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 空中都市バビロン。

 その景観はまさに、空に浮かぶ大都市そのもの。

 空母から大小様々な浮島を眺めてきたが、バビロンは今までに見たことがないほど広大で、天にそびえる瀟洒しょうしゃな建築物がびっしりと並んでいる。

 まるで、空に浮かぶニューヨーク。或いは、鋼鉄と石の融合したスカイ・ジャングル。

 建物の合間を絶え間なく白い狭霧が流れ、場所によっては雲の上に建物が浮いているように見える。

 水路が網の目のように張り巡らされ、人工の運河を優美なゴンドラが流れゆく。

 建物の合間には、空母でもよく見かける鋼のレールが張り巡らされており、レールの下を走る懸垂式のゴンドラや、フックに掴まった人が空を滑空してゆく。

 建物の尖塔には、揃いの旗が風になびいている。青と白を基調としたそれは、帝国の紋章旗もんしょうきらしい。


「すごいなぁ……」


 未知の光景に、飛鳥は夢中になった。

 頬杖をついて、舷窓げんそうの外を眺める飛鳥の隣には、礼装姿のルーシーがいる。

 軍の礼装姿のルーシーは、目を奪われるほど格好いい。豪華な金色の正肩章を両肩につけており、今日は更に金モールの紐を右肩から下げている。

 日頃簡略している勲章も着用しており、ローズド・パラ・ディアの飛空鑑徽章の他に、空軍殊勲記章、空軍賞賛記章、歴戦の従軍記章、出撃回数を示す駆逐機前線飛行記章……ずらりと豪華だ。彼は英雄なのだと、章を見るだけで判る。

 そんな騎士然としたルーシーは、長い足を組んで飛鳥の隣に座っている。

 うっかり視界に入れると見惚れてしまうので、敢えて注視しないように気をつけている。

 ちなみに飛鳥はロクサンヌの用意してくれた、光沢ある象牙白の優美なドレスに、長手袋を着用している。襟や裾には更紗さらさのレースと真珠がついており、肌につける装飾品も真珠である。髪は綺麗に結い上げ、頭髪にも真珠を飾っている。


『アスカ**、**ヴィラ・サン・ノエル******』


“ヴィラ・サン・ノエル城ですよ”


 ルーシーの指差す方向を見て、飛鳥は感嘆のため息をついた。スカイ・ジャングルの奥に、光り輝くヴィラ・サン・ノエル城が見える。

 まさしく天空の城だ……。

 すらりとした優雅な佇まい。玻璃はりの外装は、氷で造られたかのよう。

 水晶は日射しを乱反射して、虹のように、あるいはオーロラのように淡く七色を帯びている。人工とは思えぬ神秘的な建造物だ。

 一際高い尖塔には、至る所で見かけた、青と白の紋章旗が風に揺れている。


「綺麗――……」


 その一言に尽きる。

 しばらく夢中で外を眺めていたが、ふと視線を感じて隣を見上げると、ルーシーと眼が合った。

 咄嗟に反応できない。

 誤解してしまいそうなほど、甘くて優しい視線。彼は今、自分がどんな顔をしているのか、自覚しているのだろうか……。


“気に入った?”


『はい』


 飛鳥は面映ゆい想いに蓋をして、淡く微笑んだ。


 +


 空母は、ヴィラ・サン・ノエル城の広大な中庭に設けられた、滑走路上空に空中停泊した。

 甲板から小型搬送機を経由して、地上へ降りる。

 飛鳥は、ルーシーとカミュに左右の手を取られて中庭へ降りた。

 可愛らしいトピアリーで賑わう庭園には、いかにも高貴そうな紳士淑女が群れており、多くの女性はルーシー達、見目麗しい軍人に秋波しゅうはを送っている。エスコートされる飛鳥にも、好奇の視線が突き刺さった。

 緊張の余り、手汗が滲みそうだ。

 俯きたい欲求を必死に堪え、前だけを見続ける。

 いよいよこれから、皇帝陛下に拝謁をたまわるのだ。

 階段を下りると、ルーシーは飛鳥の手を取り、カミュは付き従うように斜め後ろに下がった。飛鳥が魔法を使おうものなら、彼は即麻酔弾を発砲するのだ。聞いた時は少々傷ついたが、事情は判る。

 正門扉に近付くにつれて、ルーシーの腕に添えた手が、緊張で細かく震えた。気付いたルーシーは、宥めるように飛鳥の手を撫でる。


“大丈夫ですよ”


 見下ろす青い双眸に勇気をもらい、飛鳥はひっそり息を吐いて心胆しんたんを整えた。

 薔薇で意匠された門扉が、左右に控える近衛によって厳かに開かれる。

 ヴィラ・サン・ノエル城の外装は清楚で神秘的であったが、内装は贅を尽くした、非常に豪華なものであった。

 大聖堂カテドラルの主身廊のように、高くて広い空間には、天使をかたどった御影石の彫刻、精緻な鉄細工、艶やかな青磁が並ぶ。

 延々と続く回廊の正面に穿たれた、見事な薔薇窓。不思議な光源を燃やす、無数のしょくを並べた円環の照明……。

 静謐、煌びやかな世界を進むうちに、飛鳥の感覚は麻痺していった。

 直進する先に、何が待っているのか――

 恐い。今さっきの覚悟が揺らぎ、きびすを返して走り去りたい衝動に駆られた。


“大丈夫。私がついています”


 ルーシー。穏やかな声なき声は、暗闇に差す一条の光のよう……。

 立ち止まりかけた歩みは、手の温もりと囁きのおかげで動き出した。


『ありがとうございます』


 小声に囁くと、隣で優しく微笑する気配がした。





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