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第二話 死んでくずれて灰になれ(3)



 人気ひとけの無い夕暮れの道を、柊兄弟が並んで歩いている。

「で? どういう事件なわけ?」

 不機嫌そうに翠が問えば、碧衣はケータイを開いて父から送られてきたメールを読み上げる。

「この先の小坂こさか交差点付近の道路で、交通事故が多発している。いずれも朝、近くの小学校に登校する児童の列に自動車が突っ込む、というケース」

「多発?」

「今月に入って五件、だって。学校側が通学路を変えてからは被害者は出なくなったけど」

「多いな…」

「加害者、運転手はいずれもハンドル操作を誤まって歩道へ突っ込んだといわれているが、本人達は特に飲酒をしていたわけでもなく、突然ハンドルをつかまれたような感覚があって、気付いたら歩道へ突っ込んでいた、と」

「で、幽霊の仕業かも? って?」

「そうみたいだな。親父も霊視したわけじゃないから、本当に幽霊がいるのかはわからない。原因を究明して対処せよ、って」

「うあ~。最悪、何もいなかったら俺達無駄骨ってこと?」

「こと」

 さいっあく、と毒づいて、翠が道端の石ころを蹴る。 

 今日は厄日なのではないだろうか。



 現場の道路は、見通しの良い緩いカーブになっていた。

 犠牲になった小学生の中には、亡くなってしまった子供もいるのだろう。まだ新しい花が添えられていて、すぐにわかった。

「こんな見通しの良い道路で、続け様に同じケースの事故、ってのは偶然とは思えないな」

 翠が現場を見渡し、呟く。

 碧衣も同意見のようだった。

「ここは結構人目につくから、とりあえず人払いの結界を張るよ」

 碧衣が自分のカバンの中から、紫衣の包みを取り出す。

 中には、水晶の数珠が入っていた。


「 オン 」


 碧衣が低く囁くと、数珠を連ねていた糸がふっと消える。

 そしてバラバラになった珠を、現場を三角形に囲むように三箇所に分けて置いていった。

 三点に珠を置き、最後に手を組んで呪を唱える。

「 オン バザラ タマラ キリク 」

 パシン、と氷が張ったような音が響いて、珠で囲まれた空間が外界から切り離される。

 とは言え、この場所を違う次元へ切り離す類の結界ではなく、ただ通りがかった人がこの場所だけを『認知しなくなる』結界だ。

 時間も、そう長くは結界を張っていられない。

「じゃ。とっとと呼ぶか」

 今度は翠が、手を組んで呪を唱える。

「 プラジュニャーパーラ ミターフリダヤン 」

 ぞくっと、走る悪寒。

 周りの空気が淀み、重くなっている気がした。

(……やっぱり『いる』な…)

「 ナマッハサルヴァジュニーヤ アーリャーヴァロキテー 」

 夕暮れの空が、急に曇ったように暗くなる。

 感じる風が、冷たい。

「翠、来た…」

 二人の視線の先に、ゆらりと黒い影が立ち上る。

 それは段々と人の輪郭を成し、やがて若い男の姿になる。

「「?」」

 兄弟が首を傾げる。

 男の首には、ロープが巻かれていた。

 まるで、首を吊って死んだような姿だ。おかしい。幽霊は、大抵が死んだときの姿で現われる。この場所で、事故で死んだ者ではないのか…?

『う…ああ…』

「お前に問う。この場所で事故を起こしているのはお前か?」

 しかし男は、碧衣の言葉など耳に入っていない様子で、何かに怯えるようにかたかたと震えている。

『あ…ぁ…俺…俺は…』

「?」

『…俺…は…悪くない…』

「「は?」」

 異口同音の響き。

 しかし男は、構わず堰を切ったようにわめきだした。

『俺は悪くないんだ!! 今まで、一度だって違反したことなかった。事故ったこともなかった!! なのに!! なのにあの時、たまたま酒を飲んでて…。気付いたらガキの群れに突っ込んでた。でも!! 俺は悪くない!! 酒を勧めた奴が悪いんだ!! あんなところにガキが居るから悪いんだ!!』

 ぴくっ。

 翠のこめかみが、不快気に震える。

『俺は悪くない!! なのに周りは俺を人殺しだって言う!! だ、だから死んでやった。交通刑務所で首を吊って死んでやったんだ!! ああははあはははははは!!!!!』

  ぴくぴくっ。

「あ~、イッライラすんなあ~」

 地を這うような声が、翠の口から響く。

 もう、我慢の限界だった。


「このクソ野郎!! なーにが『俺は悪くない』だ!! ばっちりしっかりテメエが悪ぃんじゃねーかこの屑!!」


『ひっ!!』

 じりっ…と迫る翠に、男は怯えたように竦む。

「確かにお前に酒を勧めた奴も悪いよ。飲酒運転幇助って立派な罪だ。だがな、じゃあお前は悪くないとでも? 酒を飲んだのもそのまま車に乗ったのも、ぜーんぶテメエの意思だろうが!!」

 ああイライラする。

 人が貴重な睡眠時間を裂いてまで出張してきてみれば、原因はこんな自己中で愚かな屑野郎だ。

「『あんなところにガキがいるから悪い』だあ? 登校時間に児童が通学路にいて何が悪い!! ふざけんなよカス!! なにが『死んでやった』だ、屑が!! テメエはただ自分の責任の重さに耐え切れず逃げただけだろうが!! このっ…へなちょこ!!」

『へなっ…』

「そのまま地獄に落ちればいいものを、事故を起こした場所に居座りやがって。自分と同じ境遇に何人もの人間を陥れた。子供を傷つけ、殺した。テメエは最低最悪な屑野郎だよ!!」

 翠の纏う空気が、徐々に姿を変えていく。

 まるで、その怒りを体現するかのように。

「翠…、」

 落ち着かせようと、碧衣が翠の袖を引く。

 しかし、ただでさえ不機嫌だった翠の怒りのバロメータは、とっくに振り切れていた。


「テメエみたいな奴はなあ!! もっぺん死んでくずれて灰になりやがれ!!!!」


      ドン!!


 翠を取り巻いていた怒りの風が、男を襲う。

『ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!!!!』

 翠の吐いた言葉の通り、男の体はみるみる風に呑まれ、灰のように消えていった。

 後には元の静寂と、怒りを暴走させてしまった翠の、荒い息。

「っはぁ…っは…」

「翠…」

 二人はいつも、力を使うとき真言を唱える。

 だが真言を唱えなければ力が使えないわけではない。真言は、力を集め、制御する術だ。

 だから今回のように、怒りに任せて力を使ってしまった場合、もちろん制御なんてできず、心身ともに疲弊してしまう。

「ごめ…っ、碧衣…」

 後は頼むと言い残して、翠はふっと意識を手放した。

 倒れる体を支え、やれやれとため息を吐く碧衣。

 体力も気力も、一晩寝れば回復するから心配ない。だが…、

「意識の無いお前を抱えて帰れと?」

 尋ねても、翠はくうくうと寝息を立てている。

 ケータイで父を呼ぶか、と碧衣は再びため息を吐いた。

 でも…、

(翠は…最近よく感情を表わすようになった…)

 自分と同じく、人形のように感情の機微に疎かった兄。

 以前の翠なら、あんな自己中心的な幽霊と対峙しても、冷静に除霊しただろう。

 だが明治達と知り合い、触れ合うことで、だんだんととよく怒り、よく笑うようになった。それは、とても良い事のように思える。

 幼い頃から悪霊と対峙し、人の心の闇を見過ぎて、疲れていた自分達。

 だが兄はもう、人形じゃない。

(良かった…)

 そして、嬉しそうに微笑んでしまう自分もまた、あの頃の人形のような自分ではないのだろう。



 双子は当初、人形のようにミステリアスな感じでしたが、最近では明治達と仲良くなって、(翠は特に潤とのかけあいのなかで)感情が豊かになりました…というお話です。特に翠の方がそれが顕著です(怒りっぽくなった(笑))

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