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第一話 人食い幽霊と夜の番犬(3)



 そしてその日の夕刻。

(なんで俺がこんな格好しなきゃなんないのーっ!!!)

 明治あきはるは何故か女装させられて、夕暮れ時の銀杏並木道を歩かされていた。

 というのも、昼休みに双子が、


「「というわけで、さっそく今日の夕方退治に行くぞ」」


 と言ったことがきっかけである。

 双子曰く、人を傷つける悪霊を野放しにしておけない。それにどうせ奴は明治を狙っているのだから、退治しなければ明治の身も危うい。それに明治の力を制御するには、場数を踏んで経験を積むのが効果的だという。

 でもだからって何故女装なのかと問えば、


「「囮は太古の昔から女と決まっている」」


 とわけのわからない理屈で押し切られた。

 放課後、双子に手を引かれて一旦柊雲寺しゅううんじに連れて行かれた明治は、彼らの手によって強引に女物の服を着せられて夕暮れ時の外へ放り出されたのである。

(うう…。寒いし怖いし…、正直帰りたい…)

 人食い幽霊が自分を狙っているというだけでも恐ろしいのに、この格好。

 知り合いに見られたらどうしよう。というかスカートを穿いているせいで足がすーすーして寒い。女の子は日頃こんな寒い格好をしているのか大変だなあと思う明治であった。

 ちなみに双子は、じゅんと一緒に明治の後方についている。―怖がりな潤が進んで幽霊退治に協力するわけが無く、どうやらあきらに脅されて参加したようなのだが…-、が、やはり心細い。

 浄化の力を持っているとはいえ、まだまだ思うように使えるわけでもなく、また咄嗟の時に双子ほど冷静に力を使えないのだ。

 オフホワイトのコートにつっこんでいた手を出し、合わせてはーっと吐息を吐く。

 温かい吐息。そういえば、昨日耳元で吹き付けられた人食い幽霊の吐息は酷く生臭かった。あれは…、

(血の臭い…だったのかな…)

 思い出して、吐き気がする。その時、

「っ!?」

 覚えのある悪寒が、明治の背筋を走った。


 深まる闇。


  はぁ  はぁ


 聞えてくる、荒い吐息。


  はぁ  はぁ


 振り返るとそこには、


『喰わせろ…』


 鉈を振り上げた、『人食い幽霊』の姿があった。


「うわあっ!!」

 殆ど反射的に、最初の一撃を交わす明治。

 震える足を叱咤し、早く逃げなければと後ずさる。

(翠、碧衣あおい、潤っ。早く助けにっ…)

 しかし、それほど離れていなかったはずの三人は現われない。

(もしかして…っ)

 明治は、自分と人食い幽霊の間に広がる闇を見て、ぞっとした。

(空間が、切り離されてる…っ!?)

 これではいつまで待っても助けは来ない。

 そして、昨日は助けてくれた犬も今日は現われない。

 自分で何とかしなければならないのだ。自分の力で…、


『喰いたい…。喰わせろ…』


 人食い幽霊は、じりじりと近寄ってくる。

 明治は必死に、落ち着け落ち着くんだと自分自身を叱咤した。

(退魔の呪文…っ)


「ふ、布留部布留部ゆら…って!! ぎゃあっ!!」


 しかし、明治が退魔の呪文を言い切る前に人食い幽霊が鉈を振り下ろす。

 これでは言葉に力を乗せる前に、こちらがやられてしまう。

 どうしようどうすればいいと焦る明治の視界の端で、その時、

 赤く燃える太陽が、沈んだ。


  ギャウッ!!


 太陽が沈んだ瞬間、現われた黒い影。


『ぐああああっっっ!!!』


 それは瞬く間に人食い幽霊に飛び掛り、

 呆然と見つめる明治の目の前で、その喉笛を噛み千切った。


「「明治!! 今だ!!」」


 突然響いた双子の声に、はっとして明治が口を開く。

 何をすべきか、自然と体が動いた。


「布留部布留部由良由良と、布留部布留部息吹の狭霧!!!」

 言の葉に乗った明治の力が光となって、人食い幽霊の体を貫く。

 次の瞬間、人食い幽霊の体は跡形も無く消えていった。

 浄化、したのだ。


「「よくやったな、明治」」


 気付くと、辺りを覆っていた闇が消え、いつも通りの銀杏並木がそこにあった。

 そして双子が、恐らく恐怖のあまり気絶したのだろう潤を引き摺って、立っていた。


  クウン、


 明治ははっとして、黒い影―昨日、そして今日と自分を助けてくれた黒い犬の姿を捉える。

 今日は、すぐに消えないらしい。

 初めてちゃんと見る黒い犬の姿は、意外にも小さく、まだ子犬と言ってもいいような大きさだった。

「ありがとう、な。助けてくれて」

 恐る恐る手を出して、その小さな頭を撫でる。

 犬は甘えるようにクウンと鳴いて、明治の手に擦り寄った。

 途端、言いようの無い愛しさがこみ上げてきて、明治はその犬を抱き上げる。

「ありがとう、ショコラ」

(え…?)

 自然と自分の口から零れた呼び名に、明治は驚く。

 どうして自分が、この犬の名を知っているのだ…?


  クウン、


 腕の中のショコラが、すり…と明治の胸に擦り寄った。

 その時、明治の中に流れ込んできた映像。それは、


 ショコラの、生前の記憶…。


「そう…か…。そうだったのか…、お前…」

 ぽたっと、明治の目から涙が零れる。

「お前…ずっと…守ってたんだな…」

 涙が止まらなかった。

 悲しさと切なさで胸が締め付けられて、苦しい。

「死んでからも…ずっと…」


  クウン、


「ごめん…っ。ショコラ…ごめん…っ」

 泣きじゃくる明治を慰めるように、ショコラの舌が頬を伝う涙を撫でる。

「ごめん…っ。ありがとう…」

 明治が、精一杯の愛しさと感謝を込めてショコラを抱きしめる。

 そしてショコラは、


  ワンっ


 最後に一声元気な鳴き声を響かせて、

 明治の腕の中、静かに消えていった。


 明治は力なく、溢れ出る涙を拭いもせずに夜空を見上げた。

 だから誰も気付かなかった。

 明治も翠も碧衣も潤も。




 一部始終をつぶさに見つめていた一羽の黒い鳥が、音も無く飛び去っていったことに。




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