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 雫が笑っている……。

 あの日、二人で楽しみにしていた、ナッツベリー・ファームのウォーターライドに乗って、水飛沫を浴びながら悲鳴を上げている。


“超濡れたんだけどぉーっ!”


 水に浮かぶ丸いカートは、飛鳥と雫を乗せてくるくると回る。滝の水が頭から降り注ぐベスト・ポイントで、雫の座席がちょうど真下にきた。狙ったように頭から水を被り、ずぶ濡れになっている。


“お姉ちゃん、写真撮ってあげよっか”


“壊れるから駄目! 耐水じゃないんだから!”


 レインコートなんて、あってないようなものだ。雫ほどではないけれど、飛鳥も十分びしょ濡れだ。真夏で良かった。髪や肌を濡らす水が心地いい。


 ――あぁ……、私は今、夢を見ているんだ。


 これが夢だと判る。現実に、雫がいるわけがない。雫は、あの日あの事故で、死んでしまったのだから……。

 夢の中で会いに来てくれた。一緒に乗ろうって、約束していたから――。


“靴脱いでおけば良かったー、びしょびしょだよ”


“私サンダルだから平気ー”


 雫が勝ち誇ったように笑う。飛鳥も笑っている。夢だと判っていても、楽しくて仕方がない。いつまでも水飛沫を浴びていたいのに、終わりが近づいている。


“もう一回乗ろうよ!”


 雫が笑う。大賛成だ。何度でも乗りたい。ずっと乗っていたい。けれど、とうとうスタート地点に着いて、カートから降りた。

 スニーカーはびしょ濡れで、歩く度にカエルの潰れたような音が聞こえる。飛鳥の無様な恰好を見て、雫が笑っている。外で待っていた両親が手を振ると、雫は駆けだした――。


“濡れたー”


“待ってよ、お姉ちゃん……”





 体は目覚めつつあるが、離れ難くて、微睡にしがみつくように手を伸ばした。ずっと夢を見ていたい。いつまでも……。


「ン……」


 はだけたシーツを、体の上に掛け直された。少し肌寒かったので、ちょうどいい……。優しい手つきで頬にかかる髪を払われる。微睡から目覚めた飛鳥は、ルーシーの青い瞳を見て固まった。


「――っ」


『****、アスカ』


“起きた?”


「ルーシー……」


 ルーシーはベッドに腰掛けて、飛鳥の髪を撫でている。

 脳が覚醒すると共に、とてつもない落胆に襲われた。あれは夢で、これが現実……、逆なら良かった。これが夢で、さっきまで見ていた、幸せな世界が現実だったら、どんなに……。

 胸が痛い……。

 あっという間に視界が潤んだ。顔を背けた途端に、涙が頬を伝う。背けた頬に、ルーシーの視線を感じた。今は見ないで欲しい。背を向けて手で顔を隠したら、頭を撫でられた。


『*******……』


 思考を読むまでもなく、慰めを口にしていることは判る。けれど、その優しさは全てまやかしだ。

 緩慢な動作で起き上がると、ボサボサになっているだろう髪を手櫛で梳いた。寝起きを見られるのは、かなり恥ずかしい。

 いくら子供と思っているからって、寝起きに会いに来ないで欲しい。パジャマ姿だし、ブラもつけていないのに……。厚い生地だから透けてはいないけれど、意識したら急に恥ずかしくなってきた。


『******……』


“どうして泣いた? 夢?”


「お早うございます……」


 寝起きの顔を見られたくなくて、俯いたままお辞儀したら、大きな手で優しく頭を撫でられた。


“大丈夫?”


 居心地が悪くて仕方ない。視線を泳がせていると、額に掠めるようなキスをされた。


「ちょっと!」


 飛鳥の思考は完全に停止した。ドキドキし過ぎて、口から心臓が飛び出しそうだ。額を押さえる飛鳥を、ルーシーは優しい眼差しで見つめている。


『**********』


“案内したいが、平気? 様子を見るか……”


 どうやら艦内を案内してくれるらしい。頷きそうになるのを堪えていると、ルーシーは飛鳥の頭を軽く撫でて、ベッドから立ち上がった。


「ルーシー?」


『アスカ、******』


 ルーシーは、眩しい笑顔で「また来る」といった意味合いの言葉を口にすると、今度こそ颯爽と部屋を出て行った。

 では今は、何しに来たのだろう。

 まさか、お早うのキスをする為だけに……。……。飛鳥は顔を赤らめて、シーツに視線を落とした。





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