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第一話 人食い幽霊と夜の番犬(4)



「ショコラは、最初に奴の犠牲になった女の子の、愛犬だったんだ」


 いつもと変わらぬ学校の屋上で、明治あきはるがぽつりと呟く。

 この街で、最初に『人食い幽霊』に遭遇した女の子。

 彼女は愛犬と散歩中だった。愛犬の、ショコラと。

 女の子は怪我で済んだけど、彼女を庇ったショコラは奴に殺されてしまった。

 『人食い幽霊』に殺された人間・・はいなかったけれど、殺された命はあったのだ。

 勇敢なる忠犬。ショコラは死んでからも、自分の飼い主や人間を守るために奴を追った。

「ううううっ。良い話だけど悲しいぜっ…」

 結局昨日は気絶したままだった潤が、改めて事情を聞いて号泣している。

 あの後、明治も柊雲寺しゅううんじで詳しい話を聞いたのだ。



 明治が生前の記憶を知った通り、ショコラは最初の被害者の愛犬だった。

 ショコラが死んだ後も『人食い幽霊』を追っていることに気付いた柊雲寺の住職は、飼い主の女の子から私服一式を借り出し、その私服を明治に着せる。そして思惑通りに明治の目の前に『人食い幽霊』とショコラが現われ、ショコラはやっと、『人食い幽霊』を退治した。

 そして役目を終えたショコラは、大好きな飼い主の服を纏った明治の腕の中で、やっと本当の眠りを迎えたのである。

「というか…そういう事情ならちゃんと説明して欲しかったよ…」

 はあ、と。明治は重いため息を吐く。

 双子はちゃんと知っていたのだ。女装の意味もショコラのことも。

「「それも修行だ」」

 と異口同音の響き。

 双子はしれっと、今日も重箱弁当を摘んでいる。

「最初から事情を知って、変に構えたりしたら素直にショコラに同調できなかったかもしれない」

 とはあきら。だが顔が楽しげに笑っていて、どう見ても面白がっているようにしか見えない。

 あげく、

「それに、中々可愛かったぜ?」

 ときたもんだ。

「あ~き~ら~!!」

「はいはい。悪かった悪かった」

 好き好んで女装をする趣味はない。

 あれは結局ショコラのためだったとわかったから納得できたが、可愛いと言われても全然嬉しくない。

「…あ、そういえば碧衣あおい

「なんだ?」

 兄の翠とは違い、大人しく弁当の俵型おにぎりを食していた碧衣に、一つだけ解からないことがあるんだけど、と話しかける。

「どうしてショコラは、日が沈んでからしか行動できなかったのかな…?」

「あ! 俺も知りたい」

 潤が俺も俺も、と手を上げる。潤には何故かやたらと厳しい翠が、五月蝿いっとその頭をはたいた。


「………制約………」

「え?」

「………いや、なんでもない………」


 それっきり、碧衣はこの件に関して何も話さなかった。

 どこかすっきりしないまま、昼食を終えた四人。次が移動教室である明治と潤は早々に屋上を去って、後には翠と碧衣の二人が残った。




「言わなくて良かったのか…?」

 翠が、自分の片割れに問う。

「…あいつには、辛いかもしれない…」

 ショコラを想い、涙した明治には。


「…ショコラからは、呪術の臭いがした。そもそも、何の手順も踏んでいない動物霊が意思を持って特定の霊を狙うなんて事、簡単にはできない…」


 霊を浄化する力を持つ明治を光とするなら、力尽くで霊を消し去る双子は闇とも言える。

 そして彼等は、『悪霊』や『呪い』に酷く敏感だ。自分と同じ闇を、嗅ぎ分けるように。

「恐らく誰かがショコラに手を貸したんだろう。それも、親切心からじゃない」

「…式の術、か」

「魂が抱える怨みが大きければ大きいほど、その式の力は強くなる。術者はショコラに制約を掛けて、」

 ショコラを、日が沈んでからしか行動できないようにした。

「間に合わず傷つけられる人間達の姿を繰り返し見せるため、か」

 ショコラの存在があったから、被害者の多くは助かった。

 しかし陽が沈む前に奴に遭遇した人間は、傷つけられた。そしてショコラは何度もそれを目にしたのだ。自分の最愛の飼い主と同じく、奴に傷つけられる人間達を…。

 繰り返し、繰り返し。

 それはなんて、残酷な呪いだろう。

「もっとも、明治がショコラの魂を綺麗に浄化させてやったおかげで、術者の思惑も外れただろうがな」

 はっと、嘲笑うように翠が言う。

「…だな」

 碧衣も、同意して静かに微笑む。


 その後本鈴が鳴っても、二人は教室に戻らなかった。

 今日はこのまま、屋上で昼寝でもするのだろう。




 放課後、明治は潤と連れ立って柊雲寺の墓地へ来た。

 水城みずき達に、ここ数日の出来事を報告するためだ。

 いつものように桶を借りて、墓地を歩く。

「…なあ、潤…」

 ふいに、ぽつりと明治が呟いた。

「…俺がこの街にいなければ、ショコラは死なずにすんだのかな…?」

 自分を喰いたいと言った人食い幽霊。

 奴がもし明治を喰うためにこの街に来たのなら、責任の一端は自分にある。

 明治はそう思っていた。そう思って、胸が苦しくてしょうがなかった。

 しかし、潤から返ってきた答えは、

「それは違うんじゃないか?」

「え?」

「柊兄弟も言ってただろ? 原因は明治の力かもしれないけど、悪いのは悪霊だって」

 例えばさ~、と潤は言う。

「あるところに、すっげー超絶美味なメロンパンがあるとするだろ?」

「う? うん」

「で、ある食いしん坊がそれを盗んだ」

「うん…(食いしん坊?)」

「窃盗は立派な犯罪だ。つまり、悪いことだ。じゃあ食いしん坊に盗みを働かせるくらいすっげー美味すぎるメロンパンが悪いのか? そうじゃないだろ」

 明治も、潤の言わんとしていることが解かった。

「悪いのは、メロンパンを盗んだ食いしん坊だろ? 超絶美味メロンパンには罪は無い。つまりそーゆーこと」

「うん…」

 自分がメロンパンに、人食い幽霊を食いしん坊に例える潤のセンスには苦笑が零れるけれど、

 心がふっと、軽くなった気がした。

「……ありがとう、潤」

「どーいたしましてっ。さ、センセー達の墓に報告だっ」




 あの人達に、伝えよう。

 俺を襲った、人食い幽霊の話。そして、


 大好きな飼い主と、何人もの人間と、

 俺の命を救ってくれた、勇敢なる夜の番犬の話を。



次のお話は柊兄弟がメインです。

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