第四話 神塚という街
改めてもう一度、この街や人々について説明しておこう。
ここは本州からはほんの少し離れた場所にある人口約百万人の海上都市、女祇奴島神塚市。
レジャー施設や企業ビル、そして交通の要所となる地下鉄ターミナルなどが建ち並び、本州と島とを結ぶ巨大な連絡橋が存在する神塚市の玄関口にして脊椎、北地区。
東から南にかけて広がる住宅地区。
そしてほぼ廃墟と化した工場なんかが晒されている西地区――通称、スラム。
地理的にはこんな感じだろうか。
そしてまぁ、こんなこと急に言うのもなんだが――
この街の住人の一部は、超能力者だ。
え、なんで超能力者が居るのかって? そんなこと俺に訊くなよ。しょーがねーじゃん、居るもんは居るんだから。
なんかそういう超能力が出てくるおとぎ話もこの街にはあるっちゃあるんだが……所詮はおとぎ話。真に受けるヤツなんてこの科学の時代、二十一世紀に居るわけない。ま、存在自体が非科学的な俺が言うのも何だが。
俺が分かってるのは、『能力はこの島で生まれた人間にしか発現しない』、『能力者が生まれやすい家系とそうでないがある』、ってことぐらいか。
人口の三割近くがスタンド使いにも関わらず、島の外にはその存在が一切知られていないってのは不思議、ってか不自然だが――まぁ、俺自身も興味本位で人がウジャウジャ群がってくるのを想像するとあまり良い気はしないので、深くは考えないようにしておこう。
ちなみにさっきも言ったが、俺の能力は『右手から和菓子を出す能力』
前にウチの学校の新聞部が行ったアンケートでは、
『弱そうな能力部門第一位』
『使えなさそうな能力部門第一位』
『彼氏が持ってたらイヤな能力部門第一位』
と、ありとあらゆる負の部門をブッちぎりで総なめした、神様の悪ふざけとしか思えない能力だ。
それにしてもおかしくねぇ? 仮にも学園異能モノ小説の主人公がさぁ、『右手から和菓子が出る』って、どう考えてもあり得ねーだろ!
フツーさぁ、こういう物語の主人公で『手に能力が宿ってる』って言われたら。それこそ幻想をぶち殺す右手とか煉獄の炎とか、そーいうスタイリッシュでチート性能な能力であるべきだろ!? 何だよ和菓子って!? 仮にバトル展開とかになったとして、敵の目の前で紅白すあまを出したところでどうなるってんだよ!? せいぜい相手がリアクションに困る程度だろうが!俺は神様からこんな理不尽な嫌がらせを受ける覚えはねぇよ!
……取り乱しちゃってすんません。ま、なんにせよ持って生まれちまったもんはしゃーないのもまた事実。人は配られた手札で勝負するしかないのさ……っと、若干良いセリフも言えたところで、本編レッツゴー。
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「うぅ……厄日だ……」
案の定盛大に遅刻して先生からお仕置きを受けた俺は、朝のホームルームと一限の間の休み時間、午後からの終業式を控えて舞い上がるクラスメイト達の喧噪を後目に自分の机に突っ伏し、ただただ体力を回復させることに専念していた。
「やー悪ィ悪ィ。もうさっきはとにかく時間ヤバくってよォ~。捧のことまで気にかけてる暇なんか無かったんだわ」
顔を上げると、正面には両手を合わせて『てへぺろっ♪』って感じで謝る鉄馬。
俺は大きくため息をつき、窓から遠く彼方へ視線をやった。
閑静ながらも人の温もりが感じられる景色が広がっている。
「もういいよ……自分正真正銘の雑魚なんで。こーいうの慣れてますんで」
右手を見つめ、ふっと溜息。今日も俺の右手は変わりなくショボかった。
「ほらそう卑屈になるなって! 俺は好きだぜ捧の能力。おいしいしな!」
「お前今『おいしい』ってどういう意味で言った? バラエティか? バラエティ的な意味でか?」
「両方」
一瞬の躊躇もなく発せられたその言葉にもう一度ため息。
思い返せば、コイツだけに限らず、天国荘の連中には今まで散々トラブルにつきあわされてきたもんだ。
商店街を潰そうとした地上げ屋に喧嘩売って、そのままヤクザの事務所をひとつ壊滅させたこともあったし、大学への推薦を条件に女子生徒に肉体関係を強要しようとした教師を血祭りに上げたこともあった。あ、そう言えば『九番街で銀行強盗が立てこもってるらしいわよ! 午後の授業サボってブッ殺しに行きましょ!』というもはや日本語として成立していないような薙の思いつきで銀行強盗にカチコミをかけて警察から大目玉食らったこともあったっけ。お陰でたいがい俺達も有名になっちまった。
しかし重要なのは、俺以外の四人は凄まじく強いが、俺はこの街で間違いなく最弱だってことだ。
能力にも色々ある。喧嘩に向いてるのもあれば、料理に向いてるもの、交渉に向いてるもの、芸術に向いてるものと様々だ。
断言できる。俺の能力は、どう考えても喧嘩には向いていない。今まで俺が数々の死線をくぐり抜けてきたのも、俺が強かったからではなく逃げに徹していたからだ。
それに反して、はっきり言ってウチの四人はメッチャ強い。全員この街で最強クラス――鉄馬に至っては、間違いなく最強だ。
強さの序列的には鉄馬>>>越えられない壁>>>薙>深すぎる溝>満月≧遊兎>>>埋めようの無い差>>>俺ぐらいか。そんなヤツらが持ってくるトラブルに巻き込まれるこっちとしてはたまったもんじゃない。
しかし人間ってのは学習するもんで、お陰で危機察知能力だけは異常に発達しちまった。絶対普通の高校生には必要ないスキルなのに。まぁそのスキルのお陰でなんとか今日まで生きてこられたんだろうけど。
教室を見回すと、喧噪の中に混じって机で一人パソコンとにらめっこする満月、ニヤニヤしながら一日捧奴隷券を眺める遊兎、女子連中にいかがわしい噂話を吹き込まれている薙が目に付く。
そしてもう一度大きくため息。
ま、それでも最終的には一緒にバカやっちまう俺も大概だよなぁ。つっても一人だけヒィヒィ良いながら逃げ回ってるだけだけど。
と、そこで丁度よく一限の始まりを告げる鐘が鳴った。
「オラァ野郎共席に着けぇー!」
チャイムが鳴り終わるのかどうかというタイミングで、煌びやかなブロンドの髪をポニーテールにした美女が、引き戸を蹴倒して参上した。
『サー・イェッサー!』
蜘蛛の子を散らしたように席に戻るクラスメイト達。もちろん鉄馬も例外なく、ダッシュで席に着く。ここでは彼女の一声はそれほどまでの強制力を持っているのだ。
この異常なまでにエキセントリックなクラスをまとめ上げるにはああいう人が適任なんだろうなぁ。
先生は自らが蹴倒した引き戸をはめ込み直し、教壇の中のケースから取り出した葉巻のラッパーをナイフで切り落として何食わぬ顔で教壇に立った。
どう考えても教育者の所行とは思えねーよ。
「ったく、昨日あんだけ遅刻すんなっつっといたのにあるアホのせいで余計な仕事が増えちまったじゃねぇか……お前だぞ捧! 学級委員長のクセに遅刻回数二桁って、テメー学級委員長舐めてんのか!?」
教壇の上からビシィッとこちらを火のついていない葉巻で指され、完全に萎縮してしまう。
が、しかしこっちはこっちで言い訳だって有る。
「いやいやいや委員長うんぬんは元々先生が勝手に『お前の噂は中等部から伝わってるぞ。右手から和菓子が出せブフォウッ(吹き出す先生)良いじゃん良いじゃんおもろいじゃん! ユー委員長やっちゃいなYO!!』とかほざいて、それにここの連中が意味不明なノリで賛同したからじゃないですか! おかしいでしょこの学級のトップが俺って! ほら見渡してみてくださいよ!」
気持ちが高ぶったせいか、思わず立ち上がってしまった俺は改めて教室内のメンバーを見渡してみた。
こめかみから手榴弾のピンを生やしたヤツ、シェフ、包帯で肌のほとんどを隠したナース服の女、金髪碧眼の侍、ドレスを着た銃に弾を入れようとして指を銃に食われそうになってるヤツ、泣きながら『ステルス迷彩……僕のステルス迷彩……』と呟きつつ携帯ゲーム機を弄るヤツ、一つの席に半ケツ座りしてベタベタしてる男女の双子、見るからにビジュアル系の格好のギタリスト、なんか透けてる女子、別の女子を膝抱っこしてその首筋に八重歯を突き立ててるドレスの女、エトセトラ、エトセトラ。
そして俺の同居人達――
「もっかい言いますよ! ぅおかしいでしょこのメンツのトップが俺って! フツーの連中に混じって違和感とかそういうレベルじゃ説明の利かない連中が混じり過ぎなんですよ! 他のクラスって『能力者? あ~クラスに二、三人居るよね~』ってぐらいのもんでしょ!? 何だよこの異常な割合! こんなクラス俺みたいなしょぼくれた能力で制御できるワケねーだろ!」
しかし俺の心中に燻る激情に対し、教室内から反論の声があがる。
「今さら何言ってんだよ捧ぅ!」「そーだよ、お前はよくやってるって!」「お前以外の誰がこのクラスまとめるってんだ!」「僕のステルス迷彩……」「文化祭デもガンバってたじゃないデスかァ~」「捧くん、優しいし……」「なんやかんや文句言いながら、きっちり仕事はするしな!」
表面上は優しい言葉があちらこちらから聞こえてくる。
しかし俺は騙されねぇぞ……
「本音は?」
声のトーンを落とし、周囲を睨め付ける。
「怒らないから正直に言ってみ? なんでお前らそんなに俺を委員長として推すんだ?」
俺の問いに対する答えは即座に、しかもクラスのほぼ全員が異口同音に返してきた。
『ぶっちゃけ自分以外なら誰でも良い』
見事にハモったその言葉を聞いた瞬間――
ブツッ
と、俺の中で、何かがキレる音がした。
「まーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「うわぁ捧がキレたぞ!」
「落ち着け捧! まずはそのえげつない大きさの揚げ月餅を放すんだ!」
「チョット鉄馬なんとカしてヨあれ鉄馬の身内でショ!?」
「きゃあ揚げ月餅ブン投げてきた! うわーんもうベタベタするー!」
「今度は金平糖を撒き散らし始めたぞ!」
「落ち着け! ヤツの攻撃は多彩だが殺傷力は無い!」
「一定の間合いを保って取り囲むんだ! 由良! 投網出せ投網!」
「うわぁ美化委員の小林がメチャクチャ怒ってらっしゃる! 小林落ち着け! 後でみんなで掃除しようぜ!」
「俺が捧を止めてみせる! うおおおおおおおおボンバァァァァァァアッ!」
「教室の中で恋する手榴弾は使っちゃらめええええええええ!」
二分後
「全員、反省したか?」
握った拳を解き、こめかみに青筋を浮かばせて手をプラプラ振る先生。
『サー・イェッサー……』
結局さっきの乱痴気騒ぎの罰として一列に並ばせられ、全員先生の鉄拳制裁を喰らう羽目なった。
まぁ今回は俺にも非があるからしゃーないか……
全員がとぼとぼと席に戻ったところで、ロングホームルーム再開。
「ったくこの説明するのも何回目だよ……このクラスは『特殊選考』で選ばれたヤツばっかりのクラスだから多少性格に難がある連中が集まってるのはしょーがねーって、繰り返して言ってきたよなぁ捧ぅ?」
おい、今この人、生徒達の目の前で『性格に難がある』って言い切りやがったぞ――でもまぁ、こっちとしてもそれに関しては反論できないんだけど。
『特殊選考』というのはウチの学校独特の入試方法で、文字通り学力ではなく、個人の持っている能力や家庭状況を総合的に判断する入試方法だ。
他からは一線を画する特殊な能力を持つヤツ、『あの災害』で家族を喪ったヤツ、そんな連中が集まっているのがこのクラス。そりゃぁエキセントリックな人間が集まるのも頷ける。ちなみに言うまでもなく、俺達天国荘の五人も特殊選考で初等部から入学している。
しかもこのクラス、タチが悪いことに持ち上がり制で、初等部からこの学園に『特殊選考』で入った連中――もちろん天国荘の連中もだが――とは十年近く、中等部や高等部から編入の生徒も同じクラス確定なので、ノリが意味不明なのだ。
そんなクラスをほぼ十年、連続で学級委員長としてまとめて(?)きたんだ。そりゃさっきみたいにストレスが爆発しちまっても仕方ないだろう?
「傾聴ッ! お前らこれからちょっと真面目な話するからな。さっきまでのノリは押さえとけ」
と、そこで教壇に戻った先生が突然真剣な表情になり、教室の中が怒鳴られた時とは別の種類の静けさに包まれる。
アホの集まりだが、こういう空気は読めるクラスなのだ。
クラスの面々をゆっくりと見渡し、先生はさっきまでの振る舞いからはかけ離れた優しい声で、静かに語りだした。
「明日、十二月二十二日から、『千年祭』だな」
クラスの面々は誰も言葉を発しない。
そして生徒達をゆっくりと見渡し、一言一言を噛みしめるように、先生は続ける。
「千年前の英雄がどーたらこーたらとか……私はそんなん信じてねーけど、まぁ盛大にやるってんだから、お前らも大体のヤツは参加するんだろう……でもな」
そこで一度言葉を切り、先生は小さく息を吐いた。
「早いもんだな……あれからもう、十年か」
教室の空気が、少し沈む。
あの薙が、鉄馬が、遊兎が、満月が、あいつらまでもが押し黙って俯いている。
そう、みんな分かっているのだ。この祭の意味を。
とくにこのクラスは――そういうヤツが集まるクラスだから。
「あの災害のせいで家族を喪ったヤツもいるだろう。本来このクラスに居るはずだったヤツも、巻き込まれて死んじまったのかもしれん」
先生はもう一度小さく息を吐き、吐き出したのと同じだけの空気を吸った。
「今回の祭りは千年前の英雄を讃えるってだけじゃなく、この街の復興を祝い、死んだ人達への慰霊も兼ねてるんだ。騒ぐなとは言わんが、そこら辺は各々考えて行動するように」
先生がそう締めくくったのと同時に、特別時間割で短くなった一時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。