In the fourign forest-3
「起きろ!アリシア!」
そんな怒声と同時にアリシアはまどろみの中にあった意識を現実に引き出す。まず目の前に移ったのは異形の獣。瞬間で彼女は地面を転がってテントの外に転がり出た。
外では早くもアルが長剣を振るって数匹の獣をけん制しており、それに守られる形でエリーが弓を放っている。が、獣は動きが素早く放たれた矢を寸前で回避して見せていた。
「アリシアちゃんはどっかに隠れてて!」
エリーが目ぐるましく弓を動かしながらアリシアに指示をだす。一瞬気のそれた隙を狙ってハンターディンゴが飛びかかったのは次の瞬間であった。
「エリー!!」
ロンバーが突き飛ばそうと走り出すが他のハンターディンゴに囲まれて動けない。アルも同じで、エリーは、ハンターディンゴに喉笛を食い破られるしか選択肢がない。
迫りくる白い牙に、死を覚悟したエリーは目を閉じた。
しかし…いつまで経っても痛みは襲ってこない。
おそるおそる目を開けてみると…目前には、テントの隅を固めていた鉄製のピンでハンターディンゴの顎を串刺しにしているアリシアが見えた。
致命傷にこそなってはいないが、口を串刺しにされているのはさぞ痛かろう。アリシアがピンを手放すと全速力でそのハンターディンゴは逃げ出した。
「あ、ありがとう、アリシアちゃん…」
「…ん」
短く返事をするとアリシアはエリーの腰元に手を伸ばし、つるされていたナイフを引き抜いた。
「あ、ちょっと!?」
「借ります」
それだけ呟いてアリシアは目を疑いたくなるような速度で、走り、アルの後ろから飛びつこうとしていた一匹の胴体にナイフを突き立てる。
甲高い悲鳴を上げて墜落するハンターディンゴには目もくれず、次の獲物に向かう。
今のアリシアは戦闘状態に移行し、いつも以上の無表情になっておりオッドアイは氷のような冷たさを宿している。
だがそれでも、殺さない程度に痛めつけるあたり、彼女らしさが出ているのかもしれない。これがほかのICナンバーであれば問答無用で殺していたであろう。
その時、アリシアの左右より二匹ずつのハンターディンゴが突っ込んできた。一匹ずつならまだ何とかなったかもしれないがさすがに同時攻撃で二体ともなると難しい。
かまれることを覚悟で一方のハンターディンゴに向き合うアリシア。
「ふっ―――!」
鋭い呼気と同時に手刀で一匹の喉を叩き潰し、もう一匹をナイフで切り付ける。だが後方の二体の対処ができていない。振り向いたとしても迎撃が間に合わない。
しかし、
「ぬおおりゃああ!!」
ごつい掛け声と同時にロンバーが大剣を一振り。二匹をまとめて胴体から両断した。
「…ありがとうございます」
例を言うアリシア。そんな彼女にロンバーはニッと男臭い笑みを投げかけた。
アルの方もなかなかの善戦をしていた。左手の小手は分厚い革でできており、これで攻撃を受けることによって臨時の盾としている。
所詮、ハンターディンゴもオオカミのような見た目なのでその実攻撃方法は噛みつく以外に持っていないと言って過言ではない。
それ故突進に頼るしかない攻撃などアルにはたやすく読めてしまうのだ。
「はあっ!」
数匹を地面に切り伏せながら左手を構える。予想通り突っ込んできた一匹の牙を小手で受け止めてそれでさらにもう一匹を空中で殴打する。
さらに後方よりエリーの弓による援護で、殴られた方と噛みついてきたハンターディンゴを貫通し、気に縫い付ける。
どちらもすさまじい技量であった。
程なくして数を激減させたハンターディンゴはうかつに飛びかかることをせずに四人を取り囲
む行動に出る。こちらも囲まれてしまえば動けないのは同じで、四人とも背中を向けないように
固まってそれぞれ武器を構える。
「……」
「グルルルル……」
どれぐらい、にらみ合っただろうか。
しびれを切らした一頭が取り囲む輪の中から飛び出し、エリーに突撃をかける。だがそんな真
正面からでは簡単に迎撃されるにきまっている。
エリーは一切呼吸を乱すことなく矢をつがえ、その頭を一撃で射抜いた。
それを契機にほかのハンターディンゴたちはキャンキャンと叫びながら四人から逃げ去って行
った。
「ふぅ…」
周囲に特に危険ナシ、と判断したアルが構えていた長剣をおろし、ため息をつく。それに従っ
てほかのメンバーも武器をしまった。
アリシアは持っていたナイフをそこらへんの草で血払いしてからエリーに渡す。
だがエリーは険しい顔をして、ナイフを受け取ろうとしない。
勝手に借りてしまったことを怒っているのだろうか。
「…ねえ、アリシアちゃん。あなたは何者?」
険しい表情のままアリシアに問いかけるエリー。質問の意味がよくわからずアリシアはきょと
ん、と首を傾げる。
「同感だ。…お前ぐらいの少女がハンターディンゴを殺さずに行動不能にするまでの戦闘能力
を持っている…普通はありえんぞ」
ロンバーまでがそんなことを言ってくる。どうやら自分が彼らの前で披露した数々の高等な体
術をアリシアが習得しているはずがないと思ったらしい。
「…それに、君が乗ってきたという乗り物。流石にこれは僕たちの技術で作れるものじゃない
ことぐらいはわかるよ。…君は、何者なんだい?」
詰め寄るようにアルが一歩踏み出す。
あまりにもわかりやすい疑惑の感情をむき出しにされ、一歩後ろに引くアリシア。それをふさ
ぐようにロンバーが後ろに立ちふさがる。
「正直黙っていたかったのだけど…もう無理よ。答えて頂戴」
……この際、どうやっても逃げ道はなさそうだった。
アリシアは、手早く話そうとして…言葉が喉の奥から出てこない事に気が付く。自分は神の模倣です、と話すことができない。そもそも話したところで信じてもらえるわけがないだろう。では私は地球人の兵器ですとでもいうか。そんな事、絶対に言えるわけがない。自分はもう兵器なんかではない。アリシア・エルロードという人間なのだ。
そう。兵器なんかではない…と思いたい。
だが、こうして自分の戦闘能力について問われている限り、自分は人間とは思われていないのだろう。
所詮は人の姿をした兵器なのか。
喉の奥に出かかった言葉は嗚咽として、悲しみとして外にあふれ出た。
「アリシアちゃん…?」
急に泣き出したアリシアに驚くエリー。
それでも、アリシアはなんとか喋ろうと必死に言葉を紡ぐ。
「私…は……人じゃ…な…」
「そんなに、嫌な身の上があるなら言わなくてもいい」
「…え」
予想外のアルのセリフに驚くアリシア。
アルは何か言おうとしたエリーを片手で制し、いつものさわやかな笑みを浮かべてつづけた。
「別に、無理やりにでも君のことが知りたいわけじゃない。嫌ならいい」
「アル、それじゃ」
「皆もわかるだろ。左右の目の色が違う人間はエルスにはいない」
エリーが凸ピンでもくらったかのような顔をして黙る。流石にアリシアも何が何だか分からなくなってきた。
「…昔から伝わる伝承だけどね。エルスの神は皆オッドアイなんだよ。だから、僕たち人間にはオッドアイはいない。…だからこそ、君の正体が知りたかったんだ」
「……」
どうりで、神の模倣と呼ばれていたわけだ。すっかり泣くのも止まって納得するアリシア。
「でも、僕は君を僕たちと同じ仲間として扱う。君は、人間の女の子だ」
すっと手を差し出すアル。
険しい顔をしていたエリーとロンバーもアルの様子に苦笑してお互いに肩をすくめていた。
実のところ、アルはものすごいお人好しなのだ。狩人は助け合いが基本と言っても必ず相手に何かしらの代償を求める。だがアルは無償で助ける。
損もいいところだが、エリーもロンバーもそんなアルの性格が好きだからついていっているのだ。
アリシアの正体がなんであれ、同じ仲間として認める。アルだからこそできた芸当ともいえるだろう。
アリシアは二人目の理解者を見つけられたことで、うれしさのあまりまた泣き始めるのであった。
ある程度落ち着いたところで四人はやや遅めの朝食をとることにした。もちろん食事前の歯磨きはすましてある。長旅で自分の体を清潔に保たないことは自殺行為に等しいのだ。
昨日と同じ缶詰と栄養ゼリーパックとジュース。さすがに二回目ともなると初めて食べた時の感動は薄くなるのだろう。
もともとおいしくないことも少なからず助長しているに違いない。
「…アリシア」
「はい」
食事中にアルに名前を呼ばれ、アリシアは彼の方を向く。
「このコンテナの中の食料は何日ぐらいもつと思う?」
「……たぶん、一週間は」
ホバートラックの容積の半分以下しか詰まっていなかったためにこれぐらいが妥当だろう、と判断するアリシア。実のところ本当は容積の半分以上を占めているものが入っていたのだが。
仮にすべて食料で埋められていたならば四人でバクバク食っても一か月は持ったことだろう。
アルは、そうかとつぶやくと右手の串に刺した燻製肉をかみちぎって咀嚼し、飲み込んでから話し出した。
「僕たちは狩人だけど、狩人はべつに狩りだけをするわけじゃない。探し物をしたりもするんだ」
「そう、こんな森の中に兵器を取りに来たりな」
「兵器?」
アリシアの中には漠然とあれだろう、と予想は出来上がっているのだが確証が取れなければ信じれない。
「……古代兵士だよ」
予想通りの答えだった。古代兵士とはつまるところ、地球人がインヘリタンスと呼んでいる機械人形のことである。侵略されているエルスの住人にとってはそれが切り札になりうるために回収するよう国からでも命が出ているのだろう。
「それが、この森にあるんですか?」
「そういう情報だからこの森に来たんだけど…迷っちゃって」
あはは、と能天気に笑うアル。
「そこにアリシアに出会った訳だ」
「そうですか…」
「ねえ、何か古代兵士を見つける手段とかないかしら?あのホバートラックとかにないの?」
ふむ、とうなづいて考えるアリシア。
自分を認めてくれる相手からの頼みだ。断れるわけがない。
アリシアはしばらく考えていたが唐突にホバートラックに搭載されていた機能を思い出し、叫んだ。
「音響探査システム…!!」