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鉄道哀歌

人工知能をもった最新式の連結器の少し悲しい話です。しばらく書いてなかったので、練習用に書いてみました。原稿用紙5枚くらいの非常に短い話なのでよければ読んでください。

 力強い音とともに筋肉質の腕と腕が絡み合い、互いの肩がぶつかりあった。丁度ラグビーのスクラムのように、がっしりと。その姿は見るものに圧倒的な印象を与えた。盛り上がった胸筋と、ストイックに痩けた頬、ぎらついた目に、女性の腰ほどもあろうかという二の腕。まさに力強さの象徴がそこにあった。ピリリと笛の音とともに車庫から先頭車両がゆっくりと動き出す。つられて連結された車両も動きだし、連結部分も動き出す。そして彼らの絡め合った指先にも力が籠る。彼らは人ではない。最新AIを搭載した連結機なのだ。

 奥東京電鉄はここ数年乗車客の低迷に悩んでいた。そこで鳴り物入りで就任した新社長のアイデアで登場したのがこの最新AI搭載の人型連結器であった。筋骨隆々な男性の上半身の形をしていて、背中部分を歩く事で隣の車両へと移動できるようになっている。

 当初人型連結器は可愛い女の子にしようかという案もあった。確かに男の視点で見ればむさ苦しい男より可愛い女の子の方がいい。だが、連結部分の腕が華奢だと安全性に不安がでるのではないかと言った意見や、細くしなやかな背中の上を歩く事に躊躇(ちゅうちょ)してしまうのではないかと言った意見から、人型連結器はマッチョな男性の形をとることとなった。

 人型連結器は一号と二号の二台で運用されていたが、二号の腕部分に不具合が見つかり、今日から三号機が代役をつとめる事になっていた。

「は……初めまして、一号機さん。よろしくお願いしまっス」

 初めての大役に三号機はかなり緊張している様子だった。対して一号機は余裕とばかりにたばこを取り出すと、火をつけ「ん……おう」とだけ応えた。

「お……俺、夢だったんです、こうやってデビューできるのが。一号機さんも初めての時は今の俺みたいに緊張……」

 されたんスか、と訊こうとするとそれを一号機が遮った。

「カーブ来るぞ。脇しめろよ」

「あ、はい。ファ……ファイトォッ!」

「おいおい、最初からそんなに(りき)みなさんなよ。後半もたないぜ」

「あ、はい。すみませんス」

 三号機が肩すかしを食らった状態で、列車はカーブを過ぎ、そのまま最初の駅に入った。ドアが開き、複数の足音から何人か客が乗り込んできたようだった。

「いよいよ俺デビューっス。緊張するなぁ。こうやって人間の役にたてるなんて光栄っス」

 三号機が一人興奮していると、いきなり背中に激痛が走った。

「痛い」

 思わず三号機が顔を上げると、そこには中年くらいのスカートを穿いた女性が立っていた。背中の激痛は彼女のハイヒールの踵の重みだったのだ。

「ちょ……覗かないでください。失礼ね」

 両手で前を隠す女性の顔は、恥ずかしさからか、はたまた怒りのせいか真っ赤になっていた。

「あー、すみません。こいつ今日が初めてなもんで、まだ勝手がわからないんです。後でちゃんと言い聞かせますので」

 一号機がやる気のなさそうな声で謝ると、女性は「全く失礼な」と言い残し、彼らの背中の上をのしのしと歩いて行った。

「上見るなよバカ」

 事態が飲み込めず呆然としている三号機に一号機が気怠そうに言った。

「いや、でも急に背中に乗られたもんだからビックリしちゃって」

「乗客が隣の車両に移るのに連結部分を通るのは当たり前だろ」

「そりゃそうですけど……」

 三号機は少し不満げな顔をした。

 次の駅は大きな駅だったようで、多くの客が乗り込んで来た。当然混雑を避けようと連結部分にも人がやってきて、三号機の背中にも何人かが乗ってきた。

「イテ。イテテテテ」

 悲鳴をあげる三号機

「バカ。声を出すな」

「でも背中が痛くって」

「わかってるよ。でもそんな声だすと乗客が不安がるだろうが」

「そ……そんなぁ」

「根性だせよ」

「は……はい。ファイトォッ!」

「だからまだ早いって」

「は、はい。すみませんス」

 三号機の表情がまた少し曇った。

 その後も散々な目にあった。酔っぱらいにゲロを吐かれたり、若い学生にガムを吐かれたり、子供には面白がって背中の上で飛び跳ねられるし、年寄りには杖の先で小突かれたり。夕方頃にはもう三号機は口数も減り、ずっと俯いたままで、まるで元気がなくなっていた。

「よお」

 一号機が声をかけた。

「なんスか」

 三号機の返事は今にも消え入りそうな程か細い声だった。

「なにしょげてんだよ」

「だって、しょうがないじゃないスか。俺こんな目にあうために連結器になったんじゃないスから」

 三号機の目にはうっすらと涙が光っていた。

「俺はもっと乗客の皆さんに楽しんで乗ってもらいたいんス。もっと笑顔で感謝されたいんス。なのに……なのにこんな痛い思いや辛い思いばかりで、乗客は誰も喜んでくれないし感謝もしてくれないじゃないスか」

「理想と現実とのギャップってヤツか。バカだね、お前さんは」

「バカって何スか。理想を持って働いたら駄目なんスか」

「お前の理想ってのに合わせてくれるほど世の中甘くないんだよ」

 一号機はまたタバコを取り出し、火をつけた。

「俺たち鉄道屋の仕事は客に感謝されることじゃないだろうが。乗客を安全に目的地へと運送することだろう。客に感謝されなくたって安心して乗ってもらえる。それだけで俺たちが働く意義があるってものじゃないか。俺たち連結器が馬鹿力で組み合っているのもそのためにあるんだろ」

「せ……先輩」

 熱い涙が三号機の頬を伝った。

「さあ、上りのカーブに差し掛かるぜ」

 一号機が初めて笑顔を見せる。三号機の顔にもどこか晴れやかな表情があった。

「一丁踏ん張るとするか」

「はいっ!」

「ファイトォォ!」

「いっっぱぁぁつ!」

 男と男は今解り合えたのだ。


 奥東京鉄道では、連結器がうるさくて気持ち悪いと言う乗客からの苦情をうけ、AI連結器の採用を近々取りやめることを決めている。

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