヶ月、正確には結婚して一ヶ月半ずっと住んでいる。
「ヤマキ、荷物置いたらお風呂沸かして先に入ってね?」
「えー、一緒に入ろうぜー」
「……遅くなっちゃうもん」
そりゃそうだ。俺とメイジーが一緒に風呂に入ったら、体を洗うだけで済む筈がない。
顔を真っ赤にしたメイジーが、その真っ赤な頭巾と外套を外し、衣紋掛けに掛けた。
ロングスカートに赤いベスト。
腰のナイフホルダーとベルトだけ、メイジーには似合わない。
「お料理、してきます」
そう言ってメイジーは小走りで壁一枚隔てた台所に向かった。
照れおってからに、愛い奴よのぉ。
その姿にニヤニヤしながら、俺はヘルメットと鞄を椅子の上に置き、ベッド横の衝立に武器を置く。
赤い光を放つ俺の武器は、いつでも使えるように寝所の横に置いてあるのだ。
再びタブレットを取り出し、後回しにしてた俺のステータスをチェックする。
だいぶ強くなった。
大魔導士のじっちゃんのおかげで、向こうにいた時の俺からは考えられない強さになった。
本来のタブレットとしての役割はなくなったので、電気なんて使っていない。
俺の魔力で直ぐに起動する。
画面には『聖なる夫婦の軌跡』と書かれている。
大魔導士のじっちゃんの悪ふざけだ。
一応、これあんたの遺品なんですけど。
画面をタッチすると、俺とメイジーの名前が大きく出ている。揃った苗字を見ると、今でも口が歪んでしまう。
俺の名前にタッチする。
【名前】
田野坂 夜麻希 レベル24
【職業】
交通誘導員
旦那様
ベッドの横の誘導棒が淡く光った。