第一話・救いの矢
荒野を一台の馬車が駆けていた。中には気品溢れる少女と威厳のある老人が乗っていた。
「姫君、申し訳ありません」
老人が深々と少女に頭を下げた。
少女はマルキス国国王、マルキス・オクートの次女、マルキス・レイア姫。老人の方は姫の世話役、ラクト・モーザ。
「良いのですモーザ。私一人が犠牲になるだけで国が救われるのですから」
ニコリと笑ったが、その目には悲しみの色が見えた。
「モーザ様。もうすぐ国境です」
馬車を走らせている従者が声を掛けてきた。
「そうか。越えたら少し休もう」
はいと短い返事が返ってきた。
それからしばらく走ると、突然従者が叫んだ。
「姫様!モーザ様!」
何事かと思い外を覗こうとすると、馬車が突然横転した。
ガタガタ!
レイアをかばうひまも無かった。
「姫!大丈夫ですか!」
すぐに起き上がり辺りを見回した。横でレイアがぐったりと倒れているのを見つけた。
「姫!」
どうやら頭を打って気絶しただけのようだ。
「良かった・・・」
しかしホッとしたのも束の間、バッと幕が開けられると、武装した兵士が数人、姿を表した。
「マルキス・レイア姫と、その世話人のラクト・モーザだな」
「だったらどうだというのだ!」
凄んでみたが、武装した兵士相手にどうする事もできない。無言でレイアと共に馬車の外に引きずり出された。
「やめろ!やめないか!」
モーザがレイアに覆い被さるようにした。
「貴様らにはここで死んでもらう」
そう言うと剣を高く振りかざした。
死んだ。
と思い目をつぶったが、何時までも剣が振り降ろされない。恐る恐る目を開くと、兵士が苦悶の表情を浮かべていた。背中には矢が刺さっている。
「ジジイと嬢ちゃんを殺すにしちゃ、随分大袈裟だな」
兵士達の後ろの方に弓を構えた男が立っているのが見えた。
「なんだ貴様!」
兵士達がそっちを向いた。
「ただの旅人だよ」
クックックッと小馬鹿にした笑いをしながら言った。
「殺せ!!」
顔を真っ赤にしながら指揮官らしき男が叫んだ。兵士六人が武器を片手に突っ込んで行く。
それを見た男はゆっくりとした動作で弓に矢をつがえた。
ヒュッと風を切る音と共に矢が飛んでいき、一人の喉元にグチュと刺さった。
男は段々と近付いて来る兵士達に焦りもせずに、またゆっくりと矢を放った。
今度は顔の中心にカツッと刺さった。
さすがに弓を使う距離では無くなると、腰に差していた剣をサッと抜いた。
そして、正面から突いてきた槍を避けると、その兵士を真っ二つに割った。
そのまま体を回転させると、左で剣を構えていた兵士の腹を横に切った。流れるような剣捌きに怯んだのか、残りの兵士の動きが一瞬止まった。
その隙を逃すはずも無く、一気に距離を詰めると残った二人を切りふせた。
その時の顔は子供のような笑顔だった。
「う、動くな!くそっ、この化け物が」
指揮官がレイアに剣を突き付けた。
「剣を捨てろ!じゃないとこいつらを殺す!」
顔が青ざめている。
「殺すって・・・元々殺す気だったろうが。まあいいや」
クックッと笑いながら剣を投げ捨てた。指揮官はそれを見て安心したのか、突き付けていた剣を少し下にずらした。
その時、男がニヤッと笑ったような気がした。
「うわーー!」
叫び声が聞こえたかと思うと、指揮官の後ろから誰かが飛び掛かっていった。
よく見ると血塗れになった従者だ。
「くっ!貴様!」
振りほどくと、従者の胸に剣を突き立てた。
『ぐっ!』
従者と指揮官の声が重なった。
何事かと思ったが、すぐに理解できた。
いつの間にか指揮官の背中に矢が突き刺さっていた。
「油断するからだ」
男がいつの間にか弓を構えていた。
「ジジイ達大丈夫か?」
剣を拾いながら尋ねてきた。
「かたじけない。お陰で助かった。そなたは?」
「アグニ。そっちの嬢ちゃんは大丈夫か?」
「少し頭を打ってしまったようだ。心配ない」
まだ目を覚まさない。
「この少し先に町がある。そこまで連れて行ってやろう」
そう言うと後ろに向かって何か叫んだ。
すると、何処に隠れていたのか一台の馬車がこちらに走って来た。
「貴族を乗せるような物じゃないが我慢してくれ」
アグニが恥ずかしそうに笑った。馬車は子供が走らせているようだ。
「さあどうぞ」
アグニに促され、モーザがレイアを背負って乗ると、すぐに出発した。