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第十九話 戦禍に潜む者

「それ、業務命令ですか?」

『もちろん、社長直々のご命令ですわ。社長の予知でも、ターゲットが昨晩の予告通りの時間、予告通りの場所に現れると出たそうです』

「……私、本来現場に出張る立場の人間じゃないんですが」

『緊急の役員会での決定です。あなたの管理不行き届きで招かれた事態は、あなたが収拾すべきだと。黒蟻部隊と処刑人形の使用許可も下りています。一事業部のトップに与えられる権限としては、異例中の異例ですわよ? それに、あなたの能力も見込んだ上での采配です」

「そこまでのことをするなら、あなただって参加すれば……」

「ご存じでしょう? 私の能力は、あなたの物以上に共闘や手加減に向いていませんの。極力騒ぎを大きくしないためにも、そして手続き的にも、これが現在動かせる最大の戦力ですわ。第一あの子達、あなたの言うこと以外聞くかどうか分かりませんし」

「……危険手当請求しますからね」

『それは経理部の者に申請してくださる? それじゃ、良い報告を期待しておりますわ』

 一方的に切られた社内用携帯電話を溜息をつきながらしまい、黄泉國重工特別研究室室長は正面に向き直る。

「都合の悪いことが起きても責任は下に丸投げですか。うちも典型的な大企業病ですね」 

やれやれ、とわざとらしく首を振り、地下居住区のある一室に集められた面々に目配せする。

 そこに居るのは、玉虫色の仮面を含めた、処刑人形達。

「仕事、やるひとー」

 緊張感のない声と共に、室長が右手を挙げる。

 真っ先にそれに応じたのは、ポーカーフェイスだった。

「あの和菓子野郎は私が『喰う』」

 爬虫類のように瞳孔が開いた眼球が、アイホールの中でぎょろりと蠢く。

「右手から順番に四肢を食い千切って、必ず命乞いをさせてやる。必ず」

 全身の関節を鳴らしながら舌なめずりするポーカーフェイスを見て、室長はいつも通りの胡乱な笑顔をより深める。

「その調子です」

 はっきり言って、室長はこの一件、ポーカーフェイス一人だけでも十分だと考えていた。

 黄泉國重工に利益をもたらし、目的成就のために産み出された処刑人形。彼らは室長自らが人道など度外視した研究の末、数多の実験体の屍の上に作り上げた最高傑作であり、長い時の中で薄れに薄れた『来訪者』の血で偶発的にその力を発現させた能力者とは比べ物にならない存在である。

 中でもこのポーカーフェイスは群を抜いていた。

 対象のDNAを経口摂取しなければならないという制約こそあるものの、それさえ満たせばこの世のどんな生物にでも化け、その力を行使することができる彼女は、紛れもなく『この世で最強の生命体』である。ここまで高水準に戦闘能力と汎用性を兼ね備えた能力者など、社内どころかこの島全体にも居るはずがない。

 その奢り(と言っても、それ自体室長が任務遂行をスムーズにするために彼女に植え付けたものなのだが)故に先の接触では無様な姿を曝したものの、今の彼女はそのプライドを傷つけられたことにより、燃えるような怒りで自らの奢りを掻き消している。

 断言しよう。今のポーカーフェイスは、出会った瞬間獲物を食らい尽くす正真正銘の化け物だ。

「で? 他のみなさんはどうします? 私も出ますし、ポーカーフェイスと残りの黒蟻さえいれば事足りますが」

 返ってくる答えは分かりきっていたが、あえて他の面々にも目配せしながら問い掛ける。

 その回答は、『笑顔』だった。

 室長の、ただただ相手の敵意をやり過ごすためだけに拵えた偽りの笑顔ではない。

 獲物に食らいつく瞬間の、牙を剥いた肉食獣のを彷彿とさせる、凶悪な笑み。

 その笑みの中、あくまで表情は崩さず、室長は小さな溜息をついた。

 彼はもう、勝ち負けなど考えてはいない。

 ただ静かに、これから起きるであろう処刑人形達の殺戮と破壊の責任を、うまく他者に転嫁することだけのために思考をめぐらせていた。

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