表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

さよならは、絶対言わない。

作者: 海山ヒロ

"Hello"を聴きながら。

 泣くのは嫌いだったのよ。貴方が知っていた通りにね。だからいつもわたしは、一人で泣いていた。

 誰にも見られないところで。誰にも気づかれないように、声を押し殺して。


 涙は女の武器じゃないのかって?

 それはある意味正しいけれど、泣き方によるわよ。人にもよるし。


 だいたい泣いてしまったら、苦労してつけたマスカラやアイラインがぐちゃぐちゃになるじゃない。

 笑いごとじゃないのよ? ウォータープルーフって言ったって、限度があるんだから。

 女優は化粧も崩さず鼻も赤くしないで泣けるらしいけれど、あれってどうやるのかしらね。

 やり方を教えてほしいわ。




 …あぁわたしったら、何を言っているのかしらね。こんな事を云いに来たわけじゃないのに。

 貴方の前ではいつもこう。ここに来るまでに言うべき事も、言いたい事も、何度も思い描いて来たのに。

 結局何も、意味のある事を話せなくなる。貴方のせいよ。




 ……だから、貴方なんて嫌いなのよ。「君は泣き顔も綺麗だ」なんてくさい事言っちゃって。いつも泣いているわたしを見つけ出して。いまもこうしてわたしを泣かせるんだから。

「僕の胸で泣けばいい」なんて。どんな顔で言ったのかしら。お言葉通り、貴方の胸に顔を埋めさせられていたから、あの時も見られなかったのよね。


 ふふっ。もしかしてあの台詞、映画か何かから取ったの?



 貴方って昔からそうよね。いつも……仕事の時は特に、眉間に皺寄せて、誰も寄せ付けません。甘い言葉なんて知りませんって顔しているくせに。

 ここぞって時に決めるのよね。練習でもしているのかしら。……いままで何人の女に言ったの?



 っ嫉妬なんて……いいえ。これは紛れもなく嫉妬ね。

 わたしは泣くのも嫌いだけれど、自分を偽るのも大嫌いなのよ。これも知っていたわね。貴方は。

 無駄だし、嫌な気分になるし。


 まぁいいわ。ここにはパンダみたいになったわたしの顔を見る人も、嫉妬で顔を歪めた顔を見る人もいないんだから。



 ねぇ。わたしは貴方に、ごめんなさいって言うべきなのかしら。

 たぶん、いいえきっと。わたしは貴方を傷つけた。貴方が伸ばしてくれた手を、何度も払いのけたもの。ただの意地で。

 貴方は多分それを分かってくれていたと思うのだけれど、……だからって傷つかないわけじゃんないわよね。

 誰にも傷つけられなさそうな大きな、強い身体を持っているからって、心までそうとは限らない。知っていたわ。わたしは。



 でも……あぁそうね。言い訳なんてしないでおくわ。

 ごめんなさい。貴方の心を壊してしまって。何度も、何度も傷つけて。


 時間は巻き戻せないし、その為だったなんだってするけれど。言った事は戻らないから。

 だから………ごめんなさい。






「奥様、お時間が」



 離れたところからそっとかけられた声に、わたしは振り返らずに答えた。



「いま行くわ。ありがとう」



 目の前にある、周りに比べればまだ新しい墓石にもう一度だけ、触れる。


 刻まれたひとつの名前。愛する貴方。他に何を刻めば良いか解らなかったから、名前と生没年しかない。

 くさいセリフをはくわりには、お世辞が嫌いな貴方には、それもいいかもしれない。


 後ろで辛抱強く待ってくれている運転手に気を使わせまいと、ハンドバックからハンカチを出したけれど。

 これだけ派手に泣けば、きっと化粧直しが必要ね。




「……だから貴方なんて嫌いなのよ。誰がこの涙をぬぐうのよ?」



 パンダみたいになった顔を愛しい男に見せられる女なんて、どこにもいないんだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ