掌編『狂気の足音』
ひやりと肌寒い、秋も半ばの真夜中。
コツ、コツ、コツ、コツ。
ヒールが地面を叩く音。
街灯の光が一人の女のシルエットを浮かび上がらせる。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
スニーカーのソールが、アスファルトを強く踏みつける音。
街灯の白光が、冷や汗をかいた男の顔を照らし出した。
コツ、コツ。
ザッ、ザッ。
ヒールとスニーカーが交互に接地して、リズミカルに鳴る。
ハァ……ハァ……
人通りのない、きわめて静寂な深夜のその通りには、さして大きい音ではない男の荒い息遣いまでも響いていた。
コツコツ。
女の足音が速まる。
ザッザッ。
それに呼応するように、もう一つの足音も速まった。
左に、右に、とせわしなく走る男の目線。
ゴクリ。
生唾を飲み込む音までもが、いつも以上に大きく響く。
コツコツコツコツ。
ザッザッザッザッ。
靴音のペースがどんどん速くなってきた。
コツコツザッザッコツコツザッザッ。
ほとんど重なって一体化する、二つのリズム。
コツザッコツザッコツザッコツザッコツザッコツザッ。
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。
コザッコツハァザッコザッコツハァコザッコツザッハァコツザッコザッコツコザッコツザッハァコツザッコツザッコザッコツハァコザッコツコハァコツザッコザッコツハァザッコツコザッハァコツザッコザッハァコツコハァコツザッ。
ふと、異音。
カラカラカラ。
二人の進行方向の向かい側から、青年の駆る1台の自転車が走ってきた。
ほどなく、その自転車がスッ、と両者の脇を通り過ぎる。
沈黙。靴音が止んでいた。
あっ……
一瞬の呻き声。
ドサッ。
硬い地面に、ヒトの崩れ落ちる音が虚しく響いた。
早朝。
ランニングに出かけた中年女性が、包丁で刺されている一人の男性の遺体を発見した。