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第二十話 ARMORED HEAVEN

「満月、どうだ?」

 リビングのソファに深く腰掛け、パソコンと向き合う満月に問い掛ける。

 時刻は午後三時半。買い物に出かけたきょーこさん以外の、スイを含む六人と一匹はリビングに集まり、静かにその時が来るのを待っていた。

 今日は千年祭最後の日であり、俺達の家族の命日。

 島の人間はほぼ全員、零番街で開かれる祭りのクライマックスイベントに参加するため、北地区に集まっている。薙が勝手に指定した西地区など、廃工場しか無い上に元から人も住んでないから、今なんか完全に無人だろう。

 それに祭りが始まってしまえば、その喧噪で西地区で起きる騒ぎなんかに気付けるはずも無い。それも計算した上でこいつはあの廃工場街を指定したんだ……と、考えておく。

 敵としても、人のいる可能性のある、ここ六番街に攻め入って事が表沙汰になるのは避ける筈だ。能力者同士の戦闘ともなれば、周囲への被害で全てを隠密に済ますことは不可能だしな。

 そういう意味では、千年祭の最中の西地区なんかは敵にとってうってつけのシチュエーションだし、そこに俺達がのこのこ現れると分かれば、喜び勇んでそこを戦いの舞台として受けれるに決まってる。

「……パンダ軍曹の斥候部隊から連絡が入った。黄泉國重工から大型のバンが六台、西地区に向けて出たらしい……あと、能力者っぽいのもちらほら。捧が交戦した、金髪ゴスロリも居たって」

 ビンゴ。で、やっぱりあの女も来るか。

 ふつふつと、忘れかけていた怒りが再燃し、右腕がうずき出す。


 ――大事な物を忘れるのは得意でしょう?


 あの女は、俺達を。失う哀しみと喪失感に耐えながら必死に生き抜いてきたこの島の人間を侮辱した。

 それどころか、スイの目の前で、俺に人殺しをさせようとした。

 その礼をしないと気が済まん。

「そのゴスロリには誰も手ェ出すなよ」

 右手の指の骨を鳴らしながら、俺はリビングに集まった兄妹達に宣言する。

「あの女は、俺が全力でもてなしてやる」

「ホントに大丈夫なの?」

 怯えるスイの頭を撫でながら、薙が言う。

 確かに、この中で奴の能力を見たのは俺とスイを除けば、薙だけだからな。心配するのも分かるぜ……と言いたいところだが……

「何ニヤついてんだコラ。お前全然心配とかしてねーだろ」

「だって、あんたは恨みで実力差を見失うような奴じゃないでしょ? あんたがそう言うって事は、確実に勝目があるに決まってるわ」

 お見通しかよ。食えねぇ奴だぜ。

 だが確かに、薙の言うとおりだ……って言うより、実際んとこ、あの女相手が一番勝つ確率高そうなんだよ。

 他の能力者はどんなのが出てくるか分かんねーし、無能力者でも二人相手だと一方的にやられるしな。それに、ちょっと煽られただけで奥の手出すようなプライドの高いあの女なら、一人で俺んとこにリベンジ仕掛けてくるに決まってる。あとは……

「任せときな。あいつを仕留める算段なら、ある程度組み終えてる」

 これが最大の理由。

 相手の能力が『他の生物に変身する』ってモンなら、おそらく俺の『和菓子』で倒せる可能性は十分ある。下手すりゃ普通の人間よりも効果的なぐらいだ。

「負けないって約束できる?」

「ああ。絶対に負けない」

「そう。じゃ、好きにすれば?」

 にしし、と薙がいたずらっぽく笑う。ホントお前、そういう笑顔が似合うよな。

「にしても今度は黄泉國重工かー……なーにやってんだろうね、ボク達」

 遊兎がブロアでレンズの埃を吹き飛ばしながら、肩をすくめる。

「確か初めてボク達が喧嘩したのって、小一の時のいじめっこグループだっけ?」

「おォ~懐かしいなァ~。親亡くした下級生を集団でイビってたいけすかねー野郎どもだったからよォ~、全員全裸に剥いて首から下校庭に埋めたんだよなァ~」

「その後『こんなことしてただで済むと思うなよ! 俺には中等部に兄貴いるんだぞ!』ってテンプレな台詞通りに中等部の不良グループが出てきたから、今度はそいつら全裸に剥いて上半身校庭に埋めたよね。で、文句言いに来たそいつらの親も全裸で丸坊主にして駅の花壇に埋めたよね」

「……全員、小さい頃からやりすぎだった」

「その写真どころか家族全員の名前と現住所ヤクザに売った満月ほどじゃないと思うけど」

「……あの時の私は未熟だった……あれだけ情報を押さえれば、もっと色んな物を巻き上げられたのに……」

 遊兎の何気ない一言をきっかけに、俺達はしばらくの間、思い出話に花を咲かせた。

 いじめっこグループに始まり、悪徳教師、暴力孤児院、強盗、暴走族、ヤクザ、エトセトラ、エトセトラ。

 直接言葉には出さずに、互いに確かめ合う。

『俺達は、つまるところそういう風にできている』ということを。

 と、そんな時。

「……もう、やめてください……」

 小さな、それでいてよく通る声が、俺達の会話を遮った。

 声の主――スイは、自分の頭に置かれた薙の手をどけ、俯いたまま言葉を繋ぐ。

「だめです、行っちゃ……スイはだいじょうぶですから……」

 ……おい、テメー今、何つった?

「ずっと考えてたんです……ささぐが、あの人と戦って、負けそうになったときから、ずっと」

 あの時――ポーカーフェイスとやり合ったあの夜のこと、か。

「スイのために、誰かが欠けちゃったりしたら……そんなの……それに、スイが生まれたせいで、みんなの家族は……それなら、もういっそ……」

「黙れ」

 自分は大丈夫? 自分のために? 誰かが欠けたら? 自分のせいで俺達の家族が?

 誰に向かってそんな口きいてんだテメーは。

「スイ、お前何か勘違いしてねーか」

 華奢な肩を掴み、正面からスイの顔を覗き込む。

 相手が年端もいかない女の子だって事も忘れて、この苛立ちをぶつけるために。

「俺達はな、お前のために戦う訳じゃねーよ」

 そして、あえて言葉には出さずにいた、俺達全員の意志を顕わにするために。

「俺達は、こうすることしかできねーから、戦うんだ」

 いろんな物を取り零して、ひとりぼっちになって。

 だから俺達はこうなった。

 せめて目の前で零れそうになった物ぐらいは受け止めようと。

 せめて今だけは、自分がひとりぼっちじゃないってことを実感しようと。

「でも! もし行ったら、ささぐは……!」

「まだお前は……っ!?」


 舞い上がる火の粉、雄叫びを挙げる異形の化け物、降り注ぐ瓦礫。

 そして、その瓦礫の山の中から伸びる一本の腕と、流れ出る赤黒い液体――


 突如として、スイの蒼い瞳から『流れ込んで』きた鮮明なビジョンに、無意識のうちにスイから手を離して後ずさった。

 呼吸が乱れ、冷や汗が背中を伝う。

 いつも俺が感じている『警告』や殺気とは全く違う。そんなものとは比べ物にならないほどのリアリティに、俺は気圧されてしまっていた。

「……おい、今の、お前らも見たか?」

 薙達は頭上に?マークを浮かべて、突然弾かれたようにスイから離れた俺を訝しげに見ていた。

 今の、俺だけが見えたのか? もしかして、今のは……

「スイ、お前が、見せたのか?」

 返事は無い。ただ今にも涙が溢れそうなスイの瞳だけが、俺に向けられていた。

 そうか、なるほどな……こんなもん見ちまったら、止めるのも分かるよ……

 でもな。

「おい、どうしたァ捧ゥ~?」

 鉄馬の声が、俺に明瞭な意識を取り戻させる。

「あぁ、ちょっと今、多分俺が死にそうになってる未来が見えてよ」

「なんだ、んなもんいつも通りじゃねェか」

 そう、この程度のピンチで怯まない程度には、俺も修羅場潜ってんだ。今更退けるか。

「やっぱりお前、未来が見えるんだな……」

 理屈なんか分からない。でも、『頭』が叫ぶ。あのビジョンは、本物の未来だと。

 しかし、俺の『心』はこう叫ぶ。あんな未来、簡単に打ち破れると。

 未知の感覚に対する戸惑いもあるが、不思議とそんなに悪くない気分だ。

「丁度良いや。スイ、見せてやるよ。俺達流の、我の通し方をな」

 むしろ今ので余計に意志が固まったわ。

 この未来を打ち破った時の、スイの顔。是非とも拝んでやりたいね。

「だめ、そんなの、そんなことになるぐらいなら、スイがひとりで――」

「っあーもう限界!」

 突然薙が上げた大声に、スイが驚いて言葉を詰まらせる。

 おういいぞ薙、言ってやれ言ってやれ!

「スイ! あんたねぇずっと思ってたけど、子供の癖に気ぃ使いすぎ! あたし達に被害が及ばないように意地張ってるんなら、そんなの無駄よムーダ! この喧嘩はねぇ、もう既に……っていうか初めっから、あんたのためのじゃなくて、あたし達のモノなの! あたし達が誰のためでもなく好き勝手に喧嘩してるんだから、スイも好き勝手にしなさい!」

 まくし立てる薙に気圧され、スイはまた俯いて押し黙ってしまった。

 今ならいけるか――

 俺は再度、スイの方に詰め寄り、肩に手を置く。でも今度は、優しく、とにかく優しくだ。

「スイ、薙の言うとおりだ。何も気にせず答えてくれ」

 床に膝をついて、視線を合わせる。

 蒼い瞳の中に映った俺は、目の前の少女と同じように、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「お前は一体、どうしたい?」

 一瞬の静寂。

 蒼い双眸が大きく開き、涙が溢れ出す。

 その涙が頬を伝った瞬間、スイの唇が小さく動いた。

「スイを、恨んでないんですか?」

「恨む理由がねーよ」

「スイも、ここに居ていいんですか?」

「お前がそう望むならな」

 ぽたり、と、スイの顎を伝って、カーペットの上に大きな滴が落ちた。

「スイ、は……みんなといっしょに、ここに居たいです」

 静かに、でも確かにその口から出た、スイの本心。

「よく言った」

 か細くて暖かい体を抱き寄せると、俺の胸の中で大きな泣き声があがった。

 今まで押しとどめていたモノを、涙に乗せて全部吐き出すように、スイは泣きじゃくる その肩越しに、テーブルを囲む全員の顔を見渡す。

「で……お前等、どうする?」

 挑発的に、分かり切ったことを聞いてみる。

 別に本気で質問してる訳じゃない。ただ、こいつらから返ってくる当たり前の返事を、今は無性に聞きたかったんだ。

 にしても我ながら愚問だな、と心の中で自嘲してみたら、ホントに言われた。

「愚問ね」

 薙はスイの背後に跪き、俺の背中に手を回してスイを抱きしめた。結果として、俺と薙で挟み込むようにスイを抱きしめる格好になる。

 震える少女の肩越しに、オレは薙の視線を受け止める。

 お互いの吐息が感じられる距離。

「こちとら、アンタに生き返らせて貰ったあの時から、ずっとアンタに付いていくって決めてんのよ。天国の果てから地獄の底、六道輪廻の彼方まででもね」

「……久々に、燃える展開じゃねェか」

「うん。やっぱさ、こういう分かりやすい『負けられない理由』があると、興奮するよね」

「……テンション上がってきた」

 ああ、やっぱりだ。今ならハッキリ分かる。

 こうして心が重なるこの瞬間、この瞬間があるから、俺達は生きていけるんだ。

「ワンッ」

 と、そこで今まで狛犬並に静かに鎮座していた我が家の頼れる番犬、正宗が名乗りを上げた。

「何だ、お前も来るか、正宗?」

 そこでまた、ワンと一鳴き。

 ……そうかそうか。言いたいことは何となく分かったよ。

 お前もこの家のバカの一人……いや、一匹って訳か。

「っしゃァ~オイ! そんじゃアレだ! 景気付けに一発かますかァ~! 円陣組め円陣~!」

 おー! と全員で声を合わせ、俺達は肩を組む。正宗とスイの背丈にも合わせるため、かなり低い中腰だが、これはこれで悪くない。

「ほらスイ! オメーも入るんだよォ~!」

 俺達の円陣の中心でオロオロしていたスイを引きずり出し、鉄馬が強引に小さな肩に手を回す。

「え、でも、スイは……」

「今更水臭ェこと言うんじゃねェってのォ~。オメーも一緒に戦うんだよォ~!」

「……捧が戦うぐらいなんだから、スイなら大丈夫」

「満月おめーはなんでそうタイミング弁えずに俺の心を抉るんだ!」

「ゴチャゴチャうっさいわよあんた達! ほら、行くわよ!」

『………………』

 不意の沈黙。

「……誰か、何か言いなさいよ……」

「いや薙、今の感じからして俺はてっきりお前が号令かけんのかと……」

「え、円陣組めって言ったんだから、その鉄馬が何か言うと思ったんだけどあたし」

「俺ァ何も考えてねェぞ」

「お前マジかよ! せっかくいい具合に盛り上がってたのに……!」

『………………』

 遊兎が脱ぎだした。

「スイの目の前で何してんのよこのアホォー! やめなさいやめろっつってんのよ下から脱ぐな下から!」

「だってしょうがないじゃん! この微妙な空気リセットするためにはもう誰かが脱ぐしかないと思って……!」

「何を拗くれた責任感発揮してんだお前は江頭か!」

「ぷふっ……」

 ギャアギャアと俺達が喚く中、不意に聞こえた誰かが吹き出す声。

 その音が聞こえた先では、スイが笑っていた。さっきまでの沈んだ顔も、大声で泣きじゃくっていたのも、全部が嘘だったみたいに。

 その姿を見て毒気を抜かれた俺達も、誰からともなく笑い出す。

 あーあ、締まらねーな、全く。

 でもこういうのが、俺達らしいっちゃらしいか。

 ひとしきり笑いあい、全員の肩の力が抜けきった頃合いを見計らって、俺は軽く言う。

「さて、そんじゃ行くか!」

『おう!』

 計らずして揃った声がおかしくて、また俺達は笑う。

 そんないつも通りの日常を噛みしめながら、俺は心の中で誓う。

 絶対に、この日々は守り抜くと。

 もう何も、取り零したりしないと。

 他でもない、神様の悪ふざけとしか思えないこの右手にかけて。

「ただいまぁ~、って、あらみんなどうしたの? 楽しそうねぇ」

 と、そこでナイスタイミングで帰宅した我らが聖母が、相変わらずのアルカイックスマイルを俺達に向けた。

 その両手には、食材を満載したスーパーの袋がいくつも携えられていて、薙が慌ててそれを受け取りに駆け寄る。

「あ、きょーこさんお帰り! 今から祭りに……って重っ!」

 袋の一つを受け取った薙がよろめく。

 薙があんなにふらつくぐらいって、相当な量だぞ。

「あらお祭り? スイちゃんも行くの?」

 テーブルの上に残りの荷物を残したきょーこさんが、スイの前で屈み込み、目線の高さを合わせる。

「はいっ!」

 淀みなく、真正面から答える声にはもう一欠片の躊躇いも宿っていなかった。

 そうか、スイ。覚悟を決めたんだな。

「そう……なら、気をつけていってらっしゃい」

 ゆっくりと、俺達全員の顔を見て、きょーこさんは柔らかく微笑む。

「うん。分かってる」

 それだけ言い残し、俺達はリビングに背を向け歩き始めた――が、

「あ、そうそうみんな~」

 背後から呼び止められ、立ち止まる。

「今日はおかーさん、腕によりをかけるから」

 どこか子供っぽいあどけなさの残る仕草できょーこさんが『えっへん!』と豊かな胸を張る。

「だから、みんな揃って、早く帰ってくるのよ」

 ……やっぱり、不思議な人だな、きょーこさんは。

 どうしてこんなにも全てを見透かされてるような気になるのに、不快さを全く感じないんだろう。

「呼び止めちゃってごめんね。ほら、いっぱい遊んでお腹空かせてらっしゃい」

 まるで子供扱いするようにからかわれた俺達は、それぞれが思い思いに「いってきます」と告げ、天国荘を後にする。

 あのきょーこさんが、いつにも増して腕によりをかける、か。

 参ったな――負けられない理由がもう一つできちまったぜ。

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