第三話 生霊ジェラシー(1)
生徒会長の和希がメインのお話です。
「……………」
私立八津峰学園の生徒会長、室井和希は渋い顔で生徒会室の椅子に座り、自分専用の湯飲みを見つめていた。
「? どうしたんですか? 先輩」
心配して声を掛けたのは、一年生執行委員の金城恵。先輩思いの彼は今日も生徒会室に残って雑務をこなしてくれている。今日、恵と書記の小高優以外の役員はそれぞれ用事があって来ていない。まあ、文化祭という一大イベントを終えた後の生徒会は、比較的ヒマなので問題はないのだが。
「ああ…、ちょっと最近寝不足でな…」
ふうーっと深くため息を吐く和希の目元には、確かにうっすらと隈が見える。
「珍しいね。規則正しい生活を送ってる会長が寝不足なんて」
「………いや…それが…」
言い難そうに言い淀む和希の様子に、どこか常ならぬものを感じて優はさらに「何があったの?」と問い詰める。
恵も、プリントを束ねる手を止めて二人のやり取りを見つめる。
「実は、ここ最近……誰かの視線を感じるんだ…」
「「…………えええっ!!!」」
「そ、それってストーカーですか!?」
「うわ~。まあ、結構女子生徒から人気あるしねえ。有り得なくはない」
和希は、疲れたようにまた深いため息を吐いてテーブルに突っ伏した。
「でも寝不足になるくらいストーキングされてるって、それやばくない?」
「はっ! そうですそうです。というかストーカーは犯罪ですよ!! 警察とかに相談した方が…」
「………それなんだが…、」
和希はまた、何か言い難そうに眉をしかめる。
これは本腰を入れて事情を聞く必要があると、優は判断した。
「とりあえず、警察なりなんなりに相談する前に、僕らに話してみてよ。具体的に、何があったの?」
真剣な眼差しの優の隣で、恵もこくこくと頷く。
生徒会室は、一時『お悩み相談室』と化した。
「最初に視線を感じたのは、五日前の夕方…というかもう日が沈んでいたから、夜だな。帰宅途中、背後に視線を感じて。何度か振り返ったんだが誰もいない。その時は気のせいだろうと思って、気にせず帰った」
元々、人の視線なんていうものは多くの場合「気のせい」だったりする。
見られている気がして振り返って、たまたま誰かがこちらを見ていたりすることもあるが、和希はそんなに人の気配に聡い方ではないし、生徒会長という立場柄、見られることに慣れていて人の視線は一々気にしない方だ。
だが、今思うとあの視線はどこか普通とは違っていたという。
「それって、あつ~い愛の視線、とか?」
「…ちがう…と…思う…」
そんな好意的なものじゃなくて、時折背筋が凍るような、悪意めいたものを感じる視線だという。
「それ以来、帰宅途中だけじゃなくて家の中でも視線を感じるようになった。家族と一緒に居るときには感じないんだが、夜に自室で一人で居ると…こう…、じーっと見られているような気がして…」
「さ、さすがに先輩の部屋にストーカーが潜んでいる…なんてことはないです…よね?」
恐ろしい想像をしてしまって、怯える恵が言う。
「さすがに、俺もそこまで鈍くないぞ。それに一応部屋の中は調べた。まさかと思って、カメラの類も探したが、それも無かった」
「うーん…。盗撮されてるわけじゃないとすると、どうして自分一人しかいないはずの柄屋で視線を感じるんだろうね…」
これはひょっとすると、普通のストーカーではないかもしれない。
さらに、
「それだけじゃなくて…、三日前くらいから、夜中に女のすすり泣きみたいな声が聞えてきて……」
「「………」」
「それで全然眠れないんだ…。目には見えないけど、何かが居るような気がして気持ち悪い。それに……、」
「そ、それに…?」
だんだん怪奇めいてきた和希の話に、恵が恐る恐る先を促す。
「……朝、部屋の床に長い髪の毛が落ちてた……」
「うわああああっ!! 怖っ!!」
「うーん…ホラーだね…。とゆうかそれ、もうストーカーじゃなくて幽霊とかなんじゃない?」
「そう…思うか?」
頼りなげに、和希が二人を見上げた。
相当まいっているのだろう。
「以前の俺なら、真っ向から否定するんだろうが。あんな体験をした後だからな…」
ふう、とため息を吐く。
「あの…、それなら柊先輩達に相談してみたらどうですか? この手のことは、柊先輩達の方が詳しいし。御祓いとかしてくれるかも…」
「そうだね。そうしたらいいと思うよ、会長」
「…ああ」
そして和希は、親友と後輩の言葉に素直に頷くことにした。