第十六話 分水嶺
「ありがとよ、スイ。だいぶ楽になった」
俺の右手を握ったまま眠る(と言うか気を失っている)少女に優しく声をかける。
目のアザを治しただけであそこまで消耗してたんだ。これだけの怪我を処置するとなると、相当辛かっただろうに。
黄泉國の先兵と一戦交えててから、およそ三時間後。ポーカーフェイスが目を覚ます前に連絡を取り合って公園で合流した俺達は、次の追っ手が来る前にと全速力で我が家に撤退した。鉄馬の方はポーカーフェイスがやられてしばらくしたぐらいの頃に幻覚が解除されたらしい。おそらく幻覚を用いた能力者の方には直接的な戦闘力は無く、ポーカーフェイスがやられた時点で撤退する取り決めが成されていたのだろう。
とにもかくにも六人揃った俺達は、今は俺の治療と今後について話し合うために俺の部屋に集合している。
「……あの、捧、本当にごめんね……?」
いつになくしおらしく、薙が何度目かの謝罪の言葉を口にする。こいつなりにも思うところが無いわけではないのだろう。
「だからいいってお前のせいじゃないんだし。それにお前が来てくれなきゃ多分……」
言い淀む俺の表情から何かを察したのか、薙は物憂げに俺から目をそらした。
あの場面に出くわした薙には分かったんだろう。
俺が、スイの目の前で、人を殺そうとしていたことが。
「なあ、ここらでちょっと考えてみないか? ……『俺達はなんでこんなことやってんだろう』って」
「あァ? いきなり何言い出すんだ捧らしくも――」
「真面目な話なんだ、鉄馬。今回のことに限らず、俺達はなんでこんな風に、目に入る厄介事全部に首突っ込んできたんだろうな?」
予想通りの沈黙。
やっぱりそうだよな。お前らも、なんで俺達がこんな性分になっちまったのか、自分で理解できてねーんだろう。
「さっきな、スイに聞かれたよ。『俺達は、スイにひとりぼっちの己自身を重ね合わせてるから、こんなに尽くしてくれるのか』ってな」
誰も、俺の言葉に応えない。だが今は、その沈黙が何よりの返事だった。
「良い機会だ。少し考えてみようぜ。俺達はどうしてこうなった? 力を持ってるから? 血の繋がった家族がいないから? 誰かを助けることが、自分の存在証明になると思ってるから? その答えが出ない限り、俺達にはスイのために戦う資格なんて、無いんじゃないのかな」
このまま今回も、いつも通りに戦って、いつも通りに勝利して、スイを救えたとする。でも、その時「どうして助けてくれたんですか?」というスイの問い掛けに答えられなかった、スイはどうなる? その後スイは俺達と一緒にいることを選べるのか?
「……悪い、疲れてんのかな、変な話を――」
と、そこで不意のノックが俺の部屋のドアから鳴り、それに言葉が遮られた。
「きょーこさん、どうしたの?」
ドアを開け、遊兎がきょーこさんを出迎える。
「ねぇ、今スーツ姿の知らない人がいきなり来て、これをみんなにって……」
心なしか不安げ、というか訝しげな面もちで、きょーこさんは一枚の便箋を差し出す。
その表面には、『黄泉國重工』の文字。
「……開けるよ?」
遊兎が便箋を開き、その周りに全員で集まって一枚の手紙を覗き込む。
そこには、『真実をお伝えします』という、簡素な言葉と、あるシティホテルのレストランへの招待状が添えられていた。




