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メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -  作者: 月宮永遠
2章:キスと魔法と逃走
23/43

5

 やがて、諦めたようにルーシーは部屋を出て行った。ぼうっとしている間に、ユーノが昼食を運んできたけれど、飛鳥は一切手をつけなかった。

 今は放っておいてほしい。

 そもそも殆ど体を動かさないので、腹はあまり空かないのだ。それに加えて、今は精神的に傷ついている。食欲はいつも以上に無かった。

 ぼんやりベッドに座っていると、ユーノと共に、リオンとロクサンヌが部屋にやってきた。


「え……」


 どうして二人がここにいるのだろう。ユーノが呼んできたのだろうか。


“食欲がないの?”


“大丈夫?”


 二人共、飛鳥を案じている。リオンはともかく、魔法にかけられたと知っているはずのロクサンヌまでもが、飛鳥を案じてくれたことは意外だった。飛鳥の疑問を察したように、ロクサンヌは優しく微笑んだ。


『アスカ、********』


“そんな顔をしないで。怒っているわけじゃないから”


「どうして?」


“酷いことを、されたわけじゃないもの。一人で閉じ込められて、不安に思うのも仕方ないわ”


 二人は飛鳥が思考を読めることを、知っているようだ。明らかに、話しかけるように、心の中で文章を組み立てている。


“今日は散々な目に合ったって、聞いたよ”


 リオンは、綺麗な挿絵の描かれた絵本を、飛鳥に手渡した。今日の贈り物らしい。思わず笑ってしまった。飛鳥の実年齢を、まだ聞いていないのだろうか。


「ありがとう……」


 心からお礼を言うと、二人共優しい表情を浮かべた。


“古代神器と言われても、普通の女の子に見える……”


 リオンは、考え込むように飛鳥をじっと見つめた。まただ、と思う。彼は飛鳥を前にすると、思考を深く彷徨わせることがある。


“ルジフェル閣下は本気なのだろうか。アスカを――”


 飛鳥がじっと見つめていることに気付くと、リオンは淡く微笑んで、思考を隠すように彼方へ追いやった。そして唐突に違うことを考え始める。

 リオンはいつもそうだ。差し入れをしてくれたり、何かと気遣ってくれるけれど、飛鳥に対して後ろめたく思っている節がある。ただ優しいだけじゃない。リオンは何か、飛鳥に隠していることがある。


『**アスカ、*******』


 ロクサンヌに視線を合わせると、たおやかな繊手せんしゅで、クッキーの入った袋を渡された。


「ありがとう」


 クッキーから、香ばしい紅茶の匂いが漂う。甘いものは大歓迎だ。思わず笑顔になると、ロクサンヌは優しい笑みを浮かべた。


『*******、アスカ****』


“それは、艦長からなの。アスカに、って……”


「……」


 途端に笑顔は萎んでしまった。ルーシーの顔を、今は見たくない。考えたくもない。このクッキーは、彼にとって罪滅ぼしのつもりなのだろうか。


“アスカが昼食を摂らないと聞いて、艦長も心配していたわ。アスカに悪いことをしたと……”


「……」


 飛鳥はクッキーの入った茶袋を、じっと見下ろした。きちんと包装されて、リボンで結ばれている。どこで手に入れたのだろう。

 もし、ルーシーが、さっきのことをロクサンヌ達に話していたとしたら。皆して影で、飛鳥を笑っているのだとしたら……。想像しただけで気分が悪くなった。ルーシーはそんなことはしないと思う。思いたい。

 いや、どちらでもいい――どうせ、逃げ出すのだ。疼く胸の痛みを、強引に捻じ伏せる。

 飛鳥が食事に手をつけようとしなくても、彼等は無理やり食べさせようとはしなかった。一刻ほど、穏やかな歓談をした後、銀のトレーを置いたまま、静かに部屋を出て行った。

 ここにはリオンやロクサンヌのように、親切にしてくれる人達も確かにいる。彼等の優しさまで疑おうとは思わない。

 だからと言って、迷ってはいけない。

 彼等がどんなにいい人でも、飛鳥の拘束を解いてくれるわけではないのだ。バビロンに着いた後、飛鳥の安全を保障してくれる人なんていない。

 飛鳥が古代神器だと知らなければ、彼等も違った対応を見せてくれたのかもしれない……、そう考える時点で、答えは出ているようなものだろう。

 逃げるのだ。

 誰も飛鳥を知らない、遠い場所へ――たとえ魔法を使ってでも。

 飛鳥は、ロクサンヌの渡してくれたクッキーの袋をちらりと見下ろした。食べるつもりはない。ここから出て行くのだという、決意表明だ。





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