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メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -  作者: 月宮永遠
3章:ゴットヘイル襲撃
33/43

5

 ウルファンの手から逃れようと、飛鳥は思いきり腕を伸ばして突っ張った。


「嫌っ!」


 叫ぶと同時に、昇降階段からルーシー達が駆け込んできた。今度こそ、本物のバビロン空軍だ。ルーシーは飛鳥を視認するなり、鋭く攻撃指示を叫ぶ。


『アスカ*****! ****ウルファン! ******!!』


“アスカを護れ! 標的ウルファン! 火器攻撃開始オープンファイア!!”


 次の瞬間、灼熱の薬莢やっきょうは床を打ち、戛然かつぜんと雷管を強打する撃鉄が鳴る。

 立ち込める硝煙と鉄の匂い。

 空気を引き裂く銃声に継ぐ銃声。耳をろうする発砲音の嵐に、飛鳥は両手で耳を塞ぎ、きつく瞳を閉じた。

 不意に抱きすくめられ恐怖に暴れると、よく知っている声に『アスカ!』と呼ばれる。


“無事か!?”


 抱きしめているのは、ルーシーだった。ウルファンを見やると、兵士達に取り押さえられているところだった。銃弾の雨を浴びたはずなのに、血を流した様子はない。どういう皮膚をしているのだろう。

 床に押さえつけられながらも、金緑に昏く燃える双眸は、飛鳥だけを見つめている。恐くてすぐに視線を逸らした。


『アスカ、******?』


“怪我は?”


 首を左右に振っても、ルーシーは険しい表情を解かない。リオンの血で濡れた、飛鳥の衣服や腕を見て怪我を心配しているようだ。


「私は平気ですから、リオンを早くっ!!」


 すぐに、担架を手に持った兵士が駆け寄ってきた。彼等はリオンを乗せると、昇降階段に運び出す。

 追い駆けようとした飛鳥の腕を、ルーシーは掴んだ。血がついている個所を、青褪めた顔で見つめている。


『アスカ、******?』


“怪我は?”


「していません」


 はっきり応えると、ルーシーは安堵の息をついて肩から力を抜いた。


“心配しました……”


 血で汚れることも厭わず、飛鳥を強く抱きしめる。触れあう鼓動は早鐘を打つほどに早く、本当に心配していたのだと教えてくれる。飛鳥も気が緩んで視界は潤みかけた。周囲に誰もいなければ、泣いていたかもしれない。

 けれど、ここには人がいる。泣くまいとし、抱擁から抜け出そうとしたら、腕の力は増々強くなった。


「……ルーシー?」


『アスカ、******……』


“無事で良かった……”


 こればかりは、疑いようもなく彼の本心だと信じられた。飛鳥が見つめていることに気付くと、ルーシーの思考は不明瞭にぼやける。戸惑っているようだ。取り繕うように微笑んで身体を離した。


“……ロクサンヌに診てもらいましょう。着替えもいりますね”


 肩を抱いて歩き出すルーシーを見上げて、飛鳥は慌てて尋ねた。


「リオンは?」


『*******』


“治療中です。彼に死なれては困る。聞きたいことが……”


『アスカ――ッ! ********っ!!』


 昇降階段へ向かう途中、ウルファンは咆哮するよに飛鳥の名前を叫んだ。飛鳥はびくっと肩を震わせて、反射的に振り向く。

 連行されていくウルファンと視線がぶつかる。かつえる金緑の瞳。ぞわ……っと全身の肌が粟立った。


“アスカから離れろ。ぶち殺してやる。アスカは俺のものだ!”


 ウルファンは、ルーシーに突き刺さるような殺意を、そして飛鳥に対して、震え上がりそうな執着を向けている。飛鳥の肩はカタカタと小刻みに震えた。


『アスカ、****』


“耳を貸さなくていい。行きましょう”


 ルーシーに促されて、どうにか足を踏み出したが、心は乱れきっていた。魔法にかかると、ああも我を忘れてしまうものなのだろうか。

 解呪を唱えておいた方がいいかもしれない……ふと閃いて、足を止めた。


『アスカ?』


 肩を抱くルーシーを一瞥すると、刹那、身をひるがえして階段を駆け上がった。遠くから一言叫ぶだけでいい。けれど、踊り場に辿り着く前にルーシーに腕を掴まれた。


『アスカ!』


「離して」


 腕を振って嫌がると、ルーシーは両手を使って飛鳥の動きを封じた。


“どうしたんですか?”


「解呪を……」


 言いかけて途中で止めた。よく考えれば、魔法の効果は一日で切れるはずだ。自然に切れるのを待っても、問題ないかもしれない……。首を左右に振ると、抵抗を止めて身体から力を抜いた。


“ウルファンに、何もされませんでしたか?”


 何も、とはどのレベルの話だろう。無理やり連れ出され、頬を叩かれ、目の前でリオンを撃たれ……十分酷い目に合わされた。

 思い出しただけで、背筋に悪寒が走る。またしても全身が震え出した。


『アスカ……』


“まさか……”


 俯いて肩を震わせる飛鳥を見て、ルーシーの身体に緊張が走る。


“辱めを?”


 ルーシーが何を心配しているのか判った。それはない、貞操は無事である。飛鳥は唖然としたが、見下ろす双眸は真剣そのものだ。慌てて首を左右に振る。


「だ、大丈夫」


 ルーシーは、ほっとしたように緊張を解いた。何てことを考えるのだろう……気まずさと羞恥が込み上げて、再び顔を伏せた。



 +



 飛鳥は、ルーシーに付き添われて、第四甲板の病室を訪れた。

 鼻をつく、消毒液や鉄錆の匂い。病室のベッドは、怪我人で埋まっている。さっきの戦闘で傷ついた兵士達だ。中には包帯を赤く染めている負傷者もいる。視界が辛い。ここへ来ない方が、元気でいられたかもしれない……。

 飛鳥は部屋を出たかったが、ルーシーは許してくれなかった。やがて奥からロクサンヌが現れて、本当に具合が悪くなってきた飛鳥の検診を始めた。


『********』


“大丈夫。外傷は無いわ”


 ロクサンヌの診断を聞いて、ルーシーは頷く。ロクサンヌは理知的な青い瞳で飛鳥を見つめた。


『******、************』


“けれど、恐い思いをしたでしょう。疲れているはず。ゆっくり休んで、休養が必要だわ”


「リオンは?」


 飛鳥は病室を見渡しながら尋ねた。


“今治療している。ここにはいないわ”


 ロクサンヌは飛鳥の顔を見て、慰めるように頭を撫でた。


『アスカ、**********』


“シャワーを浴びて、着替えるといいわ”


 指摘を受けて我が身を見下ろすと、確かに酷い格好をしていた。服は血や埃にまみれ、ところどころ破けている。

 恐る恐る隔離室に戻ると、ウルファンのつけた軍靴の足跡は綺麗に拭われていた。

 心細さが顔に出ていたのかもしれない。扉を閉める前に、ルーシーは飛鳥に声をかけた。見下ろす眼差しは、今さっきの戦闘が嘘のように、慈愛に溢れた優しいものだ。


“何かあれば、室内ベルでユーノを呼んでください。私に用事がある時は、ユーノに、こう言ってください”


『ルーシー******』


 ルーシーは同じ台詞を何度か繰り返した。発音が難しくて苦戦したが、五回言い直すと、良しと満足そうに頷く。


『ルーシーを、呼んでください』


『*******』


“そうです。覚えておいてください”


 飛鳥が呼べば、ルーシーは応じる気があるらしい……そう思った途端、またしても制御不能な喜びが胸の内に込み上げてきた。


『ありがとうございます』


『……どういたしまして』


 面映ゆい気持ちで礼を口にすると、ルーシーはとても優しい表情で微笑んだ。何をどうしても、鼓動が高鳴ってしまう。

 自戒するだけ無駄なのかもしれない。飛鳥の心は、ルーシーの言動にいちいち反応して、喜んでしまうのだから。

 魔法を使えば、ルーシーと両想いになれる……。

 ふと考えた途端、苦い想いが胸をよぎった。

 二度と、ルーシーに魔法を使わない。そんなことをすれば、果てしなく後悔することは目に見えている。


 その日の夜は、部屋の明かりを落とさずに眠りについた。

 恐い夢を見ないように。願わくば、雫に会えることを祈りながら。





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