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メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -  作者: 月宮永遠
2章:キスと魔法と逃走
28/43

10(2章完)

 隔離室に戻された後、ルーシーは部屋を出て行き、やがて、湯気の立つ料理を持って戻ってきた。


『アスカ、*******?』


“お腹空いたでしょう?”


 そう言われると、そろそろ夕食の時間だ。しかし、空腹感はどこへ飛んでしまっている。いらない、と言うように首を左右に振ったが、ルーシーは銀のトレーを机の上に置いた。

 どうにもならない沈黙が落ちる……。飛鳥がいつまでも席につかずにいると、ルーシーは諦めたように話し始めた。


『アスカ、******』


“予定が変わりました。当艦はヴィラ・サン・ノエル城から針路変更、現在、北東に位置するゴットヘイルを目指して高速移動中です”


「ゴットヘイル……?」


 飛鳥が声に出すと、ルーシーは「そうだ」と言うように頷いた。


“バビロン北東にある重要港湾都市です。基地管制の報告では、昨夜未明、クリークダウン空賊団がバビロン領空、ゴットヘイル島を侵犯し、襲撃開始。抗戦を続けるも状況は劣勢だそうです。ルジフェル閣下から、我が艦に撃墜命令が下りました”


 海賊ではなく、空賊……。空しかない世界だからか。撃墜、ということは、ルーシーも闘うのだろうか。じっと見上げていると、ルーシーは更に説明を続けた。


“バビロンは目前でしたが、可及的速やかに……、ということですので仕方ありません。現場に直行します。クリークダウン空賊団の船長、ウルファン・バーキッツを捕えてから、バビロンに帰還することになりました”


「戦うんですか……?」


『******?』


“どうかしましたか?”


 言葉を続けられずに口を閉ざすと、安心させるように頭を撫でられた。


“すぐに片付きますよ”


「ユーノは?」


 ルーシーは微笑んだ。


“今、ファウストが調律をしています。明日には会えるでしょう”


 心の底からほっとした。

 しかし、激突した操縦士を想うと、気鬱は晴れない。誰が乗っていたのかは知らない。何の罪もない人だ。飛鳥のせいで、恐ろしい事故を引き起こしてしまった。

 悄然として俯いていると、ルーシーに頭を撫でられた。


“――未帰還機は一機でしたが……”


 勢いよく顔を上げると、ルーシーは安心させるように微笑んだ。


“心配していた? 安心してください。操縦士は脱出して無事です。僚機が連れ帰りました。破損機の修理や代機との交換にも着工しています。明日には、完全な陣容に復するでしょう”


「あぁ……っ、神様……っ」


 飛鳥は両手で口を抑えた。無事だった。乗っていた人は、無事だったのだ。飛鳥は人殺しではなかった。

 視界はたちまち潤み、熱い雫が頬を滑り落ちた。


『アスカ……』


「ありがとうございます……っ」


 それだけ言うのがやっとだった。ルーシーは飛鳥をじっと見つめた後、両腕を伸ばして抱き寄せた。少々照れ臭かったが、慰めてくれるのだろうと身を任せていると、瞼の上にキスされた。


「――っ」


 柔らかな感触に、鼓動が跳ねる。

 慰めるにしても、度を超していないだろうか。少なくとも、飛鳥の感覚では。胸に手をついて押しのけようとしたら、その手を掴まれた。


“――……”


 ルーシーの淡い思考を読み取り、飛鳥はたじろいだ。慌てて彼の思考から目を背ける。覗いてはいけない気がした。


『******……』


 飛鳥が怯えたように身を引くと、ルーシーは気まずそうに飛鳥の手を離して、視線を逸らした。ぽん、と飛鳥の頭を一撫でして、静かに部屋を出て行く。

 一人になった途端に、心臓は煩いくらい早鐘を打ち始めた。

 ルーシーは、さっき何を思ったのか――キスしたい――本当にそう思ったのだろうか。そんなわけない……、と否定しながらも、胸に湧きあがる喜びを止めることは難しかった。





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