穴
「こ、これを登るのか?」
「ええ。そうよ。」
俺の目の前にそびえたつ巨大な山は頂上は見えない。因みにいうが、ここに飛んできたときもかなりの高度を飛んできた時も、山の頂上は見えなかった。
「これ、高さどのくらい?」
「聞こえないわ。もう一回言って!」
ティムが叫ぶので再び俺は同じ質問を叫んだ。
別に俺の声が小さかったわけでも、ティムの耳が遠くなったわけでもない。周りがうるさすぎるのだ。
ガラガラガラ
ドォォォォォォン
ゴゴゴゴゴゴゴ
もう何なんだよ、ここ。もう雷って言っていいレベルでもない落雷が常に落ちている。いや、流石に氷と雷の山とは聞いてたけどさ。おかしいでしょ。
「この山の頂上は、標高約7キロくらいか、もしかしたら8キロいくかもしれん。」
落ち着いた声音の人間の姿に戻っているフォルド。何でフォルドの声は普通に聞き取れるんだ?
「儂はここで育っておるからな。雷に邪魔されずとも相手に言葉を伝えるコツがあるのを知っているのだ。」
その仕組みは気になるけど、取りあえずキースとやらの封印を解いて一度ベルシャークに戻ろう。
「では登っていくぞ。儂の後ろからはぐれるでない。ここは知識がなければ生き残れない。足元にはくれぐれも気を付けるようにな。」
しっかりと頷いて見せると、フォルドは山を登りはじめる。ティムは俺の肩にのって辺りをきょろきょろと見回している。遅れをとらないように俺もフォルドに続いて山を登りはじめる、が。
「うわっ、なんだこれ。」
「ちょと!しっかりしなさいよ。」
流石氷山。滑る滑る。
「こんなのどうやって歩けって言うんだよ!?」
「フォルドは平気そうに進んでるじゃない!それに、ソーマだって前は登れてたわよ!」
そんなもん知るか!
俺とティムの言い争いに気づいたフォルドが振り向いてアドバイスをくれる。
「足の指の付け根辺りに力を入れるのだ。儂が歩いているところは氷が柔らかくなっているところを選んでおる。儂の足跡をたどって、親指の付け根辺りで氷に傷をつけるようにして歩くのだ。そうすればきっと歩きやすい。」
フォルドの言葉に従ってみると、なるほど確かに歩きやすい。それにスイスイ体が動くところを見ると、やはり俺は同じことをやったことがあったのだろう。「身体が覚えている動き」も最近なんとなくわかってきた。
「では、少しスピードを上げるぞ?」
「ああ。頼む。」
どれくらい歩き続けただろうか。俺たちのすぐ近くにも何度か雷が落ちたが、不思議と怪我するほどの距離に落ちてくることはなかった。何度か立ち止まったり、進度を少しずらしたりすることもあったため、きっとフォルドの裁量だろう。
「もうすぐ、洞窟に着く。ただし、その洞窟はかなり危険だ。亜獣や亜人間、多分魔物も潜んでいる。」
「なんでそんな危険な場所に仲間を封印したんだ?」
「危険だからだ。儂が完全に封印したために、奴らから見たら封印されているキースもただの氷同然だ。手出しはしない。ソーマの精霊たちは皆色々な面で特殊だった。キースもその一人だ。封印されたら無防備になるからな。人間や魔獣、魔人につかまる可能性も否定できなかった。だが亜種の巣窟にわざわざ精霊を封印するとはだれも考えんだろう?」
確かにティムだってムーネル種の唯一の生き残りって言ってたからな。精霊はつかまれば殺される可能性が高いし、殺されなくても何をされるかわからない。フォルドの策は正解だな。
「ねえ、あれじゃない?」
ティムの指す先には洞窟と言っていいのか穴と言っていいのかわからないものがある。
「そうだ。あの穴の下、500メートルほど降りたら横に伸びておる。ただし降りる前に、こういうものを、」
そう言ったフォルドは、足元に落ちていた手のひらサイズの氷を穴に放り込んだ。数秒後、「グギャッ」っと奇妙な声が聞こえてゾッとする。
「穴の真下に、落ちてきたものを食おうと大口開けて待ち構えてるやつが時々いるからこうやって先に何かを落とすのが良い。」
「でも、今ので下に何かいることはわかったけどどうするんだ?」
「こうすればよい」
一言言ったフォルドは指をパチンと鳴らす。その瞬間、雷が穴に落ちた。
「は、はあ?」
「言い忘れておったが、儂はこの山出身だからな。氷と雷の魔獣だ。多分これで下は大丈夫だ。いろいろ寄ってこないうちに降りよう。」
そう言ってフォルドは穴に飛び込んだ。これって大丈夫なのか?とか思いつつも俺も飛び降りる。
えっと、穴の深さは500メートルくらいって言ってたよな。俺の体重が60キロと仮定すると重力加速度は・・・?あれ、重力ってどのくらいなんだろ。地球と同じ9.8でいいのか?
「ちょっとソーマ!?」
どうでもいいことを考えてるうちに下は目前で。ティムがギリギリのところで風魔法で衝撃を和らげてくれたため、顔面から落ちても痛みだけで済んだ。
「何やってんのよ!落下中にいろいろと考え込まないで!私が魔法使ってなきゃ死んでたわよ!」
返す言葉もございません。500メートルって言ったら東京タワーより高いところから落ちたことになるし。
辺りを見回すと、下は氷ではなく地面だった。俺の真下だけやけに黒いところを見ると、さっきの落雷の影響だろう。
「できるだけ早く進むのだ。奴らはどんどんやってくる。いちいち相手をしていたらキリがないくらいにな。」




