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第八話 バカ参上

俺達五人の咆吼がまるで打ち合わせでもしたかのようにハモった瞬間、周囲のパソコンやらスクリーンやらの画面が一斉に切り替わった。

 そこに映っているのは、もちろん俺の同居人達。ナイスタイミングにも程がある。

 広がるざわめきと悲鳴。まさかここまでビビっていただけるなんてな。それもこれも、普段の行いの賜か。

「な、お前ら、まさかっ……!」

 研究者の一人が、ハッとした表情で姿を現した俺と画面を見る。

 今更気付いても遅いぜ。何を隠そう俺達がこの島きっての有名人、最近市の防災マニュアルに対処法が記載されるという不名誉な伝説を打ち立てた――

『通りすがりの、サラリーマンさ(満月)』

『ジャッジメントですの!(遊兎)』

『俺のハートに燃える火は、悪人共には地獄の炎! 燃やし尽くすぜ平和のために! 百鬼夜行をぶった斬る、地獄の番犬デ○マスター!(鉄馬)』

『罪なき人々を魔力で翻弄する悪党め。このタキ○ード仮面が許さん!(薙)』

「統一しろよ!」

 敵陣まっただ中にも関わらず、思いっきりツッコんでしまった。悲しいサガだ。

『ほら、こんなチャンス滅多に無いわよ! 捧も名乗りなさい!』

 えええええええ無茶振り過ぎんだろ! つーか薙お前いきなり元気になったな!

 突然の無茶振りにしどろもどろする俺。そして最終的に出てきたのが、


「えぁーっ、と、通りすがりのサイヤ人でーす……」


 という、ある種のもの悲しささえも感じさせる言葉だった。

『……………………………』

「……………………………」

 場の空気が一瞬にして凍り付き、時が止まる。ザ・ワールド。

 えぇ~……スベるだろうとは思ってたけど、、まさかここまでかぁ……

 心なしか、俺に向けられた研究者やSATっぽい奴らの視線が、敵対者に向けるそれから生暖かい憐憫を含んだものになった気がする。

『無ェな』『無い……』『それは無いよ』『つーか有り得ないわ……』

「う、うるさいうるさいうるさぁいっ! 大体薙がいきなり変なこと言うからこんなひどい状況になったんだろうが!」

『いやぁ、まさかここまで酷いとはね……なんかあたし、背筋に悪寒走ったわ』

「なんでお前が俺を突き放すんだよ! 一人でこんなに頑張ってんのに!」

 と、そんな風に緊張感の無いやりとりを繰り広げる俺に、さっきの没個性眼鏡(仮)が声をかけてきた。

「そろそろよろしいですか?」

 そう言うと、俺の後ろに隠れている少女に向かって右手を差し出す。

「おい、なんだよこの手?」

 俺は背中の少女をかばうようにして立ち、眼鏡男の無機質で柔和な笑顔を睨め付ける。 相手は顔面に張り付いた笑顔を一切崩さない。

「なんだも何も……見ての通り、『それ』を返していただこうと思いまして」

「なんかヤダ」

 そこで男はピクリと眉を動かす。

「……お願いしますよ、あなた、この状況が分かっているんですか? それに、こんな場所で私の『能力』を使いたくないんです」

 その言葉を聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。

 だって、『この状況が分かっているのか』だぞ? よりにもよって、そっちの口からそんな言葉を聞くなんてな。

「……何がおかしいんですか?」

 口調に苛立ちを滲ませて、それでも笑顔を顔に張り付けたまま男は言う。

 しゃーねーなぁ。俺もあんまり長居はしたくねーし、ちゃっちゃとネタばらししておさらばするか。

「状況が分かってねーのはお前らだよ」

 俺の挑発的な文句を聞いて、一同が頭上に『?』マークを浮かべた。それを確認して、俺は続ける。

「俺達が何の意味もなく長ったらしい名乗り口上あげたり、時間を止めるほどスベったり、敵の目の前で痴話喧嘩するとでも思ってたのか?」

『いや、さっきのは完全にそーいうのを意図したんじゃなくて、ガチでスベただけでしょあんた』

 薙、要らんこと言わんでよろしい!

 と、そこでちらほら異常に気付いたヤツが出だしたみたいだ。ま、今更になって気付いても遅いけどな!

「な、何だ!? サーバーが、ダウンしてる!?」

 一人の研究者が機械類を見回し、悲鳴を上げる。

 辺りには、さっきの地震を余裕で耐え抜いたパソコンのディスプレイやらスパコンのサーバーやらが吐き出した黒煙が充満していた。

「き、貴様、一体何を……!?」

 おいおい、あんたこんな時でも笑顔のまんまなのかよ……あーおっかしー。

『……悪役らしく空気を読んで黙ってくれていたあなた達に免じて、一つだけ教えてあげる』

 半ばパニックになっているその空間に、至って普段通りの満月の声が響いた。


『極悪電波は、既に攻撃を開始している』


「イィヤーーーーーーーッハァッ!」

 突如として数々のスパコンのサーバーの中から奇声が響く――と、その瞬間、サーバーの側面を突き破り、軍服を着たデフォルメされた動物が大量に涌き出てきた。

「久シブリノ荒事ダゼ! フゥーッテンション上ガッテキターーーーッ!」

「オ、捧サンガ幼女侍ラセテンゼ! コリャボスニ報告ダナ!」

「ヤメトケヨ、ボスガ不機嫌ニナッタラ、俺達ノ食費ガカットサレチマウゼ」

「コノ戦イガ終ワッタラ、故郷ニ帰ッテ親孝行スルノモ悪クハネーカナ」

「死亡フラグ立テテンジャネーヨボケ!」

 バラエティに富んだ動物のぬいぐるみ達が機械的な声で騒いでいるのは、なんともシュールな光景だった。

 相変わらず賑やかだな、満月の能力は。どうしてあんな寡黙なヤツからこんな能力が生まれたのか、未だに分からん。

 それを見た研究者達とSATっぽいヤツらが悲鳴を上げ、見てくれは可愛らしいぬいぐるみに恐れをなしたように後ずさる。

 全員、知っているのだろう。この能力の恐ろしさを。まぁ常日頃からパソコンの履歴を暴かれるリスクと隣り合わせで生活している俺の方が、こいつらの凶悪さは理解していると思うがね。

『……傾聴アテンション

 賑やかな情景にはいろんな意味でそぐわない満月の声がどこからともなく響くと、それまで騒いでいたぬいぐるみ達が突然押し黙り、俺と少女を中心にして円形に並び、まるで鉄の芯を体の中心に通されたように直立する。

『任務は単純、〈捧達の護衛及び脱出ルートの確保〉……構えテイクエイム

 ジャキッ、という音を立てて、ぬいぐるみ達が各々装備したミニマムサイズの重火器を構える。

 そこでようやく、数人のSATっぽい連中が、特殊警棒を抜いて捨て鉢になったようにこちらめがけて突撃してきた。

 おいおいおい、オッサン達も満月も、十八禁シーンを繰り広げる前に、ちょっとは気ぃきかせろよ。ここには小さな女の子が居るんだぞ?

 俺は満月の次の号令が飛ぶ寸前、とっさに少女の目を手のひらで覆った。

殺れファイア

 その直後、満月の命令とともに、火薬の爆ぜる音と野太い絶叫が響き渡る。

 そこからはもう、一方的な蹂躙劇だった。

 一気に散会したぬいぐるみ達は、人間や機材の隙間を縫って縦横無尽に駆け回り、手当たり次第に相手に発砲して戦力を奪っていく。

 実際、極悪電波の持つ重火器は使い手に合わせてかなり小型化されているから、本物の銃の火力には遠く及ばない。しかしそれでも脚の関節など、人体の構造上の弱点を突けば機動力を大幅に削ぐことが出来る。それに加え、相手は建ち並ぶ機材を気遣う余り、長物などの装備の使用を極端に制限されている。

 さらに極悪電波に有利に働いたのは、機材や人間が密集しているその場の地形だった。室内で小型犬を飼っている人なら経験あると思うが、椅子やテーブルなどの家具の隙間を縫って走り回る小さな相手を捕まえるのは至難の業なのだ。俺も正宗がまだ小さかった頃、部屋の中で追いかけっこして体中あちこちぶつけたのを覚えている。

 いやぁ、それにしても――

「何をしてる! 応援を呼べ!」「た、頼む、撃たないで……」「駄目です! 通信が遮断されて――」「があぁぁぁっ!目がぁぁぁぁぁ!」「なんで防火シャッター閉まってんだよ!」「データだけはなんとしても守れ!」「やめろ、来るな、来るなぁぁぁぁっ!」「クソッ、シャッターの操作が出来ない!」「誰かぁ! 医療班呼んでくれぇぇぇぇ!」

 地獄絵図、とはこういうのを言うんだろな。ホントに満月が味方で良かったわ。

「じゃ、行こうか。あぁ、目は瞑っててね」

 この様子だと、ここはもう満月に任せて大丈夫だな。

 そう判断した俺は、少女の顔から手を離し、左腕を少女のお腹に巻き付けるようにして脇で抱え上げた。

『幼女をさらう山賊の絵ヅラね……』

 薙の醒めたツッコミが異様に心に響いた。

「うるせーよ、こうでもしないといざって時に右手が使えねぇだろ」

 ま、使えたところでまともに戦えるとは思えないから、ほとんどは極悪電波に頼りっぱなしになるだろうけどな。

「満月はこのまま場の制圧と脱出ルートの確保、あと俺達の護衛に極悪電波を何体かつけてくれ。薙と鉄馬はその場で待機。間違っても勝手に突っ走って突入して来んじゃねーぞ。それから遊兎は帰りの写真の用意な」

 りょうかーい! と、四つの元気な返事が返ってきたのを確認し、俺は出口――もちろんこんな状況でエレベーターを使うほど俺はアホではないので、来たときに使ったエレベーターではなく、非常階段の方だ――に目を向ける。

「あ、あの……行くって、どこへですか?」

 俺の脇に抱えられた少女は、俺の方を見上げながらおずおずと訊ねるが、律儀に目は閉じられたままだった。いやお前それ、こっち向く意味ねーだろ。

 こみ上げてきた笑いをこらえ、俺は山賊スタイルで走り出しながら質問に答えた。

「この世で一番面白い連中の居る所だよ」

                    ▼


                    ▼

「ぜーっ、ひゅーっ、ぜーっ、ゴ、ゴォ~~~ル」

 一階エントランスに辿り着き、幼女を抱えて延々と階段を登り続けるという苦行から解放された俺は、抱えていた少女を地面におろして力尽きたようにその場に膝をついた。

「オ疲レサマデス。サッスガ捧サン、ガッツダケハイッチョマエデスネ」

「今日デ一生分ノ悪運、使イ切ッタンジャナイデスカ?」

「イヤ~デモ階段デ挟ミ撃チニサレタ時、捧サンガ咄嗟ノ機転デ乗リ切ッタノニハ正直戦慄スラ覚エマシタヨ。マサカ金鍔ニアンナ使イ道ガアッタトハ……」

 体が勝手に空気を欲して大きく息を吸い込むため、好き勝手に軽口を叩く極悪電波を諫める気力も湧いてこない。

 地下のあの空間から抜け出した後も追っ手の追跡は弱まることなく、そんな追っ手共を水飴でアレしたりういろうでナニしたりしながら必死で走り続け、俺達は今ようやく一階に辿り着いたところだ。と言ってもまぁ、ほとんどは極悪電波が追っ手を攪乱したり、防火シャッターやらセキュリティシステムやらを暴走させてくれたお陰なんだけど。

 走り出す前はなんかカッコイイ感じに締めることが出来たが、やっぱり俺だって普通の男子高校生。子供一人抱えてクソ長い階段を駆け上れば早々に体力は尽きる。おまけにもう、左腕がメッチャ痛い。上腕二頭筋が破裂しそう。

 まだ太陽は昇っていなかったが、エントランスには明るくなり始めた空の光が射し込み、大理石を照らして幻想的な光景が広がっている。あぁ、人間ってこういう自然光を見るだけで、こんなにも安心する生き物なんだな。

「……きれい」

 グロッキーな表情で息を整える俺の隣で、少女が小さく呟いた。俺に言わせれば、朝焼けの淡い光を白磁のような肌と金糸のような髪に浴びたこの子の方がよっぽど綺麗だったのだが、余計なことを言うとロリコンだと思われるのでそのことについては言及しないでおこう。

「……こういう景色は、初めて?」

 キザったらしいセリフの代わりに、俺は少女に尋ねる。すると少女はこっちを向き、頬を上気させて言った。

「はい……というか、生まれてはじめて見たけしきが、これです」

「………………………………」

 その言葉の真意は測れなかった。そもそも真意なんて無く、文字通り『生まれて初めて』なのかもしれない。

「あ、あの……ごめんなさい……」

 と、その時、床にへたり込んでいる俺に向かって突然謝罪の言葉が投げかけられた。

 隣を見ると、少女が俯いて、またもや溢れんばかりの涙を目にいっぱいに溜めていた。

 容姿こそ人間とは思えないほど可愛いけれど、俯いて縮こまるその姿は、まるで父親に自分のやったイタズラを告白した女の子のようで、なんだかとても人間くさい印象を覚えた。

「え、つーかなんで謝んの?」

「だって、わたしのせいで、あなたがこんなに……」

 じっと俯いてローブの裾を握りしめ、ぽつり、ぽつりと、少女の口から謝罪の言葉がこぼれ落ちる。

「かんけいないあなたに、かってにに助けてって言ったせいで、あなたは……わ、わっ」

 少女の言葉は中途半端なところで遮られた。理由は簡単。立ち上がった俺が思いっきり抱きしめたからだ。

 少女の身長は俺の鳩尾ぐらいまでしかなく、腕の中にすっぽりと体が収まってしまう。

 ったく、子供が何言ってんだか……こんな小さい頃から周りに気ぃ配ってばっかりだと、将来ハゲるぞ?

 ふわふわの金髪を優しく撫でながら、出来るだけ明るい声で俺は言葉を紡ぐ。

「気ーにすーんなって。つーか君に頼まれたからって言うより、俺が勝手にやらかしただけなんだから。それに……」

 そこで俺は少女の肩を掴み、少しだけ距離をとってその顔を真正面からのぞき込んだ。

 充血した蒼い瞳に向かって微笑みかけ、その子の頬を両手で摘む。うわ、子供のほっぺたってやーらけー。

「泣きながら『ごめんなさい』より、笑顔で『ありがとう』って言ってくれた方が、おにーさん嬉しいな」

 ……………………………………

 ……………………………………幼女相手に何を言ってるんだ俺は。

 え、なにこの感じ。言った後で猛烈に恥ずかしくなってきたんだけど。

『……うわぁ……言いおった、言いおったよこの男……』

『ちょ、ちょっと捧! なに本気で幼女を口説いてんのよ!?』

『そっかー、普段からあんなにボクがアプローチしても振り向いてくれなかったのって、ボクが幼女じゃなかったからなんだー……ボクもあと六年若けりゃなー』

 無線を通して投げかけられた辛辣な言葉が俺の羞恥心を加速させる。くそっ、あいつら好き勝手言いやがって……そもそも遊兎、年齢云々以前にお前に手ぇ出すのって、ある意味幼女に手ぇ出すよりもヤバイだろ。

 しかし俺の後悔とは裏腹に、さっきのセリフはこの子の緊張をほぐすのに効果覿面だったようだ。

 摘まれた頬をほんのりと朱に染め、少女はなんだかぽーっとした目で俺を見上げてくる。

 そして不意に、花が咲いたような微笑みを浮かべて、言った。

「あ、あふぃがとうございまふっ」

「がっふぉあっ!?」

 少女の頬から手を離し、まるで物理的に殴られたかのように床を転がる俺。

 ヤバイヤバイヤバイ、これはマジで反則だ。完全な不意打ちだったのに加え、あの微笑みはもうとにかくヤバイ。『あ、もう俺ロリコンでもいっか』なんて、人として完全にアウトな発想が一瞬頭をよぎっちまった!

「あ、あのっ、どうしたんですか!? だいじょうぶですか!?」

 少女は二メートル弱床を転がった俺を追いかけ、地面にしゃがみ込んで俺の顔をのぞき込んできた。

 うおおおおおおおおお止めろぉぉぉぉぉぉぉそんな本気で心配した視線を向けるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 扉が開く! 開いちゃいけない新世界の扉が開いちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! なにこの感覚! まるでハートを亀甲縛りにして締め上げられてるような気分! これが萌えというものかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

『捧サン! 緊急事態デス! 正気ニ戻ッテ下サイ!』

 と、そこで突如、陸地に打ち上げられた鮮魚のごとくビチビチと床を跳ねる俺の耳に、無線から慌てた声(と言ってもカタコトの電子音であることに変わりは無いのだが)が突き刺さった。どうやら無線は極悪電波全体にも送られていたらしく、低い視点から俺を見下していた極悪電波達も無線に集中して姿勢を正す。

 あぁ、もうだいたい先の展開が読めるわ。こうやって、極悪電波が慌てて通信してきたときは大概……

『……何が起こったの?』

 満月も嫌な予感を感じ取ったのか、やや怪訝に訊ねる。

『ハイ、セキュリティシステムヲ逆手ニトッテ相手ヲ閉ジ込メタ所マデハ良カッタノデスガ、予備ノシステムノ復旧ガ予想以上ニ早ク……』

『ご託はいい。二十文字以内でまとめろ』

 満月にどやされるのを恐れてか、あえて結論までの道のりを迂回していた極悪電波に容赦のない一言が突きつけられる。

 それに観念したのか、極悪電波が半ばヤケになったように答えた。

『セキュリティガ破ラレタノデ、サッキノ連中ガ上ガッテ来マス! ア、ヤッベ二十文字オーバーシチャッタ!』

 その言葉が終わると同時に、

「居たぞ!」「『あれ』も一緒だ!」「何としても捕らえろ!」

 背後の階段の方からから聞こえた多数の声。距離的に、かなり近い!

 俺は寝そべった状態から、体中のバネを総動員して立ち上がり、側にいる少女の手を握る。もう脚は限界だけど、そんなことに構ってられるか!

「捧サン! ココハ俺達ニ任セテ下サイ!」

 俺の護衛を務めたチーム・ハウンドドッグのリーダー格である、ウルフ曹長がそう申し出た。

 でも、相手の戦力が分からない状況でこの場を任せるってことは、もうほとんどこいつらを見捨てることになるんじゃ……

 そんな俺の一瞬の葛藤を見抜いたのか、満月と極悪電波達が次々と俺に発破をかけてきた。

『捧、走って。元々その子達は、捧達を護るために側にいるんだから』

「ソーデスヨ捧サン、ソレニ俺達ハ所詮データノ塊。バックアップサエ有リャ何度ダッテ復活デキマス」

「ココデアンタ達ガ捕マッタラ、何ノタメニココマデ来ノカ分カリマセン」

「生キテ帰ッタラ、トビッキリ上等ナ食事、頼ンマスヨ」

 小さな戦士達は思い思いの別れの言葉を伝えながら敬礼し、自身の何倍もの大きさの大人達に向かって特攻を仕掛けていった。

「お前ら……」

 目頭に熱いものがこみ上げてくる。

 それが目から溢れる前に、俺は少女の手を引いて走り出す。悪いな、こんな役割ばっか押しつけちまって。後で大好物のSONYのメモリースティック奢ってやるからな!

「きゃ、あっ……!」

 突然腕を引っ張られて、少女が驚きと苦痛の声を漏らす。だが振り向く訳にはいかない。

 小さな銃声と電子音の雄叫びを背に、俺は外の光に向かって振り向かずに走る、走る、走る――!

 光の射し込む方向では、逆光になってよくは見えないが、薙と遊兎が大きく手を振り、満月がせわしなく極悪電波に指示を飛ばしている。

 しかし無情にも、鋼鉄のシャッターが、出口やガラス張りの壁を封鎖するように下りてきた。

 クソッ、出口まで距離が有りすぎる! 間に合うか!?

 俺の焦りをあざ笑うかのように、シャッターは外の光をゆっくりと遮っていく。

 そしてとうとう、その底辺と地面とが接し、あと半歩、というところで俺達は外界と完全に隔離されてしまった。

「クソッタレェ!」

 無駄だと分かっていつつも、燻る苛立ちを隠せず、シャッターに拳を叩きつける。

 痛かった。痛いだけだった。

 前方は鋼鉄の壁、後方からは、極悪電波の包囲網を突破した五、六人の敵が迫ってくる。そして隣には、半泣きで俺のシャツの裾を掴む少女。

 ぜってーあんな連中に渡したくない。

 ――あぁもう! こうなったらヤケクソだ!

 俺は左手で少女を抱え上げ、百八十度ターンして敵の方に向き直る。

 突然地面から足が離れ、戸惑う少女の喉元に空いた右手をあてがい、俺は差し迫る黒服の連中に向かって叫んだ。

「動くなぁ! それ以上近づいたら、こいつの口の中に芋ようかんブチ込むぞ!」

 ………………………………一体何を言ってるんだ、俺は。

 俺のただならぬテンションと、『やると言ったらやる』という気迫に圧されたのか、敵は反射的に足を止めたが、その顔面が『いや、だから何?』と無言で物語っていた。

 ……もう嫌、何この恥ずかしい間。

『捧! そこから離れて!』

 何とかこのシュールな状況を打開しようと思索を巡らしていると、いきなり満月の叫びが俺の耳を劈いた。

 お前らさっきから思ってたんだけど、俺は耳に直でインカム入れてるんだから、ちょっとはボリューム考えて喋ってくれよ!

「離れろってどういうことだよ!? まさかこのシャッター、満月にも開けられないのか!?」

『違う! そのシャッターは連中だけを閉じ込めるために、私が極悪電波に閉めさせたの!』

 おいおいおい、話が見えてこねーぞ。連中だけを閉じ込めるって、バッチリ俺達も閉じ込められてるじゃねーか!

 それに今は完全に膠着状態|(?)なんだぞ!? ここから離れろって、もうどこにも行けねーよ!

「離れるのが無理ならせめて伏せて! 鉄馬が『シャッターの重さを吸い取った』!」

 だから伏せろって言われても……って、おい、今かなり不吉なワードが聞こえてきたんだけど……

 こういう対処法の分からない恐怖をつきつけられた時、人間ってのは思考を停止してしまうらしい。

 そして数瞬の思考停止の後、全身の血の気が引くのが分かった。

 何でそんな大切なことを先に言わねーんだ! あいつの能力のヤバさは満月だって十分知ってるはずだろうが!

『スゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……』

 ウワァーーー! 無線機から鉄馬の物騒な声が聞こえてきた!

『パァァァァァァァァァ……』

 なんにせよ、ここで棒立ちになってるのはヤバイ!

「あぁもう! ゴメンよ!」

 説明する時間も惜しいと判断した俺は、自分の体が下になるように横っ飛びに倒れ込む。それから俺が上になるように体の位置を入れ替え、覆い被さるように少女の体を抱きしめた。

 そこでようやく、自分たちが静止していることの無意味さに気付いた黒服達がこちらに向かってきた。

「え、ぁ、え……!?」

 お互いの顔の距離が五センチも離れていない状況で見つめ合う形になり、少女の顔が朱に染まる。もうホントゴメン、俺も死にたくないからちょっとだけ我慢して!

 そして敵集団と俺達との距離が、大股であと一歩というところまで近づいた、その時だった。

「ヒィィィィィルルルルrrrrrrrrrrrr(巻き舌)ォオオオオオァァァァァッッッ!!!」

 咆吼、そして破砕音。

 少女が大きく目を見開く。

 その蒼い瞳には、巨大な鉄板が無惨にひしゃげて宙を舞う様が映っていた。

 俺のすぐ隣、再び光が射し込み始めた方を見ると、右ストレートを放った直後の花山薫のような姿勢で朝日を背負う鉄馬の姿が目に入った。

 うおぉ……あのシャッターをパンチ一発で吹き飛ばしたのかよ……相変わらずえげつねぇな、こいつの馬鹿力と能力は……

「捧! 大丈夫、か……」

 鉄馬が心配そうに声をかけてきたが、何故か語尾に向かうに連れてフェードアウトしていく。 薙、遊兎、満月の三人も俺の側に駆け寄ってきたが、一言も声を発しない。

 ……え、つーか何お前ら、その牛乳零した床を拭いた雑巾を見るような視線……

 そこで俺はようやく気付いた。今の俺の体制が、いかに人として脱線しているかということに。

 幼女に覆い被さって、抱きしめて、顔は少し唇を突き出せばキス出来るような距離。

 どう見てもアウトです、本当にありがとうございました。

「「「「…………………………………………………」」」」

 八つの目玉から放たれる冷たい視線が、容赦なく俺を射抜く。視線に質量があったら、間違いなく今の俺は穴だらけになっていることだろう。

「………………何だよ、その目、言いたいことが有るならはっきり言えよ」

「「「「…………………………………………………」」」」

「ほら、どうせ『うわぁ、こりゃあひでぇや』とか『真性ペド乙』とか思ってるんだろ? 正直に口に出していいんだぞ?」

「「「「…………………………………………………」」」」

「いいからほらぁ! 何か言えよ! いつものように罵倒しろよ! 笑えよ! この滑稽なロリコンを! 澄ましてんじゃねーよ!」

「「「「…………………………………………………」」」」

 半泣きで叫ぶ俺に、鉄馬が静かに手を差し伸べた。クソッ、こんな時だけ優しくしてんじゃねぇよ……涙が溢れちまうだろうが……!

 しかし俺の方にのばされた鉄馬の手が、俺の手を握る前にピタリと止まる。

「しつけェ~なァ~……そのまま寝てりゃ楽だったのによォ~……」

 どうやら鉄馬は、俺の背後の敵連中に目を向けているようだった。

 俺もそちらを見ると、まとめてシャッターの下敷きになっていた男達が、今まさに自分たちの上に乗っているシャッターをどかそうとしているところだった。

 そうか、鉄馬の能力で軽くなってたから、下敷きになっても大したダメージは無かったのか。

 しかしまぁ……本当に、さっき鉄馬が言ってたとおり、気絶しといた方がまだダメージは少なかったんだろうな……

解除リセットォ!」

 鉄馬が右拳を突きだして叫んだ瞬間、男達の手によって持ち上げられようとしていたシャッターが、まるで突然重量が増したように地面に向かって急降下した。

 数人の大の大人が、悲鳴を上げながら地面と鉄板にサンドイッチにされるのは見ていてあまり気分のいいもんじゃなかった。

 改めて、本当にこいつが味方でよかったと痛感する俺。

「で? いつまで幼女抱きしめて寝てるの? 言われた通り、写真用意してきたよ」

 遊兎が数枚の写真を扇のように広げてぴらぴらと振った。

 そんなせっつくなって。急がなきゃならないってことは俺も分かってるさ。

 立ち上がり、少女の手を引いて外に出る。一カ所だけぽっかりとシャッターが抜け落ちた所をくぐった瞬間、やっと帰ってきた、という実感が押し寄せてきた。

 しかし本当に疲れた……実質二時間弱しか中に居なかったのに、三日分くらいの体力を使い果たした気分だ……

「オイオイ捧、まだ終わっちゃいねェだろ? こーいうのは、終わったー! って気ィ抜いた瞬間が一番危ないって言ったの、お前だろォ?」

 膝から力を抜きかけた俺に、ロードローラーを担いだ鉄馬が『やれやれだぜ』という風に語りかけた。

 お前、それどっから持ってきたんだよ……後で怒られても知らねーぞ……

「んじゃ、コレで栓をして終ゥー了ォー、っと」

 鉄馬は事も無げに担いだロードローラーを片手で持ち上げ、まるで空の段ボール箱でも放り投げるように俺と少女が出てきた場所へと放り投げた。

 黄色い重器が、ふわっと放物線を描いて宙を舞う。

「ほい、解除リセット

 すっぽりとシャッターの隙間を埋めるようにロードローラーが着地したのを確認し、鉄馬が能力を解除する。満月がセキュリティー弄ったみたいだし、ここまでやれば当分追っ手は来ないだろう。

「じゃ、応援が来るまでにちゃっちゃと行こうか。ほら、みんなボクにくっついて」

 言われたとおり、立ち上がった俺と少女も含め、六人全員が遊兎を中心としておしくらまんじゅうのように集合する。

「ハァ、ハァ、ハァ……そ、そうだよ、みんなもっとボクに密着して……そうそう、あ、ちょっと、捧ったらどこ掴んでるんだよ!? いくらどこに触れててもボクの能力は発動するからって、よりにもよってそんなところ……」

「おいちょっと待て! 普通に腕掴んでるだけなのに誤解を招くようなリアクションすんな!」

「あぁ、いつもはボクをぞんざいに扱うみんなに加え、とびっきりの美幼女までもがボクに体をすりよせてくるなんて……ボクもう、このシチュエーションだけでイけそう……」

「早よせんかい」

 遊兎の背中から抱きついていた薙が思いっきり裸締めをかました。いいぞ、もっとやれ。

「家に着くまで解かないわよ」

「ぐぅおあああああぐるじぃっ、でも背中に薙の慎ましやかなれど柔らかな双丘が押しつけられて、これはこれで(薙がさらに力を込める)……って分かった分かった分かった! 真面目にやるから! これ以上締められたら失禁しちゃう! でもそれもある種興奮するかも!」

 おああああああ薙っ! 離してあげて! ここで漏らされたら俺達にもダイレクトに被害が及ぶ!

「遊兎ぉ? そんなことしたら、あんたの体の中心にぶら下がってるモノ毟り取って、そのどっちつかずの性別を完全に女の子寄りにしてあげるからね?」

 薙が遊兎の耳に息を吹きかけながら、一部のマニアックな男性なら垂涎ものの蠱惑的な声で囁いた。

 俺と鉄馬が本能的に前屈みになり、

「は、はぃぃ、かしこまりました、ごしゅじんさまぁ……」

 そして|一部のマニアックな男性ゆうとが、震える両手の指先で一枚の写真の一辺を摘んだ。

 もうお前喋んな……お前は能力だけなら本当に凄いヤツなんだから……

「じゃ、しっかり掴まっててね……落下女!」

 遊兎が摘んだ写真を縦に引き裂く。

 遊兎の能力が発動する寸前、今日のことをきょーこさんにどうやって説明しようかかなり不安になったが――

 俺はちらりと斜め下を見る。そこでは件の金髪幼女が、全身の体重を預けるように遊兎に寄り添っていた。その小さな顔には、これから何が起こるのかという事に対する不安がありありと現れている。

 ――ま、こんなに可愛いんだから、多分きょーこさんも気に入ってくれるだろ。

 考えることを放棄した俺は、遊兎の能力で移動する時特有の、心地よい浮遊間に身を委ねることにした。

                      ▼


                      ▼

「………………………………」

 眼鏡に白衣、誰からも悪い印象を抱かれないであろう、柔和で特徴のない男が、惨憺たる周囲の状況を眺めていた。

 生き残った機材を懸命に探す研究者達や、傷ついた人間を運び出す医療班が不規則に交錯する中、その男だけは世界から切り離されたように孤立している。

「室長、かなり機嫌悪そうだぞ」「当たり前だろ、こんなことがあったら……」「くそっ、肝心なときに『黒蟻』は役に立たねぇな……」「おい、あんまり室長に近寄るな、いつキレて能力使うかわからないぞ」「ああ、室長の能力で死ぬのだけはゴメンだぜ……」

 研究者達の言葉が聞こえたのか、『室長』と呼ばれた男は、顔面に柔和な微笑みを張り付けたまま、顎が軋むほどに奥歯を噛みしめた。

 目的を達成するために、あらゆる事態を想定し、対策を講じてきた。優秀な頭脳、選りすぐりの戦闘員、最上の設備、金にも手間にも糸目を付けず、常に最善手を打ってきた。

 だがこのザマは何だ。

 エキスパートを掻き集めて構成された研究者達はいともたやすく思考回路がショートし、ありとあらゆる想定外を想定した訓練を積んだはずの選りすぐりの戦闘員は地の利と深夜の奇襲に為すすべもなく敗れ、巨額の投資によって導入された機材はものの数分で鉄クズと化した。

 その上、長い長い年月と気の遠くなるような労力をかけて育て上げてきたものを、こうもあっさりと奪われた。

 しかも、『地元ではちょっと有名』程度の十把一絡げの少年達によって。

 あの少年達のことを知らなかった訳ではない。むしろ彼らの情報は徹底的に把握していた。

 しかし情報を徹底的に把握していたからこそ、彼らを見誤っていた。

 ヤクザの事務所、暴走族、銀行強盗。せいぜいその程度の連中相手に粋がっているだけの子供だと油断した。その自分が油断したという事実が、何よりも許せない。

「……ちょっと、そこの君」

 長い沈黙を破り、室長が最も近く――と言っても五メートルは距離があったのだが――の研究者に声をかけた。

 話しかけられた研究者は室長の二メートル程前に移動する。

 相手の神経を逆撫でしないように、その研究者は本能的に顔から表情を消すが、作られた無表情からは隠しきれない恐怖が漏れだしていた。

処刑人形ギロチンドールに、この件を伝えなさい」

 柔らかく微笑む口元から放たれたその言葉が戸惑いの波紋を起こし、その場にいた人間達に恐怖とざわめきがにわかに広がった。

「え、その、しかし彼らの使用許可は……」

 大勢の戸惑いを代弁するように、声をかけられた研究者が極力ソフトに反論した。

 しかし室長は、釣り上がった口角を少しだけ下げ、既に決定した事項を述べるように言葉を返す。

「彼らの使用許可なら、私が社長に直接掛け合います」

「いえ、しかし彼らを市街地に放つのはいくらなんでも……」

「私が陣頭指揮を執ります」

「でもですね……」

 なおも研究者は食い下がる。

 室長は大きくため息をつき――そして今度は、『口で大きく息を吸った』。

 周囲から悲鳴が上がり、室長と一人の研究者を取り囲む人間の円が一気に大きく広がる。

「っ、了解いたしましたぁっ!」

 室長の『凶行』を食い止めようとしていた研究者はと言うと、まるで突然銃口を突きつけられたかのように顔面を蒼白にし、室長に背を向けて震える足で懸命に走り去っていった。

「そうそう、初めからそうしていればいいんです」

 走り去る背中に穏やかな笑顔を向け、室長は満足げに頷く。

「ほらほら、じっとしてないで。まだまだやることは山積みですよ」

 パンパン、と軽く手を打ち鳴らし、完全に静止してしまった周りの者達に向けて言い放つと、自分に矛先が向くのはたまらないと言わんばかりに皆目をそらし、作業を再開する。

「……これも、あなたの『予知』で分かっていたことなんですか? 社長……」

 室長の小さな呟きは、誰の耳にも留まることなくざわめきの中に消えていった。

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