In the fourign forest
地球人が発見し、侵略を始めた惑星、エルス。人間にそっくりの生命体が生きているが文化レベルは中世程度なので服装はやや退廃的なものが多く、飛び道具も弓矢程度である。
そのため、彼らは危険の伴う狩りや、重労働である農耕に頼って暮らしていた。
特にエルスには巨大な動物や植物、凶暴なモンスターとも呼べる生命体が至る所に住み着いている。故に、狩りに行くときは大人数でも非常に危険が伴うのだ。
狩人は別名、冒険者とも呼ばれ、高額の報酬と引き換えに危険な仕事を行う者たちである。基本的に腕に自信のある猛者ぞろいでプロ集団の彼らだが…ごくまれに彼らでも失敗をすることもあった。
どこぞの森の中、重装備の男女三人が歩いている。先頭を歩くのが赤毛の青年で、長剣を腰に吊り下げ、皮製の簡素な防具を身に着けていた。機動力重視の格好ではあるが、逆に考えれば狩人でその装備は自殺行為に近い。つまり、この青年の技量がどれだけ高いのかがよくわかるのである。
やや後ろを歩くのが禿頭の男だ。浅黒い皮膚の上にごつい、金属製の前身鎧を着こみ、背には身の丈ほどもある大斧を背負っている。体格も非常に大柄で、この男なら巨岩を素手で殴って破壊できそうな、そんな印象だった。
そんな二人の二、三歩後ろをついていくのは三人の中で一番背の低い、女性であった。体格は細く、おおよそ格闘戦には不向き…と一見すればそう思うがよくよくみれば四肢はよく引き締まっており、さながら牝鹿を思わせる。
顔つきもよくすぐれており、美しさ、という評価基準で三人を比べれば間違いなくこの女性が大差をつけて一番だ。
ふと、禿頭の男が目の前の赤毛の青年に話しかけた。
「…おい、アル。道あってんのかよ」
「…僕に聞かないでくれよ」
どうやら迷っているらしい。それも、狩人が目に見えて疲れの表情を浮かべるぐらいに長く。
それもそうだろう、何しろ背中に荷物をしょって、さらに何日も森をさまよっていれば誰でもたやすくこうなる。
「もう無理。足がパンパンだよ…」
ついに、最後尾の女性がその場にしゃがみ込み、進むのをあきらめてしまった。
「エリー、頑張れ。歩き続けてればきっと辿り着くさ」
先ほどアル、と呼ばれた赤毛の青年は務めてさわやかな表情を浮かべてエリーに向き直る。対するエリーはぶすっとふてくされたような表情を浮かべてそっぽを向いた。
外見からしてすでに成人している容姿なのだが動作が幼い。完全に疲れ切っているらしかった。
「休もうぜ。流石に俺もきつい」
「…しょうがないか、ロンバーまでいうんなら」
仕方なく、アルもその場に座り込み、背負っていた荷物を下ろす。
流石は狩人、エリーはそそくさと手ごろな石を拾い集めて窯を組み立て、ロンバーは木の枝を数本拾ってきて紐を取り付け、回転させることのよって火種を作り、アルは簡単に食材を切り、肉は窯に、酢漬けの野菜は鍋に放り込んでいく。
同時調理によるきわめて短い時間で食事を作る、狩人ならではの技能だ。
貧相ではあるが、それなりに必要な栄養の取れる食事を三人でまだ火の残る窯を囲って食べ始める。
しばらくは誰しも無言だったが…唐突にエリーがぼそりと呟く。
「…ご飯、これで最後なんだよね」
「ブッ!?」
「ブフッ!?」
アルとロンバーが聞いた瞬間に吹いた。汚いがそれでも食器の中に吹いたあたりは食材を大事にしている…ということだろう。
ロンバーは深呼吸をしてから、ゆっくり、エリーに聞いた。
「ほんとかよ?」
「ええ。…もう手持ちは薬ぐらいしかないわよ」
「…うそだろ…そんなにこの森で迷っていたのか?」
アルはショッキングすぎる現実に、手を額に当てて宙を仰いだ。
今回、彼らが受注した依頼は国からのもので、報酬は高く、名声と金を求めていた三人は意気揚々とそれを始めた。
内容は、古代兵器、機人の捜索である。今までにも何度か狩人たちがやってきた依頼だが一回も成功した試しがないという。
本当ならばそこでやめておくべきだったのだろうが三人とも若く、加えてそれぞれの技量も高かったが故に慢心し…その結果がこの有様である。
「…ラフィとかここらへんに生息してないかな?」
「おま…道中一回も見なかっただろうが」
ラフィとは、エルスでの標準的な食用草食動物である。地球人からすれば、いわばウサギに近い外見をしている。
とりあえず三人は最後の晩餐を終え、今後をどうするか、話し合うことにしたが結局途方に暮れるばかりであった。
「Aランクパーティーが餓死で全滅とか、笑えないわ…」
うつろな笑みを浮かべて言うエリー。場の空気がさらに重くなる。
その時、彼らの聴覚に、ガサリ…と何かが動く音が捕えられた。
「!」
三人とも動きは素早く、アルは長剣を引き抜き、ロンバーは大剣を腰だめに構え、エリーは折り畳み式の長弓を矢をつがえた状態で持つ。
「……」
「……」
アルとロンバーはアイサインだけで動向を互いに伝えるとアルが先に前に出る。もうすでに彼らは音のした位置を割り出していた。
アルはゆっくりと片手で草をかき分け、例の位置に近づいていく。
…ふと、彼の動きが止まった。
ロンバーとエリーはそんなアルを怪訝そうな表情で見つめていたが手招きされて仕方なく近寄る。
「…うっそ」
そこには、およそ森林行には向かないような恰好をした金髪の少女が一人、倒れていた。
「…ケガをしているみたいだ」
アルは早速抱き上げた少女の口元を指す。
血でも吐いたのか、口元には赤黒い汚れがついていた。
「ってことは少なくとも内臓をケガしてるっつーことか」
「重症じゃないの!早く手当をしなきゃ」
基本的に狩人たちは協力なしでは生きていけない事すらも多々ある。この少女はアル達に助けられて運が良かったというべきだろう。
兎に角、大急ぎでテントを張り、寝床を整え、少女を横たえる。今しがた食事は自分たちでとってしまったのを申し訳なく思いつつも、少女のケガの様子を見ることとなった。
ちなみにアルとロンバーは見張り、という名目でテント外に追放されている。なぜなら気絶するほどのケガを負ったのならば服を脱がして素肌を確認しなければならないからである。そこは女同士のほうが一番いいわけで。
エリーはいったい何が面白くて着ているのかわからない袖のない白いコートのような服を外し、下に着ていた黒色の肌着をまくり上げる。
「…ふむ。貧乳ね」
テントの外で一瞬とんでもないことを口走りかけたエリーにぎょっとする男衆だったが今のは幻聴ととして聞き過ごすことにした。
「合格。…じゃなくて、この娘両腕に強い衝撃を受けたみたいね。この痣からすると折れててもおかしくない。…それと、腹部らへんに内出血を起こしているみたい」
「…崖からでも落ちたのか?」
的外れな意見をいうロンバーにアルはかくっ、と傾きかけた体を立て直して言った。
「この近くに崖はないだろ?」
「じゃ、木の上とか」
「なわけないでしょうが」
今度はテントの中のエリーから突っ込みが飛んできた。仕方なく二人は黙ることにして見張りを継続する。
エリーは続けて少女の体のあちこちを調べ始めることにした。気になる傷跡が幾つもあったのだ。たとえば腕についているこのなにかにえぐられたような跡。矢傷にも似ているが独特の鋭さがない。まるで回転した何かがかすったような奇妙な丸みがあった。
とにかく…今のところわかるのはその程度だった。エリーは少女の服を直してやり、擦過傷に傷薬を塗ってさらに両腕に包帯を巻いておく。
応急処置に過ぎないが安静にしておくぶんには十分だろう。
その時、少女がかすかに呻き、ゆっくりとその双眸を開いた。
(この娘は…!)
目、鼻、口がそろって人の顔は完成する。
吊り気味の瞳は右側が、エメラルドグリーン、左が澄んだ青空のようなサファイア。つまるところのオッドアイであった。
それはすっきりと整った洋風人形のような少女の容姿と相まって実に神秘的である。
「…」
どうやら寝ぼけているらしく、どこにも目の焦点が合ってない。この間にエリーはアルと、ロンバーをテントの中に呼んだ。
二人が入ってくる音で気づいたのか、いきなり起き上がる少女。
「うぐっ!?」
エリーが注意しようとしたが間に合わず、少女は腹部の痛みに苦鳴をあげて再び倒れこんだ。
それでも警戒心は全開の様子で腹部を片手で抑え、キッとオッドアイで三人を睨み据える。よく整った容姿なだけにどこか迫力すら感じられる。
「えっと…とりあず落ち着いてくれるかい?武器、外すからさ」
アルは務めて優しい笑顔を意識しながら自分の腰に吊った長剣を外して自分の後ろに置く。エリーとロンバーも彼がそうするのを見ておとなしく従った。
少女は寝転がった姿勢のまま、若干睨むのを緩めたがまだ味方だとは思ってくれていないようだ。
何か、話しかけようとしても少女の奇妙な眼光で何とも口を開きがたい。
微妙な空間が広がる中、唐突にぽつんと声が発せられた。
「…何故、助けたんですか」
小さくとも通りのいい涼やかな声。三人はそれが一瞬少女のものだと判断するのに時間を要した。
ぽかん、とする三人に少女は順に見渡して、もう一度同じ問いを繰り返す。
今度はアルが返事をした。
「助けてほしくなかったのかい?」
少女は無言。
続けてロンバーが話す。
「俺たちは狩人だ。お互いに助け合わなきゃ、すぐやられちまう。そんなところでケガしてくたばられてたら寝覚めが悪いんだよ」
「要は、気にするなってことよ」
簡易にまとめたエリーの言葉で少女はゆっくりとだが、うなづく。今のでそれなりに警戒心は解けたようでもう睨むような鋭い視線は向けてこなかった。
ここからがようやくスタートライン、とばかりにエリーは少女にケガの状況を教える。
「今のあなたの状況は結構まずいわ。まず、内臓の一部が損傷してて、迂闊にうごけない。加えて両手両足ともに相当なダメージが入ってる。この森でよく生きてたわっって言いたくなるぐらいよ」
この森は相当に強いモンスターが徘徊しており、防具も武器もない状態で入るのは全くの自殺行為と言ってもいい。見つかればまず素人では助からない。
なのにも関わらず、この細身で、筋肉などろくについていなさそうな少女が大けがを負ってまだ生きているのだ。どんなに運がよかろうとも生きているはずがない。
「……知ってます」
淡々と答える少女。本当にこのケガを苦痛ととらえているのだろうか甚だ疑問である。どこか人形じみた雰囲気の少女に気味悪さを覚えつつも安静にするように、とエリーは告げて話を終えた。
「…本当は何か食べて力をつけるのが一番なんだけどな」
「…なくなっちまったんだったか」
ため息が漏れる三人。せめて見つかるタイミングがもう少し早ければいくらか食べさせてやれるに違いなかったのに。
だがもう手持ちの食糧がないのは事実だ。遠からず早からず、この少女も自分たちと同じ運命をたどるであろう。
「…食べ物がないんですか?」
「ああ。そうだよ。…狩人なのに迷っちゃってさ。あはは…」
「アル、笑えないからそれ…」
しんみりした空気がテントの中に漂う。
流石にアルもトレードマークのさわやかスマイルを持続することはできず、暗い表情になってテントに座り込んだ。
しかし、運命は唐突に変わる。
「食べ物なら、ありますよ」
おずおずと言った少女に三人が怒涛の勢いで詰め寄ったのは次の瞬間であった。