ゾネムー川
「と、取りあえず先に進みましょう。ソーマへの説教は走りながらでもできるわ。」
「『とりあえず先に進もう』だってさ。」
ティムの言葉を少し意訳して伝えるとシャルムもハッとしたように頷く。
再び走り出した俺たち。折角意訳して、シャルムは忘れてくれていることを願ったが、結局両方から道中ひたすら説教をされたため、全部聞き流した。
そこからは黙々と走り続ける日々が続いた。時々現れる障害物を無理やり乗り越え、そのたびにシャルムやティムからキレられた。俺は小さな土粘土を生成し、耳に詰めて耳栓を作るという技を身につけた。
時々交戦もした。俺は初めてゴブリンというものを生で見た感慨と、思ってたよりよっぽど汚いものだったという残念さで変な感じだった。でもそれを感じたのも最初の一回だけで、以降はためらいなく瞬殺した。
そんな日々が約1か月ほど経ったとき。
「やっとここか。」
シャルムが呟く。俺たちの視線の先には轟音を響かせて流れる川だ。いや、これを川っていっていいのか?幅、推定500メートル、長さ、目視不可。試しに足元に生えていた雑草を一本抜き取り川に入れてみると一瞬で流され消えていった。果たして川底に行ったか川下に行ったか。
「これが南と東の境界、ゾネムー川か。」
「そうよ。この川に落ちたら死体も見つからないわね。」
ここは南と東、つまり人間が住む地域と魔獣が住む地域を隔てる川、ゾネムー川だ。
「ここを渡れば、もう魔獣の国か。これで大体半分くらいってことだよな?」
「まあそうなるな。ただ、ここを渡ってしまえば後はどうにでもなる。一応あたしの故郷だからな。この川の少し先に行ったところに知り合いがいるから、そいつに頼めばベルシャークまで一っ跳びだ。」
「な、なんだよそれ!?どうやるんだ?どんなやつなんだ?」
「そんなの今はどうでもいいでしょう。その時になったら自然にわかることよ。それより今はどうやってここを渡るかっていうこと。シャルムはどうやってここを渡ってきたの?」
確かにな。とにかく渡らなくちゃどうしようもない。ティムに質問をシャルムに訳してやる。
「それがさ、そいつに送ってもらったんだよな。この川の向こう側にいる奴に。魔獣で東を出ようとするやつって普通いないからさ。そんなことをやろうとするもの好きは大体アイツに頼むんだ。」
でもなんでそんなに悩む必要があるんだ?そんなの魔法でどうにでもできるだろ。俺は氷魔法で一本道を作るようにして幅2メートルくらいの道になるように凍らせていく。
「そんなのやっても無駄よ。」
ティムが言った直後、俺の氷の橋は崩壊する。
「なんで?」
「原因はわからないけどこの川の中央部分を流れる水の成分に、魔法を無効化するものが含まれてるらしいのよね。で、その水が蒸発した水蒸気があるこの辺は魔法が使えないの。使えたとしてもかなり力は落ちるわよ。魔獣も人間とは少し違う魔力を持ってるけど、それでも効かないらしいわ。だから私もそのアイツとやらがどんな人かすごく興味があるのよね。」
確かに俺の橋は中央に近づいたところで何かに蝕まれるように壊れていった。それにここの流れは急すぎる。完全に橋を渡してしまうとそこが水の流れをせき止めてしまうことになる。
「その魔法が使えないのってどのくらいの範囲なんだ?」
「約100メートルよ。」
さて、どーするか。
「取りあえず俺、一旦行けるところまで行ってみるわ。」
「は?何を
「これ持ってて。」
ポーチからロープを取り出し、片方の先端を腰に巻いてもう片方をシャルムに渡す。
そして氷魔法を使用し、水面に氷を浮かべる。さっきのように道を作るのではなく、単に足場にするためだ。最初は様子見として一つ作ると、すぐに流されてしまう。
「これは結構がんばんないとな。」
「ま、まさか」
「あ、シャルム!失敗したら俺の事ちゃんと引き上げてね。」
「ま、待て!」
シャルムの言葉を最後まで聞かずに走りはじめる。少し助走をつけて川に走りこむ。足が川に着く直前に氷の足場を作る。滑ると困るので、表面はちゃんとギザギザにしてある。川の上を走る要領でどんどん足場を作ってはその上を行く。ちょっとでもタイミングがずれたらバランスを失ってドボンだろう。
暫くそうやって進むと、少し空気が変わったのが分かる。この辺からだな、魔法が無効化されるのは。本能的にそう感じる。段々氷を作るのが難しくなってくる。この辺が限界か。でも、どうせここまで来たんなら!風魔法を使い、足元に爆風を起こす。
「わー、飛んだ飛んだ。」
かなりの魔力を使って自分を真上に飛ばすと、思った以上の高さになった。ここは、俺が魔法を使えるギリギリのライン。ここで魔法を使うことはできるはずだ。ティムが自分の後ろに強風を起こしていたのを思い出す。俺はティムほどのコントロール力はない。でも後ろから体を押すくらいなら・・・。
風によって前に自分の体を押し出す。落下と押し出されたことによって、斜め方向に進んでいく。このまま運が良ければ魔法が使えない場所を抜けれるはず。魔法を使ってみようとしたがやっぱり周りの空気に阻害されてる感じがして何も形成できない。
いやー、落ちる落ちる。自分が上にいた時はあまり感じなかったけど実際に落ちてみると俺はかなりの高さまで上がっていたらしい。あ、もうちょっとで水面に着いちゃうじゃんか。
もう一度氷が作れるか試してみる。
「あ、できた。」




