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第十話 神様のいない世界のすみっこで

 ここいらでそろそろ、俺達の馴れ初めというか、天国荘の成り立ちというものについても少し言及しておこうと思う。

 しかしそれを語る上で、どうしても俺の薄汚い人間性について触れなくてはならない。

 正直あまり気乗りはしないし、思い出す意味も無ければ思い出したくもない記憶だ。

 失ったものに思いを馳せても、それが戻ってくることは無い。

 反省も後悔も、未来には関わっているだろうが、それらは決して過去に干渉してはくれない。

 あの日――俺達が全てを失った、忌まわしき大災害の日、俺は自分の無力さを、ちっぽけさをこれでもかと思い知った。

 そしてその自己嫌悪を、自分よりもちっぽけな存在に施しを与えるという最低な自己満足で中和しようとした。

 いやはや、俺はなんとちっぽけで卑小で矮小で些末でトリビアルな存在なのだろうか。

 でも、いや、だからこそ、俺はあの日の出来事を知ってもらわなくてはならない。

 どれだけ忌まわしい記憶であろうと。

 どれだけ消し去ってしまいたい記憶であろうと。

 あの日が、今の俺の土台になっていることに変わりは無いのだから。

 一つしっかりと認識しておいて欲しいのは、俺は、自ら露悪する事によって同情を買おうなどというセコイ考えで過去を語るのではないということだ。

 俺はただ知って欲しいだけだ。

 この物語の狂言回しが、いかちっぽけで卑小で矮小で些末でトリビアルな存在なのかということを。

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                    ▼

「………………ごちそうさま」

 か細い声で一言だけ告げると、薙はそそくさと椅子から立ち上がり、ダイニングから出て行ってしまった。

 階段を昇っていく寂しげな足音を聞きながら、食卓の俺達――俺、鉄馬、遊兎、満月、そしてきょーこさんは、薙の前に残された食事に目をやり、心配そうにため息をつく。

 炊き立てのご飯と唐揚げと味噌汁、さらには出汁巻き卵と、多くの人々が避難生活を余儀なくされている時分では奇跡のようなメニューが並んでいたが、薙の前に配膳されたそれらにはほとんど箸がつけられておらず、ほぼ出されたままの状態で哀しく湯気を立ち上らせていた。

 俺達がきょーこさんに拾われて――つまりあの大地震が起こってから、その日でちょうど一週間。日付で言うなら、今から十年前の大晦日。

 出会った当初こそギクシャクしていた俺達だったが、似たような境遇の者達同士ということも手伝って、今では少し打ち解け、拙いながらも会話も生まれるようになっていた。

 しかし、打ち解けるどころか、自分からはほとんど言葉を発することも無いヤツも居た。

 それが、薙だった。

「……今日も、食べてくれなかったわね~。おかーさんの料理、美味しくないのかなぁ」

「そ、そんなことないよ! 今日のからあげ、すっごくおいしいよ!」

 肩を落とすきょーこさんをフォローしようと、遊兎が身を乗り出して力説する。

 実際、きょーこさんの料理はとても美味しかった。

 唐揚げにはしっかりと下味がついており、出汁巻き卵なんか焼き色ひとつついておらず、食感はふわっふわで一口噛んだ瞬間風味豊かな出汁が溢れ出てくる。どれをとっても絶品だった。

 それでもこの一週間、薙がほとんど食事を口にしないのは……

「……やっぱ、つらいんだろなァ」

 かちゃり、と鉄馬が箸を置き、小さく呟く。

 ……そんなの。

 そんなの、俺達だって――

 じわり、と涙がこみ上げてくる。

 溢れそうになった涙をこらえようと目を閉じると、瞼の裏に、ほんの一週間前まで当たり前だと思っていた日常がフラッシュバックする。

 まだ一度も背負ってないランドセルも、誕生日に買ってもらった自転車も、頑張って集めた灼熱戦隊マグライナーのシールも。

 そして、お父さんと、お母さんも。

 全部、あの家の下に置いてきた。

 ほんの一週間前、一緒にクリスマスツリーの飾り付けをしたのに、どんなケーキにするかみんなで話し合ったのに、一緒にサンタさんに頼むプレゼントを考えてたのに。

 全部、失ってしまった。何一つ、護れなかった。

 俺の能力が、もっと強ければ。こんな神様の悪ふざけとしか思えないようなしみったれた能力でさえなければ、護れたかもしれないのに。

 そんな自分の無力さが、何よりも憎い。

 なんで自分だけ、生き残ってしまったんだろう。

 お母さん、お父さんと一緒に『いってたら』、こんな気持ちにならずに済んだのに。

 こんな惨めな思い、しなくてもよかったのに――

「こら、捧」

 ぺちっと額を叩かれ、俺は我に返って目を開く。

 テーブルに身を乗り出したきょーこさんは、慈愛と、哀しみと、ほんの少しの怒りと、よく分からない何かがないまぜになった表情をしていた。

「捧ったら……いえ、みんな、こんなこと考えてたでしょ~。『自分のせいで家族が死んじゃったんだから、もう生きててもしょうがない』……とかね」

「………………!」

 完全に見透かされていた。

 驚く俺をよそに、きょーこさんは俺達の顔を一人一人見渡し、口を開く。

「一つ言っておくけど、あなた達の誰かが死んだら、おかーさんすっごい泣くわよ」

 きょーこさんの言葉に、いつもの柔らかさや温かさは含まれていなかった。

 重く、鋭く、どこまでも真っ直ぐな言葉が、俺の奥に突き刺さる。

「あのね、命っていうのは、自分だけのモノじゃないの。生きているだけで、そこに居るだけで、自分以外の誰かと繋がりが出来ちゃう。自分の大切な人が死んじゃったら、辛いでしょう?それはここに居るみんななら、よく分かってるはずよ」

 それまでずっと、地震のことや俺達の家族については触れまいと、俺達の傷を抉ろうとはしなかったきょーこさんから発せられたその言葉は、俺達に涙を流させるのには十分すぎた。

 そうまでしてでも、きょーこさんは伝えたかったのだろう。

「死ぬってことは、今度はその辛さを、悲しさを、自分以外の誰かに背負わせるって事になるのよ。だから勝手に死ぬなんて、命を独り占めするようなことはしないで。まだ出会って一週間だけど、でも――」

 おかーさんは、みんなが大好きなんだから。

 きょーこさんはそう締めくくり、再び席についてご飯を食べ始めた。

「ほら、せっかく揚げたてなんだから、みんなも温かいうちに食べちゃいましょ~」

 さっきまでの雰囲気を一掃しようと、きょーこさんがあからさまに明るい声を出した。

 きょーこさんに言われるがまま、俺達は箸をとる。

 そして無言の食事が終わると、俺の足は自然と二階の薙の部屋へと向いていた。

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                   ▼

「入るよ」

 どうせ返事が無いことなど分かり切っているので、そのまま薙の部屋のドアを開ける。

 カーテンを閉め切り、電気もついていない薄暗い部屋の中、薙はベッドの上で膝を抱えてうずくまっていた。

 部屋の中には、ベッド以外何も無い。自宅から何か持ってくるなんてできっこなかったし、ただでさえ非常事態で物資が足りていないのだから、部屋の中に物が溢れているなんてことは有り得ない。

 そう、今眼前に広がっている光景は、当たり前と言えば当たり前なのだ。事実、俺の部屋だってこの部屋と同じくらい殺風景だ。

 それでも。

 それでも、空っぽの部屋の中、一人でうずくまる薙を見て、激しく心が締め付けられた。

 まるで、薙の心の中そのものを覗いてるようで。

 まるで、『これが今のお前達だ』と見せつけられているようで。

 立ち止まってしまった。

 ――ダメだ。こんなの、勝てっこない。

 途轍もない無力感と絶望が、一瞬だけ俺の心を塗りつぶした。

 でもそれは、やっぱりほんの一瞬で。

 やたらと重い足を上げ、俺は薙に向かってゆっくりと歩き出した。

 ここで退いたら、俺もああなっちまう。

 ここで退いたら、死んじまう。

 俺の足を地面に縫いつけようとする本能を、理性でねじ伏せながら、俺は一歩ずつ歩く。

 そして長い長い道のりの末、ようやくベッドの側まで辿り着き、一言。

「……となり、すわるよ」

「……………………」

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 ……我ながら、笑えない冗談だった。

 無言という名の拒絶をあえて無視し、俺はベッドの上に昇って薙の隣に座り込んだ。

 相変わらず、薙はこちらを見ようともしない。

 沈黙に耐えかねた俺は、とにかく何でも良いから意志疎通を図るために話しかけた。

「ごはん、たべないの?」

「……………………」

「からあげもたまごやきもおみそ汁も、すっごくおいしいよ」

「……………………」

「きょーこさん、薙の分とっといてくれてるから、食べに行こうよ」

「……………………」

「……ごはんたべないと、死んじゃうよ?」

「…………………………………………………………………死んじゃっても、いい」

「……………………」

 今度は俺が黙る番だった。

「……死んだら、おとーさんに会えるもん」

「……………………」

 ――折れるな。ここで折れたら、終わりだ。

 そう自分に言い聞かせ、俺はカラカラになった口を無理矢理開く。

「じゃあ死ねば?」

 この言葉は意外だったのか、薙はようやく顔を上げ、深いクマの出来た双眸を俺に向けた。

「……え?」

「死ねばいーじゃん。どうせそんなことしてもムダだけど」

 虚ろな、視線が突き刺さるのにも構わず、俺は眼前のメルヘン女に現実を突きつける。

「そんなことしてお父さんに会って、どうすんの? 薙のお父さんは、自分のこどもが死んでくれたらうれしがるような人なの?」

 薙は、答えない。

 虚ろな目にジワジワと怒りを滲んでいくのを感じ取りながら、あえて俺は続ける。

「お父さんに会いたいんなら、いっしょうけんめい生きて、たくさんわらって、こっちでおみやげ話をたくさんつくってからじゃないと、お父さんに会ってもよろこんでくれないとおもう……っ!」

 そこで俺の言葉は断ち切られた。

 人形のように固まっていた薙が、突然俺を突き飛ばし、馬乗りになったのだ。

 大粒の涙が、音を立てて俺の胸に落ちる。

「生きろって……」

 薙は小さく呟いた後、大きく息を吸い、叫ぶ。

「生きろって! どうすればいいのよ!? ずっとおとーさんといっしょだったのに! おとーさんさえいればそれで良かったのに! おとーさんがいなかったら、もう生きてる意味なんかないもん! こんな辛いだけだったら死んじゃったほうがマシよ!」

 悲痛な涙声が、俺の耳朶を打つ。

 薙の叫びは、本当に悲しくて、痛ましくて、必死で――

 だからこそ、俺はそこに付け込んでしまった。

「じゃあおれが! 生きる意味になってやる! おまえがいっしょにいたいって思えるような、おまえにとって大切な人になってやる! だから――」

 だから。

 だから、何だって言うんだ。

 俺が薙の心の空白を埋められるとでも、俺が薙のお父さんの代わりになれるとでも、その時の俺は本気で思っていたのだろうか。

 ――いや、その時の俺は、そんなことはこれっぽっちも思っていなかった。

 俺はただ、俺を必要としてくれる人を、俺に生きる許可をくれる人間を求めていただけだ。

 俺は薙を救いたかったのではなく、『この子に必要とされてるんだから、自分はまだ死んじゃダメだ』という言い訳を手に入れようとしていただけだ。

 俺はただ、薙の想いを、この世にぶら下がる為の鎖にしようとしていただけだ。

 だから、本当に良かった。

 俺の言葉を、薙が殴ってでも止めてくれて。

「ぅうるッさああああああああああああああああい!」

 薙が拳を振り上げ、最高打点から一気に俺の顔面目がけてそれを叩きつける。

 視界が薙の拳に覆われた次の瞬間、メリッ、と何かが潰れるような音が、俺の頭の中に直接響いた気がした。

 鉄のような匂いと、鼻を殴られたとき特有の鈍痛が俺に襲いかかる。

 目眩がするほどの激しい痛みに耐える俺に、薙は続けて拳を振り下ろす。

 何度も。

 何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何何度も――

 瞼が切れたせいで視界まで血に覆われ、鼻と口から絶え間なく食道に血が流れ込むせいで呼吸もままならない。

 でも、ここで負けを認める訳にはいかない。

 この女に、一撃お見舞いするまで、絶対に。

 何発、いや、何分薙の拳に耐えただろうか。

 遠のきかけた意識をたぐり寄せると、ぼやけた視界に、俺の血にまみれた両手で顔を覆い、泣きじゃくる薙が映った。

 攻撃してくる様子は無い。

 ――今だ!

 俺は薙の体を引き倒して抱き寄せ、転がるようにして俺と薙の位置を入れ替えた。

 今度は俺が上、薙が下のマウントポジションだ。

 薙は抵抗しない。

 全身を弛緩させ、光の宿っていない目からダラダラと涙を流すだけだった。

「もういいよ……死なせてよ……」

 半開きになった薙の口から、言葉が溢れ出る。

「あたしの人生は、もうバッドエンド決定なのよ……これから先、どれだけ良いことがあっても……そんな人生なら、今ここで……」

「ッざけんな!」

 バッドエンド決定?

 薙の――いや、俺の人生が?

 そんなの、認められるか!

 俺は薙の胸ぐらを掴み、真正面から薙を見据える。

 血と涙の混じり合った液体が、俺の顎を伝って薙の頬に落ちた。

「なんだよ、バッドエンドって! おれたちは生きのこったんだよ!? まだ幸せになれるチャンスはあるんだよ!? こんなところであきらめて死んじゃったら、それこそほんとにバッドエンドのまんまおわっちゃうじゃんか!」

 今になって思い返すと、まだ六歳だったことを差し引いても、あの時の俺が言ってることはメチャクチャだった。

 だってそうだろ? 泣いてる女の子を励ましに来たはずが、勝手にその子に自分自身を投影して逆ギレしてるんだぜ?

 ま、どれだけ過去の自分を恥じたところで、俺の謎説教はまだまだ続くワケだけどな。

「おれは負けない! 絶対に! もう一度幸せになってやる! そんでおれがおまえを幸せにしてやる! 『もう生きてる意味なんかない』なんて、二度とおまえに言わせない! だから――」

 ……本当に、何を言ってるんだろうな、俺は。下手すりゃあの時、薙に殺されててもおかしくなかったんじゃねぇのか?

 俺の言葉は全部、自分に向けられたものだった。

 思い出すだけでも反吐が出る。

 そう、あの時の俺は、ただ自分を救うために自分に酔っていただけだった。

「……おい、薙?」

 かなり気合いの入った口上を述べたにも関わらず、薙からの反応は無い。

 そこでようやく、俺は薙の異変に気付いた。

「薙? おい、どうしたんだよ!?」

 慌てて薙の体の上から退き、やせ細った体を抱き起こそうとするが、薙の体は完全に弛緩しきっており、子供一人の腕力では抱え起こすことは出来なかった。

 薙の呼吸が激しくなり、みるみる顔から血の気が引いていく。

 素人目に見ても、瞬時にヤバイと分かる状況だった。

 どうする、どうする、どうする!?

 とにかく、きょーこさんを――っ!?

 立ち上がろうとした俺の体が、下に引っ張られる。

「な、なにしてんだよ薙! はやくきょーこさんを呼ばないと!」

 薙は、最後の力を振り絞るように、俺のシャツの裾を握りしめていた。振り解こうとしても、まるで指先が鋼になったように、シャツを巻き込んだ拳を解かない。

 薙がゆっくりと首を振り、微笑むように目を細める。

 何だよ、その顔。まるで今から死ぬって分かってるみたいじゃねぇか――


 あ り が と


 蒼白になった唇が、そう告げるようにかすかに動いた気がした。

「ッざけんじゃぁねええええええええええええええええッ!!!」

 もう、イヤだ。ここで薙に死なれたら、俺はもう――!

 俺は小さな苺大福を右手に出現させ、無理矢理薙の口の中に押し込んだ。

 この時の俺は、『お腹が減りすぎてヤバイんだ』ぐらいの認識だったのだが、後々調べてみると、極度の空腹時に激しい運動をしたことにより、ひどい貧血を引き起こしていたらしい。場合によっては心臓麻痺を引き起こしてたかもしれなかったようだ。

 しかしそんな知識のない俺は、とにかく薙に何か食べさせようと躍起になるだけだった。(結果的に、その対処法は間違いではなかったっようだが)

 だが、薙が顎を動かす気配は無い。

 そもそも、まともに喋る力も残っていないような人間に、自力で苺大福を食べろという方が無理があったのだ。

 ――クソッ、こうなったら!

 俺は薙の口から苺大福を取り出し、何の躊躇もなくそれを自分の口の中に放り込んだ。

 柔らかな餅の食感と、こしあんの甘さ、苺の酸味が口一杯に広がる。

 口内で苺大福が流動食のようになったのを見計らい、俺はそのまま身をかがめ、薙の唇に自らのそれを重ね合わせた。

「――っ!?」

 生気を失っていた薙の目が一瞬見開かれたが、それに構っている余裕は無かった。

 薙の唇を舌で割り開き、唾液と混ざり合ってもはやペースト状になってしまった苺大福を、懸命に薙の口へと送り込む。

 こくり、こくり、と薙が苺大福を飲み下す音が、やけに生々しく室内に響いた。

「っぷはぁっ!」

 一分ほどかけて苺大福を飲ませた俺は、唇を離すと同時に大きく息を吸う。

 薙はというと、若干表情に生気が戻った気がしないでもないが、なんだかぽーっとして心ここにあらずといった様子だ。

 ならばもう一回――

「ぇあ、ま、まって! もう大丈むぅっ!?」

 再び苺大福を口に含んだ俺を見た薙が何か言っていた気がしたが、お構いなしに二度目のキス、そして口移し。

 大分元気が戻ったのか、じたばたともがく薙の後頭部に手を添え、離れないようにガッチリ押さえつける。

 必死に閉じようとする薙の唇を舌でこじ開け、ドロドロにとろけた苺大福を流し込むと、今度は流し込まれたそれを舌で押し返してきやがった。

 そこで俺は、薙の必死の抵抗をこう理解したワケだ。

 ――こいつ、何か食べなきゃいけないのにこんなに抵抗するって事は、やっぱり死ぬ気かよ!?

 ………………うん、ホント、言い訳がましいかもしれないけど、人間ってテンパったらアホになるんだよ。

 薙の抵抗を曲解した俺の暴走は、もうとどまるところを知らなかった。

 俺の口の中にまで侵入してきた薙の舌を押し戻し、それと同時に苺大福を舌で押し込む。

 当然薙は抵抗したが、上から覆い被さっている俺には重力という心強い味方がいたため、勝負|(?)はあっさりと決着が付いた。

 口の内容物を全て飲み込ませたことを確認し、ゆっくりと唇を離す。

 薙の頬はほんのりと朱に染まっており、惚けた目で荒い呼吸を繰り返す姿は、なんというか、その……凄く、色っぽかった。

 別の意味で高鳴り始めた鼓動を隠そうと、苦し紛れの笑顔を浮かべながら、わざとらしく一息つく。

「よかった、かおいろ、すっごく良くなっだぷぁっ!?」

 殴られた。割とガチの張り手だった。

「なっ、ななっ、なにしてんのよあんたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 俺をはねのけた薙はまたも俺に馬乗りになり、今度は側の枕を掴んで叩きつけてきた。

 両手を顔の前でクロスさせて枕の猛攻を防ぎながら、なんとか俺は弁明を試みる。

「だ、だってあのままじゃ薙が死んじゃうかもって思って……」

「あたしはいま死ぬほどはずかしいわよ! ああああああああああなんてことしてくれんのよファーストキスだったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「ご、ごめっ、ごめんって! わかった! せきにんとるから!」

「せっ、せきにんとるって……!」

 あ、要らんこと言ったな、俺。

「♯¶♪◯※‰∠≪@☆♂×♀――ッ!!?」

「ちょっと! あなた達どうしたの!?」

 およそ人間の物とは思えない奇声を聞きつけたきょーこさん達が、ドアをフッ飛ばさんばかりの勢いで入ってきた、のだが……

「せきにんって! せきにんってどーいうことよ!? まさかあんた、あたしとけっ、けっ、けっこん、とか……」

「あのながれでせきにんとるっつったらそれしかねーだろ! いやならいやってハッキリ言えよ!」

「え、あ、うぅ、その、いや、とかそんなんじゃなくて、そんなんじゃないけど……ああああああああもうとりあえず死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「いだっ、ちょ、だから枕でなぐるのやめろって! 地味にいたい!」

 俺達のやりとりを見た四人は、呆気にとられて固まっていた。

 ま、あんだけしょぼくれてた薙がこんなに劇的ビフォーアフターすりゃ、無理もない反応だけどな。

「あらあら、捧ったらやるわね~。おかーさんに出来ないことを平然とやってのけちゃうんだもの。そこに痺れる! 憧れるぅ! そしてちょっとだけ妬ましい!」

「なァ、もしかして捧、すっげェヤツなんじゃねェの?」

「……もしくは、ただのバカか」

「このじょうきょうを目にしてなんでそこまでなごやかなふんいきでいられるの!? はやくたすけてよこのままじゃおれ、ホントに死んじゃうって!」

 依然として枕の雨を一身に受け続けながら助けを求めるが、一向に救いの手を差し伸べる気配は無い。

 と、そこで部屋に入ってからなにやらうずうずしていた遊兎が、

「二人だけずるい! ぼくもまざるぅー!」

 などとのたまいながら、ベッドに跳び乗ってきやがった。

「お、いいところにきたわね! えーと、遊兎、だったかしら!? これからこのセクハラ野郎にばつをあたえるから、あんたもてつだいなさい!」

「なんかよくわからんけどおれもやるぜェ!」

「……おもしろそう」

 それに触発されたように鉄馬と満月まで乱入し、もうベッドの上はしっちゃかめっちゃかの大混戦だった。

「こらおまえら、四人がかりはずるいだろ! やめろぉ! おれの両手両足を一人一本ずつつかんで前後左右にどうじにひっぱるなぁぁぁぁ! あ、ちょ、遊兎おまえどさくさにまぎれてどこさわってんだ! その穴はそういうふうに使うものじゃねー! きょーこさん! ヘルプ! ヘェァァァァァァァァァルプッ!!!」

                   ▼


                   ▼

 うん、何度思い返してみても、やはり俺にとって、あの日の自分はちっぽけで卑小で矮小で些末でトリビアルにしか思えなかった。

 客観的に見れば、確かに俺は一人の少女を、薙を救ったのかもしれない。

 でも主観的に見れば全くそんなことはなくて。

 俺はただ、自分を救おうとする過程で偶然薙も救ってしまったというだけだった。

 並の神経の持ち主なら、自己嫌悪と羞恥心で自ら死を選んでいることだろう。

 それでも、俺はまだ生きている。

 きょーこさんの言葉と、結果的に薙を救ったという事実。

『俺が死んだら、あいつらが悲しむ』

『俺は薙を救えたんだから、俺には、俺の右手には価値がある』

 そんな安っぽい言い訳とプライドにしがみついて、俺はまだこの世にぶら下がり続けている。

 そして俺は、この命が続く限り、この自己嫌悪と向き合い続ける。そのために、俺は生きていく。

 これからも、ずっと、ずっと。

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