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メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -  作者: 月宮永遠
3章:ゴットヘイル襲撃
34/43

6

 翌朝。

 ユーノが朝食を運んできた時に、リオンについて尋ねてみた。


“リオン大尉の治療は完了しました。現在、独房に隔離されています”


 独房。衝撃的な言葉に、飛鳥は目を剥いてユーノに詰め寄った。


「リオンは無事なの?」


『アスカ?』


“リオン大尉に、何か?”


「ユーノ、私、リオンに会いたい」


 澄んだ赤い瞳はじっと飛鳥を見つめる。


“リオン大尉の面会は規制されています。査問が終わるまでは、面会できません”


「査問って、何それ……」


 状況から見て、飛鳥が拉致されそうになった一端は、リオンにあるのだろう。ウルファンと最初に対峙した時、リオンは動かなかった。ウルファンもまた、リオンを敵とは見なしていなかった。

 しかし。

 リオンは、飛鳥を助けようとしてくれた。連れ去られそうになった時、止めようとしてくれた。銃弾を受けた後も、飛鳥を庇おうとしてくれた。

 それらを証言できるのは、あの場にいた飛鳥だけだ……視線をあちこち彷徨わせた末、こちらを見つめる少年に声をかけた。


『ルーシーを、呼んでください』


 昨夜教わったばかりの言葉を口に載せると、ユーノは頷き、一度部屋を出ていくと間もなくルーシーを連れて戻ってきた。


『アスカ? ***リオン******』


“リオンがどうしかしましたか?”


「リオンに会わせてください!」


 ルーシーは眉根を寄せたが、飛鳥が同じ言葉を繰り返すと、もしかして、という風に思考を閃かせた。


“リオンに会いたい?”


 首肯すると、ルーシーは飛鳥を見つめたまま黙考する。飛鳥が尚も懇願すると、彼は諦めたようにため息をついた。


“……判りました”


 ほっとして、笑顔で感謝を口にしたが、ルーシーは顔色を変えずに淡々と応えた。


“リオンもアスカに会いたいそうです。貴方に会わせないと、情報開示しないと……。割らせるつもりでしたが、いいでしょう。許可します”


 隔離室を出た後、第四甲板の奥に案内された。

 鉄格子のゲートを幾つも抜けると、やがて硬質な扉が並ぶ通路に着いた。なんだかアルカトラズの刑務所のようだ。

 ルーシーは鉄扉てっぴの前で立ち止まると、傍に控えている兵士に声をかけて扉を開けさせた。ギギ……と重たい音を響かせて、分厚い鋼鉄の扉が開く。

 飛鳥はルーシーの背中越しに、恐る恐る中を覗いた。薄暗い部屋に光の筋が入りこむ。陰影に光が当たると、鎖に繋がれた人の姿を明らかにした。

 リオン――。

 両手を鎖で拘束されて、寝台に腰かけている。飛鳥は恐怖も忘れて、リオンの傍に駆け寄った。


「リオンッ!!」


 リオンは瞑目していた瞼を上げると、飛鳥を見て、安心したように息を吐いた。


“良かった……無事だったんだ”


 治療を受けたはずではなかったのか。この非道な扱いはなんだ――不意に、猿ぐつわを噛ませられた時の、煮えたぎるようないきどおりが蘇った。

 飛鳥は震える両手を、中途半端にリオンへ伸ばす。


『アスカ、******』


“離れて”


 伸ばした手は、リオンに触れることはなかった。後ろからルーシーに肩を引き寄せられる。


「ルーシー……」


 飛鳥はルーシーを見上げて首を左右に振った。視界は自然と涙で潤む。


「彼は、私を助けてくれたんです」


『*********』


“心配しなくても、拷問はしていませんよ”


 リオンの手錠を差して首を左右に振ったが、ルーシーは鋼のように冷たい表情を崩さない。


“ありがとう、アスカ。いいんだ……”


 リオンの声を聞いて、飛鳥は彼の傍へ近寄ろうとした。しかし、すかさずルーシーに肩を引き寄せられる。近付くことを許してくれない。


“治療を受けさせてもらえただけでも、感謝しなくては。アスカ、君に言わなくてはいけないことがある……”


「私も、お礼を言わないと……」


“ルジフェル閣下は、アスカを狙っている”


「え……」


“ゴットフリート襲撃は、閣下の詭計きけいだ。バビロンに到着すれば、アスカはエルヴァラート陛下の守護にくだる。容易に手を出せなくなると考え、艦をバビロンから遠ざけ、ゴットフリート襲撃に乗じて拉致らちする手筈だった。艦に空賊を手引きしたのは、私なんだ……”


 リオンは淀みなく思考を伝えてきた。絶対に伝える、という強い覚悟すら感じる。衝撃に目を瞠る飛鳥に構わず、リオンは更に続ける。


“私は君の様子を、逐一閣下に報告していた。艦長の様子が変わったと報告した時、閣下はアスカに強い興味を持ったのだと思う”


 心臓が、ドクンッと音を立てた。


“全て、私のせいだ。言い訳にしかならないが……家族を人質に取られている。望んでやったことでは、なかった……”


「リオン……」


『アスカ? ******、************?』


 ルーシーは飛鳥の顔を見るなり、厳しい眼差しをリオンに向けた。動こうとするが、飛鳥は視線を動かさずに手だけで制する。


“仕方ないと、自分に言い聞かせていた。けれど、何の罪もない君を陥れていい理由にはならない。ウルファンに連れ去られようとしているアスカを見て、ようやく目が覚めた。守護神の一翼にありながら、正義に背く行為だった。本当に済まない。どうか許して欲しい……”


 飛鳥は苦痛を堪えるように呻いた。リオンの優しさに裏があったのかと思うと、辛い……けれど、真摯に打ち明けてくれる彼を、正面からなじることもできない。それに、彼が何かを隠していることは、薄々気付いていた。

 どうにか小さく頷くと、リオンは疲労の滲む顔に微かな安堵を浮かべた。


“こんな一方的な告白で済まない……”


『いいえ……』


“――何を話している? 平気?”


 声なき会話に、蚊帳の外のルーシーは苛立ったように、飛鳥に訴えてきた。もう少しだけリオンと会話したい。飛鳥は宥めるように、前を向いたままルーシーの胸を叩いた。


“アスカが聖域に現れたことを知る者は他にもいる。誰もが君を欲しがるだろう。エルヴァラート陛下を頼るんだ。艦長も、きっと力になってくださる”


 リオンの目を見て首肯した。誰かの手を取るしかないのなら、言われるまでもなく、ルーシーがいい。


「ルーシー、リオンの鎖を取ってあげられませんか?」


 たとえ彼に裏切りがあったのだとしても、鎖に繋ぐのは、あまりに不当な扱いだ。しかし、ルーシーは首を左右に振って応える。


“もう行きましょう”


「待って! リオンは怪我をしているんです。鎖に繋ぐなんて」


『アスカ、*********』


“アスカ、ありがとう。いいんだ。どんな処罰も、受け入れなくては……”


 リオンの諦観に触れて、飛鳥は思わず手を伸ばした。しかし、ルーシーは許さない。暴れる飛鳥を後ろから抱きすくめ、有無を言わさず部屋の外へ引きずり出した。


「ルーシー!」


 降り返れば、鋭い視線に射抜かれる。飛鳥も臆せずに見返し、鋼鉄のような視線が絡み合い、火花が散った。

 しかし、扉は無情にも飛鳥の目の前で閉じられた。


“やけにリオンを気にかけますね”


 非難めいた視線と言葉に、今度は返答に詰まる飛鳥を見下ろし、ルーシーもそれ以上は何も言わず、飛鳥を隔離室に戻した。





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