表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -  作者: 月宮永遠
3章:ゴットヘイル襲撃
31/43

3

 その日の夜。夕食を食べ終えた頃、飛鳥はなんとなく扉を見つめた。

 防音完備の隔離室に、外の音が聞こえることはない。けれど今頃、艦はゴットヘイルの賊制圧に向けて、行動を開始しているはず。

 恐らく前線に立つであろう、ルーシーやリオンのことが気になる。

 ベッドに腰かけて、ルーシー達のことを思い浮かべていると、突然、扉が開いた。扉の外に、物々しい重火器を構えた、十数人の武装兵達が並んでいる。


『アスカ*****?』


“アスカだな”


 呆気に取られていると、部屋に大柄な男が一人、遠慮なく入ってきた。

 異様な男だ。目深に被った隊帽から覗く朱金色の短髪、燃えるような金緑の双眸で飛鳥を見下ろす。がっしりとした巨躯きょくは、そびえ立つ壁のようだ。


『****』


「何……?」


 飛鳥は震えながら、男を見上げた。彼は本当に軍人なのだろうか。殺し屋かヤクザと言われた方がよほど納得がいく。

 男は委縮する飛鳥の右腕を、片手で軽々と掴みあげた。ぐん、とあっけないほど簡単に、飛鳥の身体は浮き上る。


「えっ、えっ!?」


“ちょろいな”


 ふと、白い床に浮かぶ赤い斑点に気付いて、飛鳥の喉から「ひっ」と悲鳴がほとばしった。

 男のつけた軍靴ぐんかの足跡には、どす黒い赤色――血がこびりついている。

 掴まれた手を取り返そうと暴れたが、男は容赦なく飛鳥を外へ引きずり出した。

 視界に飛び込んでくる、凄惨な光景。

 廊下には、呻吟しんぎんする兵士達が、血を流して倒れている。

 塵埃じんあいが立ちこめ、硝煙の匂いが鼻をつく。鈍色に光る薬莢やっきょうが無造作に散らばり、隔離室の扉を護る警備兵は倒れている。

 異常事態だ。

 飛鳥の腕を掴む大男は“ちょろいな”とさっき思い浮かべていた……。

 血を流してうずくまる兵士の一人が、微かに呻いた。飛鳥は慌てて駆け寄ろうとしたが、腕を掴む男は許さなかった。


「何があったの!?」


『******』


“とっととズラかろう”


 男は飛鳥の手を掴んだまま走り出した。付き従うように、十数人の武装兵達も追い駆けてくる。ガチャガチャと軍靴や銃器の発する音が廊下に響く。

 彼等の誰一人として、倒れている兵士達に手を差し伸べようとしない。ちらりとも視線を投げない。彼等は何者なのだろう。空軍の恰好をしているが、信用できるのだろうか。

 特に飛鳥の手を掴む男。武装兵達のリーダーのようだが、何の為に飛鳥を連れ出しているのだろう。


「どこへ行くんですか?」


 眉を八の字にして飛鳥が声をかけても、微塵も反応してくれない。


「待ってください!」


 ルーシーやユーノはどこにいるのだろう。

 男は飛鳥の質問には応えず、強引に手を引っ張ったまま屋内格納庫に飛び込んだ。そこにはリオンがいた。


「リオン!」


 ようやく知っている顔を見つけて、安堵に胸を撫で下ろしたが、リオンはいつになく厳しい表情をしている。


“済まない……”


 昏い悔悟かいごに満ちたリオンの心。


「どうしたんですか?」


 嫌な予感がする。


『アスカ**、********』


“許してくれ……”


 リオンは何を心配しているのだろう。飛鳥は何度もリオンの名を呼んだが、リオンはその場を動こうとはしない。

 そうこうしている内に、男は飛鳥の腕を引いて、黒塗りの戦闘機に架けられたタラップに足を掛けた。


『****』


“乗れ”


「嫌っ」


 この男について行くのは、どう考えてもまずい気がする。足を踏ん張って抵抗すると、パンッと頬を張られた。脳が揺さぶられ耳朶を震わせる。

 それでも、男にしてはかなり手加減をしたのであろう、痛みは耐えられない程ではない。けれど、張られたという事実に飛鳥は深い衝撃を受けた。


『アスカッ!!』


 真っ白になった意識の向こうで、リオンが叫んでいる。


“駄目だ。見過ごせない――っ!”


 リオンは腰から銃を抜き放った。男に向けて、引き金を絞る。

 刹那。パンッと乾いた音が弾け――リオンは腿を抑えて、その場にくずおれた。撃ったのは、飛鳥を殴った男の方だ。男は、微塵も躊躇せずに撃った。


「リオンッ!?」


 リオンの右腿から、血が溢れている。飛鳥はこれでもかというほど、目を見開いた。


“アスカ、許してくれ。その男は――っ!!”


 断末魔のような声なき声を拾う前に、強く腕を引かれた。振り払おうとしたら、男はさっと腕を振り上げた。思わずビクッと左腕で頭を庇う。


“大人しくしろ”


 恐い――。

 凶器のような腕は振り下ろされなかったけれど、飛鳥の敵愾心てきがいしんくじかれた。暴力を振るわれると考えるだけで、恐くて身が竦む。

 けれど、リオンが血を流して倒れている。

 今、飛鳥をいて他に、彼を助けられる人間はいない。心臓は激しく脈打ち、酷い動悸に襲われる。それでも飛鳥は、震える手で自分の胸を差し――


「あ、飛鳥、飛鳥っ」


 名前を繰り返し告げると、男は苛立たしそうに片眉を跳ねあげた。


『アスカ?』


“それがどうした?”


 人差し指をくるりと男に向けて「あなたは?」と問いかけると、男は閃いたように、拳でトンと自分の胸を差し、


『**ウルファン***、*****』


 名前を告げた。早くしろ、と言わんばかりに腕を引く――飛鳥は負けじと叫んだ。


「ウルファンッ! メル・アン・エディールッ!!」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=837031108&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ