第十一話 処刑人形
――クソッ、なんで俺がこいつらなんかと……
黄泉國重工研究開発部門、零号研究室――通称零室所属、佐倉亮平。
彼はひどい苛立ちと緊張、そして恐怖に苛まれながら、ソファに腰掛けて気怠げにテレビを眺める四人の男女の様子を窺っていた。画面には、今朝未明に襲撃してきた黒髪の少年が、今まさに『あれ』を抱えて逃げ出そうとしているところが映し出されている。
現在彼らが居るのは、黄泉國重工地下居住区の一室。
高級ホテルのスイートルームのような、白を基調とした様々な調度品のあしらわれた部屋だったが、地下ゆえに窓は無く、それがこの空間の圧迫感を一掃深めていた。
――室長も室長だ。能力使って脅しかけやがって……あんだけタチ悪い能力持ってるんだから、自分でこいつらと話つけろっつーの。
例の少年達から襲撃を受け、『あれ』を奪われたのがおよそ五時間前。この五時間の間、彼は煩雑な手続きの数々と格闘していた。
『謁見』の申請、『委員会』による『謁見』許可事由の審理、地下区画カードキーの発行、『謁見』にあたっての留意事項の説明、入念なボディチェック、そして、『自分の身に何が起こっても文句は言いません』という旨の誓約書の作成、エトセトラ、エトセトラ。
気が遠くなるぐらいに面倒な手続きを踏んだのだが、社の存続に関わる異常事態であるということ、室長から社長に話が通っているということから、通常では考えられないほど簡略化されているらしい。
その手続きの煩雑さ、面倒さ、慎重さが、そのままこいつら――『処刑人形』の危険性を表していた。
処刑人形の役職は、一応『重要人物及び重要取引の警護』ということになってはいるのだが、彼らをそのように見なしている者はほぼ居ない。
放射性物質の処理を押しつけられているだとか、紛争地帯で武器を売りさばいてるだとか、ひどいものになると、傭兵として高値でレンタルされているといったものまで、社員達の間で囁かれる黒い噂には枚挙に暇がない。
彼らに対する嫌悪感に差異こそあるものの、ほぼ全ての社員が『汚れ仕事ばかり押しつけられているくせに、やたら高い地位にいる』という認識を共有している――それが、処刑人形という集団だった。
――つーか何なんだよ、誓約書の文面に『処刑人形についての情報を一切外部に漏らさない』とか『いかなる場合であっても、地下区画で起こった出来事に関して、黄泉國重工は関知せず、一切の責任も負わない』とか……まっとうな人間相手にする時に渡される文書じゃねーだろ。
正直言って、彼自身こんなことはやりたくなかった。
だが、室長に脅しをかけられた手前、断るわけにも、逃亡するわけにもいかない。
断れば室長に『処理』され、逃亡すれば自らが処刑人形の黒い噂の一部に名を連ねることになる。
結局の所、佐倉亮平が無事に生き残るためには、処刑人形の機嫌を損ねずに彼らとの話し合いを終えるという道しか残されていないのだ。
「……ったく使えねーなー『黒蟻』共はよー。あんなんで『商品』になんのか?」
「ま、ま、そう言ってあげないでよ。だって合同訓練の度に死者が出るような人たちなんだよ?過度な期待はダメだって」
エメラルドグリーンのドレッドヘアを後ろで束ね、全身に蛍光色の入れ墨を施した青年と、外見上は至って平凡な中学生くらいの少年が、顔も見合わせずに言葉を交わす。
――白々しい。実際はお前らが殺してるんじゃねぇのか?
亮平は心中で毒づきながら、あくまでそれを表に出さないようにしながらため息を付いた。
「ん~、この黒髪の子、なかなかガッツあるわね。ちょっと味見したくなっちゃった」
ボブカットの美女が上唇を舐め、舐るような視線をモニター越しの捧に投げかける。
――予想はしていたが、やっぱりまともな人間は居ないみたいだな……
「ねぇ、ちょっと」
「はっ、はいぃっ!?」
再びため息を付こうとしたところに声をかけられ、亮平は反射的に居住まいを正した。
――まさか、精神感応系!? 俺の悪口、聞こえてたのか!?
俄に現実味を帯びてきた死への恐怖に、流水を浴びせかけられたような悪寒が全身を駆けめぐる。
しかし亮平に声をかけた金髪ツインテールのゴスロリ少女は、眼前の男の恐怖心を完全に無視し、事務的な口調で告げた。
「この映像でちょっと気になるところがあったんだけど、巻き戻して」
――良かった、バレてなかったみたいだな……
全身を支配していた悪寒が徐々に薄れていくのを感じながら、亮平は心の底から安堵した。 が、
「早く」
ギョロリ、という擬音がそのまま当てはまりそうな、今まさに獲物の喉笛に食らいつかんとしている毒蛇のような視線を少女から送られ、大慌てでDVDレコーダーの巻き戻しボタンを押す。
「……止めて」
指示通りに巻き戻しを止め、動画を再生すると、黒髪の少年が突然姿を現す場面だった。
『えぁーっ、と、通りすがりのサイヤ人でーす……』
「……ここでこいつが言ってる、サイヤ人って何?」
――は?
「あ、それ僕も気になってたんだ。そんな名前の国なんか無いし……」
「どこかの少数民族とかじゃね?」
「いや、あんなに日本人っぽい顔立ちしてるからその線は無いと思うわ」
――おい、一体こいつら、何を言ってるんだ? 俺をおちょくってんのか?
話の流れが全く理解できず、呆然とする亮平をよそに、四人の処刑人形の議論は続く。
そこで亮平は、ある結論に辿り着いた。
――そうか、こいつら、ずっと地下に閉じ込められっぱなしだから、漫画とかそういう娯楽に疎いんだ。
「なー研究者さんよー。その『さいやじん』って、一体どーいうモンだ?」
ドレッドヘアーの青年の屈託のない問いかけに、亮平は微笑ましい気持ちになる。
――そうだよな。ろくな娯楽もなく、地下に閉じ込められてるんだ。人気の漫画に興味を示しても、何もおかしくはない、か。
「僕の記憶の限りですと、惑星ベジータに住む戦闘種族ですね。性格は非常に好戦的で残忍。黒髪黒目……あぁ、地球人との混血だと、必ずしもそうはならないんでしたっけ」
亮平からしてみれば、サンタを信じている子供に『サンタさんはフィンランドって所にいるんだよ~』ぐらいの説明をしてやっている気分だったのだが、
「……そいつらに関する資料が欲しい」
金髪の少女の顔は、この上なく真剣だった。
その顔を見て、亮平はまるで小さな妹のお願いを聞いてやるように、優しく、それでいて大真面目に言った。
「分かりました。量が多いので少し時間を頂きますが、なんとか同僚に掛け合ってみます……それでは、早速『資料』を集めて参りますので」
亮平はゆっくりと立ち上がり、晴れやかな気分で部屋を出た。
――なんだ、嫌な噂ばっかりだけど、年相応に子供っぽいところあるじゃないか。
くすっ、と少しだけ笑った亮平は、同僚から某有名少年漫画を借りるため、入ってきたときとは正反対に軽い足取りで地下居住区を後にした。
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「……さっきの、聞いた?」
亮平が部屋から出ていった後、残された四人の間には重々しい空気が漂っていた。
「ああ……聞いたぜ。久しぶりにまともな喧嘩が出来そうじゃねーか」
ドレッドヘアーの青年が、武者震いしながら指の骨を鳴らす。
彼らの間に、茶化すような空気は一切流れておらず、全員、顔は真剣そのものだった。
「まさか、私たち以外にもそういうのがいたなんてねぇ……燃えてきたわ」




