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第一話 人食い幽霊と夜の番犬(2)


 翌日の昼休み。いつも昼食をとっている屋上で、明治あきはるは昨日の出来事をじゅんに話した。

 案の定、大の怖がりの潤はムンクの叫びのような顔で固まってしまったけれど。

「で、突然現われた犬の…あの犬も幽霊だったのかな? のおかげで助かったんだけ…ど、って、ごめん潤。怖かった?」

「い…いひゃ…? ぜんっぜん怖くないよー怖いもんかあははははは」

 怖いんだな。

 明治は心の中で苦笑する。

(ごめんね、潤。でも誰かに打ち明けておきたかったんだ…)

「で、もしかして噂の『人食い幽霊』かな? って思ったんだけど」

 そう明治が言ったとき、ばたん! と屋上の扉が開いた。

 びくっと体を震わせて扉の方を見る二人。怪談話の最中に突然の大音は心臓に悪い。

「「やっぱりここにいたか」」

 異口同音の響き。

 大仰に扉を開けて屋上に来たのは、あきら碧衣あおい

「なんだ。お前らかよ」

 明らかにほっとした様子の潤を、翠がはっと鼻で笑う。

 ひいらぎ兄弟は大きめの重箱―二人分の弁当だ―を手に、明治と潤の輪に加わった。

 四人は時折、この屋上で昼食を一緒にとるのである。

「…………」

「…碧衣?」

 明治の左隣に腰を下ろした碧衣が、何故か明治の体に鼻を寄せる。

 頬に、碧衣の黒髪がさらっと触れた。

「ど、どうしたの…?」

 突然の碧衣の不可解な行動に困惑する明治に、兄である翠がははーんと手を打った。


「お前、また悪霊に目をつけられたな」


「!?」

「悪霊の臭いがする…」

 と、弟の碧衣も頷く。

 この二人は、特に悪霊に鼻が利く。

 放課後、二人の父である柊雲寺しゅううんじの住職に相談に行こうと思っていたのだ。先に二人にも聞いてもらおうと、明治は再び昨日の出来事を話した。



 弁当を食べながら明治の話を聞いていた柊兄弟は、犬の幽霊が…のところで何故かぴくっと反応した。

 が、何事も無かったかのように続きを催促する。

 明治は首を傾げるも、再び怯えてムンク状態になっている潤を尻目に、その後男の幽霊が消えたこと、犬の幽霊も消えてしまっていたことを話した。

「…というわけで、あれが最近噂になってる『人食い幽霊』かなって思ったんだけど、二人はどう思う?」

「「俺達もそうだと思う」」

 双子はお互いの顔を見合わせてから、揃って頷く。

「『人食い幽霊』の噂は、ここ数ヶ月で急に流行り出した。何故か解かるか? 明治」

 にやっと意地の悪い笑みを浮かべて、翠が問う。

 そして彼の手に握られた箸が、あっという間にムンク状態のまま膠着した潤の弁当箱の中から鳥のから揚げを摘み上げる。早業だ。

「え…? 何故かって言われても…」

 解からないよ、と困惑する明治に代わって答えたのは碧衣。

 こちらは黙々と自分の重箱から煮豆を摘んで食べている。

「目撃者が多発しているからだ。お前のように『人食い幽霊』に遭遇した人間がいるんだよ。何人も」

「ええっ!?」

「親父の所に、何件か相談が来てる」

 情報源は住職か。

 柊雲寺には、その手の相談事が頻繁に持ち込まれる。

「被害が出始めたのは、噂が広がり始めたのと同時期だ。古くからこの地に巣食う悪霊じゃあないな。最近の奴だろう」

 翠の言う最近の奴とは、最近になって悪霊に転じたという意味だろう。

 人は死んで、その魂が未練を残しこの地に残ってしまうことがある。そしてそのまま成仏できずにいると、徐々に理性を無くして悪霊に転じてしまうというのだ。―中には最初から悪霊になってしまう者もいるが―

「…もしくは他から流れてきたか…」

 双子の視線が、揃って明治を見据える。

 その視線を痛いほど感じて、明治はうっと縮こまった。

 双子曰く、明治は悪霊にとって極上の餌なのだという。

 明治の力は、強い。望むと望まざるとに関わらず幽霊の感情や過去を知り、心を癒し、そして綺麗に浄霊してしまう。(逆に、滅してしまうこともできるが)霊達は、明治に光を見るのだそうだ。自分達を癒し、救ってくれる光を。

 だが悪霊にしてみれば、明治は強大な力を持った者。その身と魂を喰らえば、自分の力が強まると思っている。

 だから明治は柊雲寺の住職に習い、自分の力を制御する術を身に付けているのだが、それも完璧とはいえない。

「…お、俺のせい…?」

「勘違いするな。お前が原因かもしれないと言っているだけで、お前が悪いとは言っていない。悪いのは悪霊だ」

 素っ気無い口ぶりながらも、どうやら翠はフォローしてくれているらしい。

「本題に戻るぞ。お前は『人食い幽霊』と遭遇してしまった。しかも奴にしてみれば、願っても無い極上の餌だ」

 餌餌って連呼されると結構傷つくなー、と明治は思った。

 心なしか、昼食の焼きそばパンを食べるペースが落ちている。

「奴がお前を諦めるわけが無い。きっとまた、お前の前に現われるだろう。お前を食うために」

 碧衣が箸を置き、手を合わせてそう言った。

 ごちそうさま。碧衣は毎回きちんと手を合わせる。

 あの人食い幽霊も、そう言うのだろうか。人間を、食べた後も。

 想像して、明治は笑えるやらおぞましいやらで食欲も失せた。元々包まれていたラップに綺麗に包み直す。後で腹が減ったら食べよう。

「……被害って、実際に食べられた人がいるのかな……」

 重いため息を吐き、明治が呟く。

「「今のところ、いない」」

 それを聞いて、ちょっとほっとする明治。

「目撃者は皆、夕暮れから夜にかけて一人で外にいるときに『人食い幽霊』に遭遇している」

「目撃証言は大体どれも同じ。中肉中背の男がいつのまにか背後に立っていて、振り向くと鉈を振り上げている」

「顔は真っ暗に染まっていて見えない。そしてこの世のものとは思えぬ声で、『喰いたい』と言う」

「するとそこへどこからともなく黒い犬が現われて、『人食い幽霊』を追い払ってくれる」

 明治を助けてくれた、あの犬だ。

「そしてその犬も、いつの間にか消えている」

「「ただし」」

 双子の声が揃う。

「「犬が間に合わず、『人食い幽霊』に振り下ろされた鉈で怪我をした人間もいる」」

「え!?」

「かろうじて逃げ出したり、咄嗟に避けて大事無い人間もいるがな。だが大怪我で入院している奴もいる」

 幸い喰われなかったみたいだけど、と言いながら肉巻きを食べる翠。その神経はいっそ素晴らしい。

「怪我をした人間が奴と遭遇したのは、陽が完全に沈む前の夕暮れ時。そして犬が現われるのは、決まって陽が完全に沈んだ後…」


 「「さて、これは一体どういうことなんだろうな?」」


 双子の人形のように整った顔が、にいっと笑みの形に歪んだ。



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