サボテン
最初と同じように、走りながら足が水面に着く直前に氷を張るという動作を繰り返す。
「あら、渡り切っちゃった。」
取りあえず物は試しという思いで挑戦してみたら、成功してしまった。でも向こう側に全員置いてきぼりにしちゃったからどうすればいいだろう。
『まさかソーマ、川を渡り切っちゃったの?』
頭の中にティムの声が直接響く。そうだ、この手があったか。
『ああ。適当にやってたら着いちまった。どうすりゃいい?』
『一体どうやったのよ!』
『魔法が無効化される直前のところまで氷の足場作って走って行って、あとは風使って真上に飛んで対岸までもう一度風使って自分の体吹き飛ばした。そしたら無効化の領域超えちゃったみたいで、また足場作りながら進んだら渡れた。』
『じゃあ私たちはどうすればいいのよ。っていうか私一人ならどうにでもなるんだけどシャルムたちが・・・。』
『俺が今からそのシャルムの知り合いってやつに会いに行くわ。そしたらどうにかしてくれるだろ。俺とティムってどのくらいまでなら離れても大丈夫なんだ?』
『長時間は無理だけど、10キロメートルくらいならこうやって会話ができる。』
『少し先になんとなく誰かいる気がする。もしかしたらそれかもしれないから少し近づいてみるわ。』
『どんな奴かもわからないのに迂闊に近づくなんて危険すぎるわ。』
ティムはそう言うが、俺はもう歩き出した。下手に警戒されないように速度は普通の人間と変わらないくらいだ。周りはまるで砂漠のようだ。火柱が上がっているところもある。ここがシャルムの言っていた東側の海に近い部分カルムって言う国の一部か。
さっき感じた何かの気配の方へ進んでいく。邪悪な感じはしないけど、かなり強い魔獣な気がする。俺ってこんなに気配とか読むの得意だったっけ?
『それは私たちの特技よ。私は視力と気配察知能力が優れてるの。絶対精霊の能力って一部主にも移るらしいわ。だからソーマ、夜目が利くでしょ?』
だからか。じゃあベイノルドを見つける時に血の匂いとかをたどれたのって・・・。
『ええ。アイツは鼻が利くから。ソーマもある程度は匂いが辿れてもおかしくはないわ。特に血って強烈だし。』
へー。じゃあ案外転生の恩恵だと思ってた能力も精霊のおかげだったりするのかもな。
ある程度進むと、目の前に異様なものが現れた。まるで巨大なサボテン。金盛丸のような紅小町のような球状のサボテン。高さ7.8メートルくらいあるんじゃないか?
俺が感じた気配の正体ってまさか巨大サボテン?そんな馬鹿な。このサボテンもただのサボテンなんかじゃない。でも俺が感じたのはもっと鋭い、危ない感じのものだ。目を瞑って少し集中して気配をたどっていく。無防備にはなるが、かなり正確に辿れる。
「このサボテンの、中?」
俺はサボテンの周りをぐるっと一周回ってみると奇妙な違和感に襲われる。何かが、おかしい。一見普通に見えるが、サボテンの棘の長さが微妙に違うところがある。しかも定期的に。俺はよく観察しようと、サボテンに障れる距離まで近づいた。
「これは、毒?」
サボテンの棘の先から少しこぼれた液体を見て思う。この棘、触ったら一瞬で死ぬな。一本の棘と思われるものも、よく見ると小さな棘の塊だ。触ったりしたら傷ができるのは必至、しかもそこから毒が入るようになっている。何本かの棘を見て回ったが、ほとんどそうなっている。ただし、長さが違うものは別だった。ただの棘で、掴んでも何の問題もなさそうだ。試しに光魔法の準備をしてから触ってみると、何も起こらない。俺はその棘を掴んで上に登ってみる。サボテンが巨大なだけに、その棘も結構太くて強度があるのだ。その棘の上に登ると、ちょうど手頃な位置にまた普通の棘がある。もしかしたらあの毒の方が普通でこれが異常なのかもしれないが。その棘に登ると、またある。どんどん毒の棘に触らないようにして登っていけた。一番上まで登ると、そこには巨大な穴が開いていた。その穴を覗くと、そこには恐るべき光景があった。
なんだよこれ。
つい口に出しそうになって慌てて自分の手で口を塞ぐ。
サボテンの中は空洞になっていて、中に巨大な獣が寝そべっていた。
それは、前半分は鷲、後ろ半分は獅子。要するにグリフォンだった。
グリフォンがゆっくりと目を開く。
「ここに来客とは。珍しいこともあるものだな。」
え、バレた?俺は今漆黒のローブを着ているし気配もできるだけ消したはず。
「そのローブ。儂の古き友が使っていたものによく似ておる。そのフードを外して顔を出せ。別に其方がこちらに危害を加える気のない限り此方も手出しはせん。」
「その前に、なぜ俺に気づいたんだ?気配は消していたはず。」
「お主、いくら気配がしなくとも何者かが自分の体を這ったとしてそれに気づかぬか?」
「いや、それは気づくけど。」
「そういうことだ。このサボテンにはちゃんと意志がある。儂はこのサボテンから教えてもろうただけだ。」
あ、そういうこと。
俺はゆっくりとフードをとる。なるべく目立たないように、川を渡ってからはローブで完全に身を包んでいたんだ。
とったフードがパサリと音を立てる。その瞬間、こちらを見ていたグリフォンと目が合い、グリフォンは目を見開く。
「お、お主は!?」




