In the fourign forest-2
「よいしょっと…」
とりあえずまともに動けない少女をアルがお姫様抱っこをして持ち運び、ロンバーが前衛を、エリーが後衛を担当することにする。陣形的には一列で、アルと少女を全力で守る…といった形だ。
自分の乗ってきた乗り物に食料は少なからず詰め込まれているはず、と答えた少女を三人は信用することにして少女に道案内をしてもらうことになった。
お互い、危機的状況なのは変わらないため、まず嘘をつけるわけがない。そもそもついたところで少女は自分一人では動けまいし、なんの利益もない。
そのため、三人はいわゆる信用商売をした。
理由はもう一つ、ある。それは、少女の瞳…である。
左右で色が違う人間はこのエルスには誰一人として存在しない。金色、紫色、銀色と地球人にはいないような瞳の色を持つものはたくさんいるがそれでも左右の瞳の色が違う人間はいないのだ。
そう、人間にはいないのである。
つまるところの神…と呼ばれる者たちが、オッドアイを持つ…とエルスの人間達には伝承として広まっている。
そもそも記録間違いかもしれないし、所詮伝承のために信憑性も薄いが今まで三人ともオッドアイの人間に出くわしたことはない。
怖いものみたさ…に近い心境だったがために、彼らは少女を信じたのだ。
「あっち」
時折指をさす少女に従って三人は進行方向を変えていく。一見すると適当に指をさしているようにも見えるが、先ほどまでのアルのようにあてずっぽうに歩いているわけではないのが唯一救いか。
そして、ついに目の前に少女の言う乗り物が現れた。
「なに、これ……」
少なくとも、自分たちの星の技術で作られるものではない。なぜならそれは、ホバートラックだったからだ。
ずんぐりむっくりの長方形、という比喩が一番適切な形状をしているホバートラックに三人はこわごわとちかづく。どうみても生物とは思えない形をしているが、だからこそ余計に警戒してしまう。
「後ろのコンテナを」
「コンテナ?…これか?」
聞きなれない単語を平気で呟く少女に疑問を覚えながらもロンバーは取っ手らしき隙間に手をかけ、いつでも距離をとれるように体をできるだけ離した体勢でコンテナを開けた。
もちろん、何も起こらない。
ビビッてロンバーは二メートルぐらい後ろに跳び下がったが全くの無意味である。
「ぷっ…」
「ださ…」
「うっせえぞお前ら!!」
その阿呆極まりない光景にアルとエリーはたまらず笑い出す。
照れ隠しにロンバーは無造作にコンテナの中に手を突っ込み、適当なものをむんずと掴んで後ろに放り投げていった。
ごろごろところがる平べったい金属的な円柱。缶詰である。
それと木でも金属でもないやたらやわらかい四角柱。紙パックのジュースだ。
その他栄養剤とかを適当に放り出してロンバーはコンテナを閉めた。
「なんなんだこれは」
「缶詰です。最新式だから缶切りを使わなくても開けられます」
差し出された缶詰を受け取り、プルタブを起こしてそれを引き上げる少女。缶詰の中身は何かの肉の燻製だったらしく、独特のにおいが周辺に広がる。
「これは…肉だ…」
「食料ね…!」
「やった、これで、生きられる!!」
うおおおおおおお、と歓声を上げ、狂喜乱舞を繰り広げる三人を傍目に、少女は引っ張り出した栄養ゼリーパックを加えてじっと見ていた。
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流石に最後の食事の量では満たされていなかったのか、少女から缶詰の開け方を教わり、尋常ならざる勢いで食べ始める三人。調味料の味が濃い、そこまでうまくもない代物なのだが、もはや餓鬼に近い彼らにとっては関係のないことか。
少女はこっそり、コンテナから引っ張り出した注射器をばれないように服の上から注射した。中身は治療用のナノマシンである。三人を導いたのはナノマシンのついでだった。
ちなみになぜ彼女がホバートラックから離れたところにいたのかというと会話が聞こえたので、隠れなくてはならない、と思ったからである。だが、大けがが災いし、吐血して気絶してしまい、三人に助けられた、というわけだ。
じわり、と熱いなにかが体の中に行き渡る感覚を覚える。ナノマシンは温度が体温よりやや高いためにそう感じるのだ。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
ようやく爆食のペースが落ち着いたのか、そんなことをいうアル。少女は君、と呼ばれて彼のほうを向いた。
「僕はアル。アル・クロスロード」
「私はエリー・マスよ」
「ロンバー・シュワッツだ」
アルに続いて自己紹介するエリーとロンバー。やや、時間をおいて脳内で彼らの名前と、顔を一致させると少女は手元の缶ジュースを一口飲んでから喋った。
「アリシア。アリシア・エルロード。私の名前です」
「なんか、ごついな」
「ごつくない!!」
少女―――アリシアはキッと、鋭く、茶化したロンバーを睨み据えた。
たまらずロンバーは肩をすくめて平謝りする。だがやはり、なぜアリシアに怒られたか理解できないようでエリーやアルに視線で問うていた。
「…いい名前だと思うわ、アリシアちゃん」
この手のタイプは素直に相手の名前をほめたほうがいい、そう判断したエリーが言う。もちろんお世辞ではなく、本心からである。
「…ありがとう」
アリシアは例にもれず無表情であったが、そこははかとなく、嬉しそうだった。なにぶん、アリシアの話し相手で、よき理解者であるユージがつけてくれた名前だからだ。
久方ぶりに名乗る名前でアリシアはユージを思い出し、無意識に研究所のあった場所を見つめる。前々から彼には脱走を示唆することを言われていたがいざ、実行するととても寂しく思われた。
いくら自由になれるからと言ってユージと長い間会えないのは嫌だ。だが、逃げ出してしまった以上もう研究所には戻れないし、仕方がない。
思わず、ため息が漏れた。
「どうした?」
流石に今のは変だったのか、アルが眉をひそめてアリシアに問う。アリシアは適当にかぶりを振って誤魔化すことにした。別に彼らを信用していないわけではないが、ユージと自分のことを知られるのも何か嫌だった。
「そういえばこれ、乗り物なんだよな」
唐突にロンバーが立ち上がり、ホバートラックをゴン、と叩いてみる。硬質な金属の音がした。軍用ホバートラックだから金属装甲が張られているのだ。
「こんなもん、どう動くんだよ?重すぎるぜ?それに馬もいねえしよ」
どうやらこれを馬車の類と考えたらしい。無理もない。彼らはエルスの住人で、ホバートラックなど知る由もないのだから。
アリシアは片手をついて立ち上がってみる。治療用ナノマシンは早々に効果を表したらしく、腹部の痛みは行動を阻害するほど強くはなくなっていた。
「ちょっと、アリシアちゃん、大丈夫?」
割と本気な心配をするエリーにアリシアはうなづいて見せた。
だが体に無理をするわけにはいかず、ホバートラックを支えにして運転席まで入る。
運転方法自体はとても簡単だ。ハンドルの操作方法は基本。アクセルとブレーキの二つと空気噴射圧に注意すれば誰でも動かせる。
今回はロンバーが興味を示したので暇つぶしがてらに実演してみることにした。
ハンドル横の赤いボタンを押し、内部のエンジンを始動させる。自動発電式のために、さっきまでは0だったバッテリーが10ぐらい、回復していた。この程度ならば十分に動かせる。
レバーで空気噴射圧を上げ、アクセルを軽めに踏むとゆっくりとホバートラックが浮かび上がり、前に進んだ。
「すげえ…!」
驚愕の表情で感想を述べるロンバー。アルとエリーも同じ感じだった。
「……ん」
なんとなく気分がよくなって今度はレバーをMAXまで上げてみる。戦闘訓練中に半ば事故のような形で誕生させた曲芸を披露することにしたのだ。
アクセルを思いっきり踏み、急加速。
時速100を超えたあたりで思いっきりハンドルを回しつつブレーキを掛ける。
すると、横きりもみ回転でホバートラックは走行し、アル達の元へと停車した。
「…ふぅ」
「何ださっきの!?」
「造作もないこと」
「いや絶対ありえないから!」
などと、カオスな会話を一通り繰り広げる一同。アリシアからすればちょっと強めのGがかかるだけで、本当にそれ以外はたいしたことがない芸当である。
だが、それを人間業ではないとか言い出すエルスの住人にちょっと気分のよくなるアリシアであった。
次はためしにロンバーが乗ってみることになった。ホバートラックに最初に興味を向けたのも彼だから、という理由でアリシアは簡単に操縦をロンバーに教えてみる。
「ええと…この変なのがハンドルか。んで右のこれがアクセル…」
特に何も考えずアクセルをめいいっぱいまで踏むロンバー。もちろんそんなことをすれば急加速して大変なことになる。さらにドアも閉めていなかったため
「うおおおおおわっ!!?」
数秒に満たない時間でロンバーはあっという間にホバートラックから放り出された。
「ぶべっ!?」
華麗なる顔面着地を披露し、ぴくぴくと痙攣するロンバー。その様子に思いっきり腹を抱えて笑い出すアルとエリー。アリシアはというと、無言でホバートラックを回収し、二度とこいつには乗せてやるものか、と固く誓うのであった。
しかし、それでもエルスの住民の知的好奇心は尽きることなく今度はアルが乗りたいと言い出した。
「な、頼むよ。一回だけだからさ」
「………」
「ほ、ほら、そんな怖い目しないでさ。ロンバーみたいにならないから」
最後の一言でしぶしぶアリシアは引き下がり、アルは喜んで運転席に座る。さすがに今度は同じまねをされるわけにはいかないのでアリシアが助手席に座る形だ。というより最初からこうすればよかったのだが…
「これがアクセル…」
「優しく踏んでください」
ロンバーのように大胆に行こうとしたアルを止め、今度はきっちりとドアも閉めておく。フラグの回収はしっかりやらねばばるまい。
ゆっくりと、空気を噴射するホバークラフト。浅く踏まれたアクセルによって実に緩慢に進みだす。
「ハンドルを右に切って」
「斬るのかい?」
「そっちじゃないです」
文字違いに突っ込んでからアルの代わりにまわしてやる。サイドスラスターが空気を噴射して車体の向きがかわり、右向きに進みだした。
「おお…」
「こんな、感じです」
続けて簡単な進行方向転換を教え、今度はアルに運転させる。いまだつたない腕だがロンバーよりはだいぶまともなセンスをしている。早いうちにきっと運転になれるだろう。
そうこうしているうちに、ホバークラフト運転で一日を使いつぶすマイペース狩人三人組だった。