猫
名前を呼んだ瞬間、あたりが一瞬まぶしい光に包まれる。目を開けると、カプセルは消えていて俺の足元に毛並みの美しい猫が丸まっていた。俺はそっと抱き上げてテトにきく。
「この子は、ティムは、俺が連れて行っていいんだよな?」
誰に言われたわけでもないけど、そう呼ぶのが一番正しい気がした。
「へへへ、もちろんじゃ。」
「きっとあんたとはまた会う気がするよ。」
「もちろんじゃ。わたしと、ソーマの、縁は、切っても切れない、根本のところで、つながっておるからの。これで会うの2回目だし」
「最後なんて言った?」
「へへへ」
「つながってる」の後に何か言っていた気がしたが笑ってごまかされた。
ふと周りを見ると部屋の隅が真っ黒になっており、それが少しずつ広がっている。
「気づいたようじゃな。この部屋は、もうすぐ、消滅するんじゃ。さっさと、出ないと、巻き込まれるんじゃが。」
「テトはどうなるんだ?」
「わたしゃ、ここにいる。ここはの、私の場所なんじゃ。私がいる限り、完全崩壊は、しないんじゃよ。またどこかに移動して新しく作るまでじゃ。」
まあ、きっとなんとかなるのだろう。ティムを抱いて扉の方へ向かう。
「わからない、ことは、その子に、聞くんじゃ。その子が、知らないことは、ほとんど、ない。」
「ああ。またいつか、な。」
そう言い残して扉を開く。眩しさに一瞬目を細めるが、出た先は最初のボロテントの前だった。もう一度ボロテントの中に入ってみたが、狭苦しい、臭いテントの内側でしかなかった。
「ソーマ、なにやってんだ?」
もう一度テントから顔を出すと、そこには不思議そうな顔をしたオリと、複雑そうな顔をしたシャルムがたっていた。
確かにテントから出てきた瞬間また中に入り、すぐに出てきた俺の行動は少しおかしいのかもしれない。
「やっぱ、ソーマも魔女と話したのか?」
そういうオリの顔はさっきと違って真剣そのものだ。
「魔女って?」
「テントの中にいた、妙に言葉を区切って言う不気味な婆のことだ。」
俺の質問に答えたのはシャルムの方だった。
「ああ、話したよ。でも、なんで魔女?」
「オイラが『お前魔女か?』って聞いたら『そんなもんかの』って答えたから。」
こいつらには名乗ってないのか。
「ところで、2人はその魔女とどんな話をしたんだ?」
俺の質問に2人の表情が強ばる。
少しの間を空けてからオリがポツリと言った。
「オイラ、占い師って言ってたから未来のことを少し教えてもらった。ずっと、覚醒できないことがオイラのコンプレックスだったから。大体は成長速度が変わる10歳くらいで人ベースの魔獣は覚醒の兆しが現れるんだ。完全覚醒はかなり先だけど、そこで自分の力を垣間見るんだ。だけどオイラはそれがまだで。」
「それを、魔女がなんか言ってきたのか。」
「うん。オイラはこれから何か大きな流れに巻き込まれるんだってさ。もう暫くしたら兆しも現れるらしい。遅い魔獣も時々いるんだって。そのくらいかな。さっさと出ていかないと崩壊に巻き込まれるとか言ってたけど何のことかいまいちわかんなかった。シャルムは?」
シャルムは困った顔をして笑った。
「大した話はしてない。少し親父のことを言われただけだ。」
明らかにそれだけっていう雰囲気じゃなかったが、触れてほしくなさそうだったので追及はしない。
「ソーマは?ってか何を抱っこしてんの?」
オリの質問にそういえば猫を抱いたままだったと思い出す。
「ああ。俺も特にこれといった話はしてないかな。ティムを引き取ったことくらい?」
「ティムって?」
「ああ、この子のコトだよ。」
そう言って猫の頭を軽く撫でる。
「それ、何?」
「それって何よ!?失礼ね?」
「うわっ!怒った」
猫がしゃべるのって普通なのか?
「いや、どう見たってそれ猫だろ。」
「だから、あたしをそれ扱いしないでよ」
「何怒ってんだ?この猫。」
シャルムの言葉にまで怒るティム。でもさっきからそれ呼ばわりすんなって言ってんのに何でわからないんだ?
「この猫、お前らがそれって呼ぶのが気に食わないってさっきから言ってるじゃんか。」
「は?ニャーニャー騒いでるだけだろ。」
オリの言葉に驚く。まさか聞こえてないのか?
「っていうかその猫、なんか変じゃね?ただの獣じゃねえよな?なんか魔力感じるし。」
シャルムに言われて、確かにそうだと思う。
「当り前じゃない。私をあんな低俗なものと一緒にしないでよ。本当に何も覚えていないみたいね、ソーマ。」
ティムの言葉に混乱するが、2人は不思議そうな顔をしている。まあ、この声が聞こえていないなら当然か。
そして、シャルムがハッとした表情になる。
「もしかしてその猫、精霊じゃ・・・?」




