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第三話 生霊ジェラシー(3)



「話を聞いたとき、悪霊の臭いがしなかったから先輩に霊は憑いてないと思った。ならこの場所が問題なのかと思ったけど、そうじゃない。で、一番可能性が高いのは生霊かと思ってたんだけど、どんぴしゃだったな」

 翠がそう言って、和希の母から差し入れられた煎餅をぱりっと噛み砕く。

「その生霊っていうのは、つまりなんなんだ?」

「生きている人間の霊魂。それが、稀に寝ている間に体から抜け出すことがある。そして時には本人が無意識に気にかけている人間の元へ行って、害をなすことがある。エスカレートする前に気付いてよかった」

 碧衣が明治の手首に絡まった髪を丁寧にとってやりながら、淡々と説明する。

「無意識に気にかけている人間…? だが知らない子だったぞ?」

「それが…」

 明治が、気まずそうに和希を見た。というか、その表情はどこか気の毒がっているようである。

「「見えたんだろう? 明治」」

 双子が声を揃えて、にやっと笑う。

 明治は幽霊に同調し、その過去や心を知ることができる。あの生霊に触れたことで、何故彼女が和希の元に現われたのかが明治には解るはずだった。

「…あの子に触れたとき、流れ込んできた感情は…嫉妬…でした…」

「嫉妬?」

 女の子に嫉妬される覚えは無いのだが、と和希は苦笑する。

「…それから、誰かをすごくすごく恋い慕う気持ちと……」

「気持ちと?」

「優先輩の顔が見えました」

「は?」

 なんでそこで優が出てくるんだ? と和希は本気で首を傾げた。

 あくまで言い難そうに、明治は掻い摘んで事情を説明する。

「それが…、あの生霊の女の子、優先輩のことが好きみたいなんですけど…」

「ならどうして俺のところに来る。あいつの所に化けて出ればいいだろう?」

「う~、あの~、怒りませんか?」

「何故俺がお前に怒るんだ? いいから事情を話してくれ」


「………あの子、先輩と優先輩がデキてる…って信じてるみたいで…」


 ……え?

 今、なんて言った?

 ダレトダレガデキテルッテ???


「それでその…、先輩に嫉妬して思わず…ってことみたいで…。『優先輩に愛されてるなんてずるい…』ってすすり泣いてました」

 あはは、と乾いた笑いを浮かべる明治。

 我関せずの柊兄弟。そして、

「……………」

 当事者の和希は、見事に固まっていた。

「なんか、一部の女子の間でそういう噂があるみたいで。でも思い込みの激しい子ですね。そんなまさか先輩達が恋人同士だなんて」

「生霊になるのは、思い込みの激しい思いつめやすい女が多いみたいだぞ」

 と補足するのは翠だ。

「その誤解を解けば、もう来ることは無いだろう」

 長い黒髪をひとまとめにしてゴミ箱に捨て、碧衣が言う。

「「優先輩との噂のこと、本人に違うって言ってやればいい」」

 今だ固まったままの和希に声を揃えて言うと、柊兄弟はくあ~っと欠伸を零し、床に敷かれた布団に寝転がった。

「………」

「せ、先輩? 大丈夫ですか?」

 唯一、明治が気にかけて和希に声を掛けるが返事がない。

 結局明治も「おやすみなさーい」と申し訳程度に断りを入れて部屋の照明を消し、寝入ることにした。


 こうして、なんだかよくわからない夜は更けていったのである。




 翌日の昼休み。

 結局一睡もせずに固まっていた和希は寝不足と不機嫌を同居させた仏頂面でずんずんと一年生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。目当ての教室は一年三組。朝、寝起きの明治を問い詰めて例の生霊女のことを聞き出し、どこのクラスの誰なのかを確かめたのだ。

 がらっと勢い良く教室の扉を開ける。グループでお弁当を食べたり雑談をしたりと賑やかな教室が、突然の生徒会長の訪れにしんと静まり返る。

「…倉本裕子くらもとゆうこはいるか…?」

 地を這うような低い声が、一人の女子生徒の名を呼んだ。

 途端、教室の隅で本を読んでいた女子生徒がびくっと震える。

 長い黒髪に、大人しそうな容貌。あの生霊の面影がある。彼女が毎夜和希の元に現われ、勘違いした揚句嫉妬してくれた女だ。

「話がある。来てくれ」

 和希が有無を言わさぬ口ぶりで、裕子を教室外に連れて行く。

 後に残されたクラスメイト達は、クラスでも目立たぬ裕子と生徒会長の関係をあれこれと邪推して、大きく盛り上がっていた。


 和希が裕子を連れ出した先は、この時間は誰も居ない空き教室の中だった。

 生霊として和希の元へ行ったことなど覚えていない裕子は、自分が今恋している先輩の親友として有名な生徒会長の呼び出しに、緊張していた。

 しかもこの生徒会長とあの先輩は実は付き合っているのだと、裕子の部活の先輩達が楽しそうに囁いてたことがある。一体何を言われるんだろう、陰からこっそりあの優しくて素敵な先輩を想っているだけなのに、お前には分不相応だとか言われてしまうんだろうか。いや、そもそも生徒会長が自分の想いを知っているはずが無い。なら、これはもしやもしかして……告白…?

 裕子は、確かにかなり思い込みの激しい性質たちだった。

「…お前に言っておきたいことがある」

 びくっと、裕子は肩を揺らした。

 間近に、不機嫌そうな和希の、それでも整った顔が迫る。

 眼鏡の奥の理知的な瞳が、今は真剣に裕子に向けられていた。


「いいかよく聞け。俺は、優とは付き合ってない」


「…え?」

「お・れ・は・あ・い・つ・と・は・付・き・合・っ・て・な・い・って言ってるんだこの馬鹿女!! 俺に男と乳繰り合う趣味は無い!! 胸糞の悪い勘違いは二度とするないいかわかったな!!」

 まるで捨て台詞のようにそう言うと、和希は何で俺がわざわざこんなことを言ってやらなきゃならないんだと肩を怒らせて教室を出て行った。

 残された裕子はぽかんと口を開け、しばし呆然としていたという。


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