出発
バスティートについた俺は、すぐに荷物をまとめる。もともと大した量はなかったが、この2か月の間にいろいろと増えた。慌ただしくしていると、申し訳なさそうな顔をしたバスが部屋に入ってきた。
「何度かノックしたんだけど・・・。そんなにバタバタして、どこかに行くの?」
嘘をついて誤魔化そうかとも思ったが、これまでお世話になったことを考えるとやはり伝えるべきなのだろう。
「この街を、出ようと思って。」
「そう。」
「驚かないんだな。」
バスが驚かないことに少し驚く。
「何となく、こんな風になると思ってたから。突然私たちの前に現れたあなたは、また消えてしまうんだろうなって。」
「どこからやってきたのかもわからない俺のことを、今までここに置いてくれてありがとう。ここ、宿屋だったよな?宿泊費、払うよ。」
「ふふ。だってそれが私の仕事だもの。というか、そんなに払えるお金持ってたの?」
「必要だと思って、作ろうとしたらすでにすごい金額をすでに持ってた。」
ステータスの中に、所持金の欄もあった。使うときに、使用を宣言すれば勝手に減る。金貨やコイン、紙幣といった概念はここにはないようだった。
「ソーマ、早く出発したいのかもしれないけど今日はあと数時間で日が暮れるわ。今日まで泊まっていきなさい。」
バスの言葉にうなずく。別に急ぎの用があるわけではない。わざわざ危険を冒してまで今日出発する意味はない。
「じゃあ今夜はご馳走にするわ。ところで、行き先って決まってるの?」
俺は前から考えていたことを口にする。
「ヴェルドの森っていうところに行こうと思って。」
「どうして?そして、なぜその場所を知っているの?」
俺がここに飛ばされる前に会った、ルナという少女が言ったからだ。彼女の言う「彼」が誰なのか俺はどうしても知りたかった。でもそんなことを言ってもきっと信じてもらえない。
「本に出てきたんだ。ちょっと興味がわいてさ。だってエルフや竜族、精霊の住処なんだろ?」
俺はとにかく知識がほしくて、2か月の間に魔法の訓練だけじゃなく図書館に通った。そしてまずヴェルドの森について調べた。そのうちに、ヴェルドの森は一般人には知られていない場所だと知った。過去の争いで居場所を失った少数しかいない種族や、混血種も暮しているらしい。まあ、精霊は独自の居場所はちゃんとあるらしいが、居心地がいいらしい。
「あそこには、普通の人間は入れないわよ。せっかく行っても無駄足かもよ?」
「そうなったらそうなったで別の場所を探すさ。俺はアポルをもっと見て回りたいんだ。面白そうだと思ったところへ旅してまわる。」
少し笑みを浮かべたバスはポケットから何かを取り出す。
「これ、持っておきなさい。きっと何かの役に立つから。」
受け取って、それが何なのか気になったためステータスで確認してみる。
《%$#&‘$“》
??読めない。なんだか文字化けしているようで、アポルの言語ですらないようだ。
「これは?」
バスに尋ねるが、笑っているだけで教えてはくれない。とりあえずポーチに収納する。
「もうすぐご飯の用意が終わるわよ。」
そういって食堂に行ったバスに着いていく。
夜ご飯はいつものように最高においしかった。
次の日
「行ってしまうのね。」
寂しそうな顔をして言うバスに今までのお礼を言う。
「今まで本当にありがとう。これまでの宿泊費は?」
「そんなものいらないわ。」
「は!?それじゃあ商売にならないだろ。いくらぐらいだよ」
「いらないってば。それに、私にとってこの宿屋は副業みたいなものなの。収入なんてなくても大して困らないのよ。そんなに不満なら、一つ私のお願い聞いてくれる?」
「ああ。俺にできることならな。」
「何もかも終わったら、この街に帰ってきてくれない?そして、ここにまた泊まって欲しいの。」
「終わったらも何も、俺は気ままにアポルを見て回るだけだぜ?」
「それもそうね。」
と言いながら、今度は「次は料金とるから」と悪戯っぽく笑った。
「じゃあな。」
最後の挨拶をしてから握手する。
「戻ってくるよ、きっと。」
そう言い残して、バスティートを出る。
そして、初めてここに来た時に目の前にあった門の前に立つ。ここから出れば、もう俺は当分一人だ。
寂しいと思う反面、ワクワクしている自分もいる。
さあ、行こう。最初の目的は、《彼》に会いに行くことだ。




